sideノエリア:ヴィーゴの正体



ノエリア視点



「アビスフォールまで急いでいるので、自動車の運転が荒いのは許して欲しい」



 ヴィーゴによって攫われたため、口には猿轡をされ、手足は拘束されている。


 そして、今は馬がいなくても走る荷馬車の荷台に座らされていた。



 この荷馬車、見たところ金属製だし、車輪が勝手に回って走ってる。


 ヴィーゴたちの組織が持っている技術で作られたものかしら。



 魔法とは根本的に違う、異質な技術で作られた乗り物は、通常の荷馬車の五倍ほどの速度を出してアビスフォールに向かって走っている。


 すでに魔境の森の中に入っており、アビスフォールまではあと少しで到着する感じがした。



 下手に独力での脱出を狙わないほうがいいかもしれない。


 フリック様たちも、こちらに向け出発したようですし、使い魔にしたリスを通して、しっかりと情報を送った方がよさそう。


 ヴィーゴの意図、敵の戦力とその配置。


 それらが、きっとフリック様たちの助けになるはず。



 ヴィーゴの運転する荷馬車に揺られながら、周囲の様子に目を凝らすことにした。


 しばらく走っていると、鬱蒼と生い茂っていた森がひらけたところで荷馬車が止まる。



「さて、目的地に着きました」



 目の前には、大襲来を引き起こした発生源とされる大穴が姿を見せていた。



「ノエリア殿には、我ら『フォーリナー』の作った地下施設へご招待させてもらいます」



 父上とアル様が言っていた施設のことね。


 たしか、アビスフォールの穴の中に入口の扉があると言ってたはず。



 しかし、想像していたのと違い、荷馬車のいた地面が割れたかと思うと、荷馬車ごと下に降りていく。



「っ!?」


「ああ、前回の大襲来で壊れていた施設の復旧が終わりましてね。こうして、地下の施設に行くのも楽になりましたよ。フリック殿たちが来た時も歓迎がしやすくなりました。安心してきてくださいと使役魔法でお伝えください」


「っ!!」



 見抜かれていた!? まさか、マイスにリスを託したのは襲撃の前のはず。


 ヴィーゴがそのことを知ることは、できないはずなのに。なぜ……。



「大丈夫、ユグハノーツの関係者に裏切者はおりませんよ。観測用に飛ばしたドローンで情報を得ていただけです。ドローンというのは、我ら『フォーリナー』の使う使い魔みたいなものです。遠くから操作でき、音声や映像を収集できる装置と思ってもらえば」



 使い魔と同じ物をヴィーゴたちも持っているとなると、フリック様たちがこちらに向かって出発したことも把握していると見るべきですね。


 途中、敵が待ち伏せしてる気配はしてませんでしたが……。



「フリック殿たちには取引の件もありますので、この施設での丁重なおもてなしを用意しております。もちろん、それまでに無粋な待ち伏せなど一切しておりませんので安心してお越しください」



 ヴィーゴの言葉をそのまま伝えるべきか……。


 また何か罠を仕込んでいるのでは……。



 これまでのヴィーゴの行動から、彼の言葉をそのまま受け止められない自分がいた。



 いちおう、情報がヴィーゴに漏れているため気を付けてもらった方がいい。



 使役するリスに意識を集中し、救援に向かっているフリック様たちにこちらの詳細を文字で伝えた。



「さて、ここからは魔素マナをすべて除去したクリーンルームとなりますので、ようやくその猿轡を外せれますな」



 下に降りていた地面が止まると、目の前の扉が開いて、今度は前に動き始めた。


 広い空間の天井に備え付けられた灯りが、赤く点灯すると天井から滝のような雨が降り注ぐ。



「私は魔素抗体があるのでなんら問題ないのですが、抗体を持たない同胞たちにとって魔素マナは猛毒でしてね。外に出た物はこうやって科学薬品で洗い流す決まりでして」



 滝のような雨が止むと、それまで繋がっていたリスとの感覚の共有がプツリと切れた。



 嘘、集中を解いていないのに魔法が勝手に解けた!?


 どうしてこんなことに!



 突如として魔法が切れたことで、動揺が顔に出る。



「使役魔法は大気に満ちる魔素マナを介して、意識を共有する魔法だと推察しますが。中継をしていた魔素マナが周囲になくなってしまえば途切れるかと。この部屋はこの世界で一番魔素マナが存在しない場所になっています。試しに魔法の詠唱をしてもいいですよ」



 ヴィーゴが猿轡や拘束していた縄を解く。


 傍らにあった杖をすぐに手に取ると魔法の詠唱を始めた。



「熱く燃えたる矢となりて我が敵を貫け! 火の矢ファイアアロー



 で、出ないっ! なんでっ!


 いつもの魔法が発動する感覚が一切感じられない。



 構えた杖からは魔法の発動する様子は一切なかった。



「ここは魔素マナがないと言ったでしょ。魔素抗体によって人体に貯め込んだ魔力を呼び水にして、大気に満ちる魔素マナを操る技術の魔法は効果を発揮しないのですよ。つまり、どんな大魔術師もこの地下施設内ではただの人ということです」



 そんな報告は父上やアル様から聞いてない。


 調査に入った施設では魔法が使えなかったなんて話はなかったはず。



「不思議そうな顔をされてますが、ここはノエリア殿のお父上ロイド殿が調査に入った場所よりも下の階層です。大襲来で上の階層は破壊された余波で魔素マナが満ちておりますので魔法も使える場所になってしまいました」


「さらに下層……」


「異世界探索調査部隊『フォーリナー』の始まりの地とでも言うべきですかな」


「異世界? ヴィーゴ、貴方たちはいったい何者なのです! 魔法とは異なる異質な技術を持ち、異形の生物アビスウォーカーし、この世界を破壊しようとしている」


「ノエリア殿は一つ思い違いをされておるようだ。我々はこの世界の破壊など望んでいない」


「大襲来を引き起こしたアビスウォーカーを使役する者が言う言葉を信じるとでも?」


「大襲来は突発的な不幸が重なった事故だ。アビスウォーカーもまた、あの事故の犠牲者たちであることだけは、ノエリア殿に伝えておく」



 大襲来が事故? 意図的に引き起こしたというわけではないと?


 父上が突入部隊を率いて、アビスフォールの上にあった施設を壊さねば、もっと酷いことになっていたはずなのに。


 それにアビスウォーカーが犠牲者とはいったい。



 ヴィーゴが指を鳴らすと、壁の側面が動き出し、何らかの液体に浸かったアビスウォーカーの姿が目に飛び込んできた。



「ノエリア殿はアビスウォーカーが異形の生物と言ったが、それはある意味合っているし、間違ってもいる。正解は魔素抗体を持たない人類が魔素マナを大量被ばくして異形化した姿がアビスウォーカーなのですよ」



 壁に映し出されたアビスウォーカーは、半身だけ異形化し、残る半身は人の姿をしている者も散見された。



 アビスウォーカーが人!?


 それに魔素マナの影響で動物が魔物化することはあるけど、人が異形化するなんて、そんな話は一度も聞いたことがない。



「わたくしがそんな話を信じるとでも?」


「信じてもらわなくてもけっこうですが、事実として受け止めて欲しい。ただ、人の異形化は『この世界』の人類には起こらないことは判明しているので、安心して欲しい。アビスウォーカーとなるのは我らの世界に住む住民だけですので」


「我らの世界?」


「こことは違い、全てが消滅し滅びゆく世界。それが我らの故郷。偶然に繋がった次元の扉を抜け、移住に適した地か捜索にきたのが我ら『フォーリナー』」


「別世界の住民……。一度だけ、魔法文明時代の文献でそのような記述を見たことがありましたが……」


「このアビスフォールは、横並びに時が流れる多くの別世界からエネルギーが流れ込む特異点。その特異点がたまたま我らの世界と繋がったのですよ」



 ヴィーゴたちは文献にあったように、別世界からきた異世界人だったとは。


 彼らの使う技術が、この世界ではあり得ないほどの異質さを見せるのは、別文明から派生した技術。



「ここは我らが住んでいた世界に似ていて、移住地としては最適だと判断したのですが……。目に見えない大気に満ちた魔素マナが、我らの同胞の身体に猛毒だと知れたのは、双方に甚大な被害を出した大襲来のおかげ」


「色々な人の命を奪った大襲来を実験のように言うとは……」


「実験……そうかもしれません。あの壮大な実験のおかげでアビスウォーカーを兵器にできましたし、こちらの世界で同胞が普通に生活を送る手段を得たので、あれはやはり必要な犠牲だったのかと今では思えますな」



 大襲来を壮大な実験だと語るヴィーゴの目は、常軌を逸しているのか、血走って充血していた。



「貴方はあのような大惨事を起こしておいて、この地に移住できるとでも思っているのですか?」


「さぁ、分かりません。でも我らに残された時間はほとんどない。圧倒的軍事力で実力行使をしてもいいが――」



 部屋の奥から、武装したアビスウォーカーがゾロリと出てきた。



「できれば血が流れるのは回避したい。ノエリア殿からもご助力いただけるとありがたい」


「大襲来を引き起こした者たちと取引するつもりは、わたくしにはありません。もちろん、フリック様も同じでしょう。そして、我が父も応じることはない」


「それは残念……。では、人質としてフリック殿との交渉材料になってもらいます」



 ヴィーゴの部下たちが持つ筒状の武器を脇腹に突き付けられると、再び拘束されて別の部屋に連れていかれることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る