149:突入部隊



「くそっ! やっぱりヴィーゴのブラフだった!」


「ヴィーゴのやつ、ボクたちを足止めさせるためだけに、残ったアビスウォーカーを全て青白く光らせたのかも」


「クッ! まんまとヴィーゴの思惑通りに戦わされたということね」



 シンツィアの言う通り、青白く光った個体を放置することができず、姿を消して逃走したヴィーゴの後を追うことはできないでいた。



 アビスウォーカーを囮にして、上手く逃げ切られた。



「ちっくしょうっ!!」



 ノエリアを守り切れなかった自分に対する苛立ちが抑えきれず、地面を強く蹴っていた。



「フリックさん……」


「フリック」



 ユグハノーツに攻め寄せたジェノサイダー二体と、二〇体のアビスウォーカーは全て討ち取られた。


 そして、白い装束を着たヴィーゴの組織の者たちも捕虜になった者を含め、生き残った者は皆無だった。


 俺たちと騎士団とが協力しておかげで、街は城壁こそ破壊されたものの、住民たちへの被害はほとんど出ていない。


 ただ、騎士団はアビスウォーカーや白い装束の者たちとの戦闘で軽微とは言えない損害を受けているように見える。



 街は守れたけど、ノエリアは守れなかった。


 あの時、俺が一声かけて城壁の上に留まらせておいたら、こんな結果にならなったかも。



「フリック殿! ノエリア様を見くびってもらっては困りますぞ! あの方は英雄ロイドの娘で、自らも白金等級の冒険者にまで昇りつめた凄腕の魔術師が、むざむざと攫われたとおもわれますかな?」



 俺に声を掛けてきたのは、防衛の指揮を任されていたマイスであった。


 その手には、小動物であるリスが乗っているのが見えた。


 マイスの手にいたリスは俺の姿を見ると、こちらの手に移ってくる。



「マイス殿、このリスは?」


「このとおり、見た目はリスですが――」



 マイスが手にしていた羽ペンをリスに渡すと、受け取ったリスが俺の手に文字を書き始めた。



「『わたくしは無事、ヴィーゴ、魔境の森へ』。って、使役魔法!? このリスはノエリアが使役魔法で使役してる動物なのか!」


「その通り。ノエリア様は、領主代行という立場を鑑み、ご自身に何かあった時、すみやかに私に権限を委譲できるようにと、このリスを預けてこの戦いに参加されておりました。誘拐されるとは想定外でしたが、備えあればなんとやらです」



 ノエリアは自分の肩書きが持つ意味をしっかりと理解して、備えていたということか。


 やっぱ、ノエリアはすごいや。



 手の上から、俺の顔を見ていたリスの頭を優しく撫でてやる。



「無事でよかった。本当に無事で……」


「ノエリア様が、本当に無事でよかった……」


「あの子、動物を使役しながら、あんな戦いをしてたのね。さすがあたしの弟子なだけのことはあるわ」


「ノーエーリーアー。ちっこくなってしまったが、わたしとの触れ合いは許すぞ」


「ガウェイン様、術者の集中が途切れるので触れ合いは禁止させてもらいます!」



 ガウェインが俺の手にいたノエリアのリスを抱擁しようとしたので、空気壁ウィンドバリアを張って丁重に触れ合いをお断りした。



「ケチケチするなー。わたしはモフモフのリスになったノエリアと触れ合いたいのだー!」



空気壁ウィンドバリアに阻まれてもがくガウェインを、シンツィアのゴーレムが無情にも引きはがして連れ去っていった。


「とりあえず、ガウェインの馬鹿は放っておいて。そのリスとノエリアが意識を繋いでいる限りは無事に生きてるわね。でも、相手があのヴィーゴだから救出は早い方がいい」


「魔境の森に向かっているということは、ノエリア様を誘拐したヴィーゴの目的地はアビスフォールと見て間違いないでしょうな」



 ノエリアが助けたいなら、騎士団を伴わずアビスフォールの施設まで来いと、去り際にヴィーゴが放った言葉が俺の脳裏で再生されていた。



「アビスフォール……取引がしたいというのは、ヴィーゴの嘘ではないということか」


「計画の遂行に一番の障壁になるフリック殿を消すためのおびき寄せる罠という気がしてなりませんが……。そのための手札として、ユグハノーツを襲い、救援に来られたノエリア様の誘拐を企てたとしか」


「ヴィーゴの思惑なんてどうでもいいわ。ノエリアを助けなきゃ。フリックが行かないなら、あたし一人でもアビスフォールに行って助け出してくる」



 シンツィアが新たなゴーレムを作り出すと、その肩に乗り、駆け出そうとし始めた。



「シンツィア様だけじゃ、魔境の森がどこにあるか分からないでしょ! ボクは一度、ヴィーゴの言ってたアビスフォールの施設に入ったことがあるから案内しますよ。ノエリア様はボクの大事な友達だから、命に代えても助けないと!」


「アルきゅーん、あの施設行くならわたしも付いていく! ほら、専門家も必要でしょー!」


「メイラ!? 遊びに行くわけじゃないんだよ!」


「アルの友達なら絶対に助けないとね。ほら、マリベルちゃんに頼んで馬を連れてきたから」


「ソフィーまで!? アビスウォーカーの強さはさっきの戦いでわかったでしょ。着いてきたら生きて帰れる保証なんてないんだから」


「王都を出る時に『もう、絶対アルを一人にしない』って決めてたから、アルが行くなら私も行く」


「アルお兄ちゃん、あの施設の案内はマリベルに任せて! 父様もアルお兄ちゃんがいるなら行ってきなさいって言ってくれたから!」


「マリベルもなの!? だから、生きて帰れる保証は……」



 アルたちは攫われたノエリアのために、自分の命の危険も顧みず、敵の本拠地に乗り込もうとしてくれていた。



「フリーック! わたしの大事なノエリアの危機だ! いますぐにでもアビスフォールに行って、弟子を助け出さねばならん! お前は行くのか、行かんのかはっきりとせい!」



 ゴーレムを粉砕したガウェインが、俺の胸に指を突き付けていた。



 そんなの答えは決まってるじゃないか!


 ヴィーゴがどんな罠をしかけてようが、俺は絶対にノエリアを助け出す!


 ついでにヴィーゴの野望も砕いて、王国も守ってみせるさ。



「助けに行きます! 絶対に俺がノエリアを無事に助け出してみせるし、ヴィーゴの計画を潰して王国を守り、みんなを無事に連れ帰ってみせますよ!」


「よし、決まりだ! さっきのやつは『騎士団』お断りだと言っただけだからな。わたしはただの鍛冶師だし、アルたちはただの冒険者、シンツィアはゴーレム使いのただの魔術師だし、アビスフォールに乗り込んでも問題あるまい。マイスにここの後処理は任せればいいしな」



 ヴィーゴがそういう意味で言ったのかは分からないが、騎士団を動かせば人質の命はないと言っていた以上、少数精鋭で向かうしかない。



「マイス殿、俺たちが戻らなかった時は後を頼めますか?」



 アビスフォールが突入する俺たちがヴィーゴの罠によって壊滅すれば、第二の大襲来が起きる可能性が非常に高い。


 そうなる前に、騎士団によってアビスフォールを占拠してもらいたい。



「フリック殿たちが行くなら、私は後のことは考えませんよ。私が知っている真紅の魔剣士フリック殿なら、ノエリア様を助け出して、ヴィーゴの陰謀を砕いて帰還されるはずですので」



 簡単に死ぬなという意味の激励か。


 そこまで期待されるなら、歯を食いしばってでも帰ってこないとな。



「分かりました。さっきの話は聞かなったことにしてください。必ずノエリアを助け出して、ヴィーゴの陰謀を砕き帰還してきます」



 俺はノエリアが使役するリスを肩口に載せると、口笛を吹いてディモルとディードゥルを呼んだ。


 それからすぐにヴィーゴの待ち受けるアビスフォールに向け、俺たちは出立することにした。

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