sideアルフィーネ:揺れる心

 デボン村で村長ユージンの号令で村人総出の夕食の歓待を受け、一夜の宿として借りた家に戻った頃には夜も更けていた。



「ふぅ、みんな気合入れて歓待してくれたわね。いい気分で酔ったし、お腹がはちきれそう」


「そうね。あんまり無理しなくてもよかったんだけど……。ほら、鉱山の件もあるし、ここはもともと豊かな村でもないって聞いたから」



 ユージンの好意に甘えて、普通に泊まっていくだけのつもりだったけど、村のお祭りみたいな騒ぎになっちゃったし。


 お酒とか手の込んだ料理とかも出てきちゃって、恐縮しきりだったなぁ。


 村の人たちからしたら、あたしたちが泊まっていくことが迷惑だったんじゃないだろうか。



「その顔、わたしたちが泊まっていくのが迷惑だったとか思ってる?」



 お祭りの途中で寝てしまったマリベルを寝床に寝かしつけていたメイラが、あたしの顔をいつの間にか見据えていた。



「え? ええ、まぁ少し思ったかも……」


「アルは真面目ねぇ。あの歓待は村の人たちの生存戦略よ。わたしたちは彼らが村を捨てた時の移住先の領主と繋がりのある人物なの。その人たちと仲良くなってたら万が一の時も助けてもらいやすいでしょ。だから、精いっぱい歓待してくれたのよ」


「そんなことしなくても、困ってる人は助けるって言ってあげたし、マリベルの父親のマルコもいるから――」


「口約束はそんなに強いもんじゃないのよ。一瞬で関係は崩れる」



 メイラは少し寂しそうな顔をして、寝てしまっているマリベルの頭を撫でていた。



「だから、こころよく歓待を受けてあげた方が彼らも安堵できるのよ。口だけじゃなくて、利益的なつながりもできるからね」


「そういうものなのかなぁ……あたしは、馬鹿だから全然世の中のことが分かんないや」



 メイラは幼女に生活の世話をされるダメそうな大人に見えて、世の中を女一人で渡り歩いてきていたので、あたしよりも全然世情に詳しい。


 そのメイラの目があたしの顔をしっかりと見据えていた。



「それに今日ここに泊まったのは、フィーン君のことで心の整理がまだついてないんでしょ? ほら、真紅の魔剣士フリックは辺境伯様の娘であるノエリア様の婚約者だって噂もあったし」



 ユグハノーツでフィーンの正体を知った時から、考えないようにしてきたことをメイラは遠慮なくあたしに斬り込んできた。


 名前と容姿を変えてユグハノーツに流れてきたフィーンは、冒険者をしていた辺境伯令嬢のノエリアと一緒に行動することが多く、あたしとすれ違った時もインバハネスの時も彼女と旅をしていた。



「―――っ!?」


「図星だった。このデボン村で会ったノエリア様はアルと違って、華奢で繊細そうでいいところのお嬢様って男性が好みそうな女性だったものね」



 メイラの言葉があたしの胸に突き刺さる。


 このデボン村で会った辺境伯令嬢ノエリアは、あらゆる意味であたしと正反対の性格をしていそうだった。


 彼女がフリックのことを深く愛しているのは、デボン村で対面した時に見せた態度で色恋に疎いあたしでも察せられた。



「前にも言ったけど、決めるのはフィーン君だよ」


「う、うん。そう……だよね。フィーンがあたしを選ぶわけないもんね。会えると思ったら色々と考えちゃった」



 あれだけずっとフィーンに酷いことし続けたあたしを、フィーンが選ぶことなんて絶対ない。


 それは頭で理解してたけど、心の方が理解できてなかったみたい。



 そう思うと涙が滲んで視界が歪み始めたので、あたしはメイラに泣き顔を見られないように下を向いた。



「恋愛は人がするものだから、どんなに劣勢でも最後の最後まで分からないものよ」



 そう言ったメイラは、下を向いていたあたしのほっぺたを両手で引っ張っていた。



「でも……ぜっはいにむひだよ」


「そうかしら? わたしは以前のアルフィーネを噂でしか知らないけど、今のアルはとっても魅力的な子だと思うわ」


「ほんほう?」


「ええ」



 メイラの言葉で少しだけ、フィーンに会う勇気が湧いた気がした。


 きちんと今までしてきたことを謝って、迷惑かもしれないけど自分の正直な気持ちを伝えて、彼の答えを聞こう。


 その結果をあたしは受け入れるしかない。



 決心がつくと、頬を引っ張っていたメイラの手を取る。



「明日、インバハネスの街に向けて出発するわ」


「おっけ。じゃあ、早めに寝ないとね。ほら、アルはこっち」



 翌日、あたしたちは村の人たちにお礼を言って、ユージン村長にマリベルが書いた辺境伯への手紙を託し、フィーンがいるインバハネスの街へ出発した。

 

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