46:旅のひと時


 ガラガラ、ゴトゴトとなだらかな丘陵地帯に作られた街道を荷馬車が音を立てて進む。


 俺たちはユグハノーツの街を出て、獣人たちが多く住むというインバハネスの街を目指していた。



 よく晴れていて日差しが暖かいので、丘陵地帯を抜けてきた風が顔に当たると気持ちがいい。


 ユグハノーツを出てしばらくは木々の茂った場所がところどころに見られた。


 だが、それも昨日までで、旅程三日目に入った今日からは丘陵地帯へと変わっている。


 ときおり、インバハネスで荷物を積んだと思われる隊商や、ユグハノーツに向かっているであろう冒険者たちともすれ違うこともあった。



 各地のアビスウォーカーの目撃情報を確認するという急ぎの旅であるが、あちこちに深い轍が刻み込まれた舗装の悪い街道を飛ばすと、最悪荷馬車が破損する恐れがある。


 そのため、荷馬車の速度を上げることを難しくさせていた。



「のどかだな……」


「のどかですね」



 魔物の襲撃に備え御者席に座っていた俺のつぶやきに、荷室にいたノエリアが答えていた。



 辺境であり、人の往来が王都に比べて少ないとはいえ、街道周辺には魔物の姿はほとんど見られない。


 街道上に魔物の姿が少ないのには理由があった。


 各都市間を結ぶ街道は物資を輸送するたいへん重要な場所なので、各都市の冒険者ギルドから定期的に街道周辺の魔物討伐依頼が出されるのだ。


 だから、街道上は魔物に出会う機会も少なくなっている。



「クェエエ!」



 上空を飛んでついてきているディモルが餌になる魔物を見つけたのか、鳴き声を上げ草原に急降下していた。


 野生の翼竜と間違えられ、冒険者や街の衛兵から撃たれないよう、ディモルにはエネストローサ家の紋章が大きく描かれた馬用のコートを仕立て直し装着している。


 大貴族である辺境伯家の紋章を掲げていることで、街道をすれ違ってきた冒険者や隊商から急に矢を射かけられることは今のところなかった。



「ディモルが自分の餌を見つけたみたいですね。それにしても翼竜があのように人に懐く生物だったとは思いもよりませんでした。ロイド様もたいそう気になっていた様子ですし」



 御者として手綱を握っているスザーナが、ディモルの姿を見て感心していた。



 彼女はノエリアと一緒に旅することに対し、ロイドがお目付け役として同行させることを求めてきたエネストローサ家のメイドであった。


 ロイドが冒険者でもないメイドである彼女を旅に同行させろと言った時は、どうなることかと思ったが、荷馬車の操縦や野外活動にも手慣れているらしく、万事そつなくこなしていた。



「そう言えば辺境伯様がやたらとディモルのことを気に入ってたな。馬用のコートも騎馬用の鞍も専用に仕立て直してくれたし」



 アビスウォーカーが目撃された際、俺がディモルを駆って魔境の森まで素早く移動できたことをロイドは何度も褒めていた。


 きっと騎馬よりも高速で移動できるのと、上空から広範囲の偵察ができるという点が、大襲来に備えているロイドの琴線に触れたんだろうと思っている。



「あの父上のことですから、翼竜の有用性に気付いているはず。きっと今頃はガウェイン師匠を連れて、自分専用の翼竜を捕獲しにヤスバの狩場に行っているかもしれません。旅を終えてユグハノーツに戻ったら、騎士団員が全員翼竜乗りに変わっていてもわたくしは驚きません」


「そうですね。ロイド様ならやりかねません」


「あー、たしかに辺境伯様ならそうなっていてもおかしくないかも」



 ノエリアの言った通り、あのロイドなら騎士たちに翼竜を捕まえるように指示していてもおかしくない。


 けど、ガウェインが見つけた翼竜の使役法を試して成功したのは、俺が初めてだって言われてたから怪我人が続出しないといいけど……。



 ただ、辺境伯家の騎士が全員翼竜乗りになったとすれば、移動の速度は劇的にあがるはずだよな。


 昼夜兼行で飛べば、アビスフォールまですぐにいけるし。



「でも、翼竜の移動は色々と問題点もあるんだよな……」


 ディモルは普通のよりガタイがいいから重い物を積んでも飛べるけど、ガウェインの乗ってた翼竜とかだと重武装の騎士一人運ぶのがやっとという感じだろうし。


 それに翼竜での移動は、騎馬に比べて格段に騎手の消耗が激しい。


 長距離移動して即戦闘できるかと言われたら、身体強化魔法で肉体強化でもしてない限り無理だと言うしかない。


 だから、今回の旅は昼夜兼行の飛行で得た教訓をもとに、ディモルでの長距離移動はやめて荷馬車を使って移動をしてるんだし。



「ええ、わたくしも何度かフリック様と同乗させてもらってますので、問題点があると父上には一言釘を刺してはおきました。それでもきっと捕獲しに行ってるかと」



 ノエリアがすでに翼竜移動での問題点をロイドに伝えていたようだ。


 彼女もあの昼夜兼行の飛行で、俺と同じく感じることがあったのだろう。



「まぁ、翼竜のことで暴走しそうなロイド様のことは、騎士団長のマイス様が止めてくれるでしょう。それよりも、ディモルが餌を掴んで戻ってきてるので、そろそろお昼の休憩にいたしませんか?」



 手綱を握っていたスザーナから、昼食の休憩が提案された。


 すでに日は真上にあり、昼飯時であることを告げている。



「そうだね。そろそろ昼飯休憩としようか」


「そうしましょう。スザーナ、あそこの木陰が休憩場所にいいと思うわ」


「承知しました。すぐに荷馬車を寄せるのでお待ちください」



 ノエリアが示した先には、ちょうどいい大きさの木が生え、日光を遮ってくれる木陰ができていた。


 そこへ荷馬車を寄せると、俺たちは昼食の支度を始めることにした。


 

 そんな俺たちのもとへ降りてきたディモルが、自分の捕まえた跳鹿羚スプリングガゼルを差し出してくる。



「ディモルは勝手に食べないんですね。野生の翼竜は自分で勝手に捕食してると聞いてますが」



 昼食の支度を始めていたスザーナが、自分の獲物を俺に差し出して待機したままのディモルを見て、また感心をしていた。



「ああ、ディモルにとって俺は絶対的な上位者らしくって、自分で取っても勝手には食べずに許可を求めてくるんだ」


「へぇ、翼竜にそんな習性があったんですね」


「そうみたいだ。それに、俺が襲うなって言えば理解してもくれるし、賢いやつだろ」


「クェエエ!!」



 ディモルは自分が褒められたと理解しているようで、喜んだように鳴き声をあげている。



 翼竜は最強生物の竜種の中では弱い部類だが、それでも竜種であることには変わらず、肉体的強さや知性などは他の野生動物とは比べものにならないほど高かった。


 おかげで竜種は魔素霧マナミストによる魔物化もしにくいとされている。


 けれど、魔物化しないわけではなく、魔物化をしてしまえば魔竜と呼ばれる厄介極まりない魔物へと変貌を遂げるのだ。



 俺とアルフィーネが王都に近い山に住んでいた魔竜となった老竜も、魔獣ケルベロスに劣らない強さを持つ魔物だったことを記憶している。


 ディモルをそんな魔竜にさせないように、普段から色々と様子を観察するのが、最近の俺の日課となっていた。



「本当にフリック様はディモルを大事にしていらっしゃいますね。お世話も自分でされますし、正直うらやましいです……」



 ノエリアは食事の準備の手を止めて、ディモルと俺を見ていた。



 そう言えば、ノエリアもディモルのお世話をしてみたそうなことを言ってたな。


 彼女ならディモルも気に入ってるし、身体を拭いたり、餌を食べさせてもらっても大丈夫だろう。


 もし、俺がいない時のことを考えて、今回はやりたそうにしてるノエリアにディモルのお世話をやってもらうか。



「じゃあ、ノエリアもする?」



 俺の言葉を聞いたノエリアの顔が固まったかと思うと、視線が明後日の方向に向き、急に頬が赤く染まっていた。



 そ、そんなに動揺するくらいディモルの世話がしたかったんだ。


 それだけやりたいんだったら、もっと早くにやらせてあげるべきだったな。



「あ、あ、あの、わたくし、まだ心の準備が……急にそんなことを言われましても……」



 ノエリアの頬はさらに赤みが増してきて、言葉もいつもの抑揚のなさからはかけ離れ、しどろもどろになっていた。



「いや、俺こそゴメン。ノエリアがそんなに気になってたなんて知らなくて……遅くなってゴメン」


「え? え? ほ、本当に今ここで……」


「ああ、すぐにやろう。こういうことはすぐにやった方がいいと俺は思うんだ」



 やってみたいことを我慢するのが一番身体に悪いのは、俺自身がよく知っている。


 興味を持ったらすぐにやってみた方がいいんだ。


 おかげで俺は魔法を使えるようになったしな。



「え? え? 本当にです?」


「ああ、まずはディモルの餌となるこの跳鹿羚スプリングガゼルをさばくところからやってみようか。ディモルは意外と噛む力は弱いから小さめに切ってあげないと噛み切れないんだ」



 俺はノエリアの前にディモルが差し出した跳鹿羚スプリングガゼルの死骸をドサリと置いた。



「え?」



 俺の行動にノエリアが首を傾げていた。



「だって、ノエリアは、ディモルのお世話をしたくてしょうがないんだろ?」



 ノエリアが首を傾げたまま固まっていた。


 しばらくして、動き出す。



「え、ええ! とても、したかったんです! そ、そうなんですね。ディモルは小さく切ったお肉にしないといけないんですね。や、やってみます」



 狩猟用のナイフを手にすると、ノエリアは手際よく跳鹿羚スプリングガゼルの皮を剥いでさばいていった。



「ふぅ、これはけっこう大変かもしれませんね。色々と頑張らないと」



 ディモルの餌づくりをしていた俺たちの背後で、スザーナがなにやらため息を吐いているのが聞こえてきた。



「クェエエ!!」



 そして、そのスザーナのため息にディモルも反応しているような気がしてならない。


 二人してなんか言いたそうだが、ノエリアの餌づくりはとっても手際がいい方だと思うぞ。



 俺はそんなことを思いながら、ディモルの餌と自分たちの昼飯を作ることに集中することにした。

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