sideアルフィーネ:惨劇の部屋


 辺境伯ロイドとともに、大量の人骨が見つかったという現場にあたしたちは来ていた。


 骨の見つかった場所は、落盤していて進めないとマリベルが言っていた区画だった。


 その区画は騎士団の到着前から、アビスフォールに来ていた冒険者たちを大量に動員してがれきの除去をしていた場所でもあった。



 あたしたちも手伝ってたけど、休息のため上に引き上げたあとで発見されるとはね……。



 崩落した先は明かりがないが、ランタンによって照らされた先には奥の見えない通路が続いている。



 マリベルは、この施設はアビスフォールを一周してるみたいと言っていたけど……。


 この様子だと、本当に一周してるかも。



 先導する騎士が明かりを手に持ち、崩落部を抜けて反対側の区画へ進んでいくと、部屋の扉が見えた。



「人骨が見つかったのはこちらの部屋です。中の匂いが酷く、発見後に扉を閉めておりますが」


「うむ、開けてみよ」


「ははっ!」



 辺境伯ロイドに促された騎士が閉じられている扉を引きながら開けて行く。


 周囲にはあたしたちの他に手練れの護衛の騎士数名が同行している。



 明かりも点いてないし、やっぱり『でんき』がきてないようね。



 重い金属の扉を開ける騎士の姿を皆が緊張の面持ちで見ていた。


 錆びついた音を立てながら扉が徐々に開くと、腐臭が中から漏れ出し、不快な匂いが鼻孔の奥を刺激した。



 これは……きついわね。


 酷い匂い……。



 こみあげてきた吐き気を抑えるため、周囲の騎士たちも持ち込んでいた布で鼻を覆い始めたので、あたしも真似をする。


 やがて扉が開き切ると、ランタンの光に照らされた部屋に中には半ば白骨化した遺体と、完全に骨になった遺体、腐乱している遺体が混在して床に大量に転がっているのが見えた。



「これは……すさまじい光景だな……ざっと見ただけで百人以上の死体があるな……」


「ロイド様、護衛が先に安全を確認しますのでお待ちください」



 辺境伯ロイドが中に入ろうとしたのをマイスが引き止め、部下の騎士たちを先に内部に入れた。



「私も白骨遺体とかミイラは見慣れてるけど、腐ったのはちょっと無理かも……」



 部屋の中を見ていたメイラも中の光景に気分を悪くしたようで、そっと目を逸らしていた。



「マリベルを連れてこなかったのは正解ね。あの子のことだから、これを見たら色々と察してしまいそうだし」


「そうだね。姉さんの言う通りかも……」



 腐乱している遺体からは、生前獣人だったことを思わせる尻尾や耳があるものが散見された。



 マリベルの父親がこの中にいるのかも……。


 ただ、これだけ腐ってると個人の特定は難しいかもしれないわね。



 白骨化してるのも含め百体以上の遺体が狭い部屋に積み上げられており、更には個人を特定できるようなものを身に着けてもいなかった。



「こやつらは、そのマリベルという幼子が言っていたここで働いていた獣人たちと見て間違いなさそうだな」



 護衛が安全を確認し終えたことで、辺境伯ロイドも室内に入り、遺体を詳細に検分し始めていた。



「たぶん、そのようですな。腐乱遺体の様子だと後ろから斬られてるのが多数あります。きっと連れてこられて、ここで後ろから斬られたものかと」


「口封じだと思うか?」


「状況から勘案するにその可能性が高いかと」



 ロイドとマイスが遺体を検分しながら、状況の把握を進めていた。


 マリベルから聞いた話は全て冒険者ギルドに報告しているため、三週間ほど前にマリベルの父親たちが、アビスウォーカーらしき生物と怪しげな人たちとともに姿を消したという情報は辺境伯ロイドまで上がっていたようだ。



「報告から推察するに、アビスウォーカーの捜索に絡んでここが発見された場合に何者かが備えたのだろう。ここで何をしていたか知られたくないので働いていた者たちを『処分』したというところか」


「種々の報告を総合していくと、そんな筋書きが一番当てはまりそうですな」


「となると、相手は色々と情報に通じた組織を有しているのかもしれぬな。三週間前までは普通に仕事をしていたとのことだし、発見されたと見るやすぐに行動を起こしているしな」


「……王国側に手助けをするものがいるとでも?」


「アビスウォーカーが関わっている以上、考えたくはないがな。新型の存在やこの施設の存在がある以上、王国側の協力者がいなければ無理な部分が多数見られる」



 二人の会話を聞いている周囲の騎士たちも王国側の協力者がいると聞いて、顔を曇らせていた。



 大襲来を引き起こしたアビスウォーカーは王国の民が一番忌避する存在のはずなのに。


 そんな生物を引き連れた組織を手助けする者が本当にいるのかしら。



 そんな疑問があたしの中に浮かんできていた。



『メイラ姉さんは二人の話をどう思う? アビスウォーカーがいる組織に協力する者がこの王国にいると思う?』


『そうねぇ……。表向きは別の顔を持ってて、影でコソコソやってる組織なら知らずに協力しちゃう人はいるかもよ』



 メイラの答えは、全くの盲点だった。



 知らずに協力してるか……。


 それならジャイルの関係者が知らずに協力してる可能性もあるか。



 冒険者ギルドには全てを報告したと言ったが、ただ一つだけ報告してないことがあった。


 それはあたしが王都の近衛騎士団長ジャイルの別宅にて、全身鎧を着たアビスウォーカーらしき生物と戦ったことだ。


 もちろん、この話はあたしが剣聖アルフィーネだと知っているメイラにもしていない。



 言わない理由はあの戦った不気味な騎士がアビスウォーカーだという確信が持てないからだ。


 身体から顔まで全てを不気味な鎧で覆っていて、たまたま鎧を破壊した時、黒い鱗と緑色の血を流したのをチラリと見ただけであるからだった。



 保身というわけでもないけど、この話をするとなると自分の素性を話さざるを得なくなるので、今の今まで言えずに来ていた。

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