99:密偵一族
「私たちの方からは、あの七光り近衛騎士団長とうら若き乙女だった剣聖様に何があったかの情報が欲しいのかい?」
先にソファーに腰を下ろしたカサンドラが、俺の方を見て用件を切り出してきていた。
先ほどまでのノエリアとのやり取りで見せた冗談好きの老婦人とは思えないほど、鋭い目つきでこちらを見てきている。
本当にこのカサンドラは不思議な人だ。
掴みどころがなさ過ぎる。
俺がカサンドラの豹変に戸惑っていると、隣に座っていたノエリアが代わりりに口を開いていた。
「ええ、おばあさまの王都での交友関係は広いと聞いておりますし、フリック様の件でお手伝いをしていただけるとありがたいのですが」
「我が家の運を更に開くかもしれぬからのぅ。協力することもやぶさかではないが」
カサンドラの言う我が家の運を開くという話は、俺が王になるとかいうあのトンデモ予言の話だろうか。
いち平民の俺が王になる道があるわけないと思うんだが。
絶対に当たらないやつだろ。
「ご協力はエネストローサ家にご迷惑にならない程度で十分ですので。アルフィーネの件は俺個人の問題でもありますし」
カサンドラの協力がないと、貴族層の情報を集める難度はかなり高くなるが、それが元でラドクリフ家とエネストローサ家の争いの火種になるのも俺の本意ではない。
個人的にできる範囲の協力だけでもしてもらえれば、それだけで十分であった。
「いやいや、私の未来視で見えたように我が家にも関わってくる問題。それに剣聖様の処刑はこちらも色々と探っていた案件。サマンサ、今のところ集まっているジャイルの情報からアルフィーネ殿の件を二人に教えておやり」
俺の返答から遠慮を感じ取ったのか、カサンドラは表情を緩めると、背後に控えていたサマンサにすでに調べていたと思われる情報の報告をさせていた。
って、サマンサはただのメイドじゃないのか?
それにカサンドラもアルフィーネ処刑の件で調べていたとか、いったいどういうことだ?
「あ、あのサマンサさんって、メイドじゃ?」
「ええ、カサンドラ様付きのメイドですが、何か?」
サマンサはいたって普通に返答を返してくる。
いや、でも普通のメイドって身の回りの世話をするだけで、情報収集とかってしないと思うんだが。
貴族ってメイドにそういった仕事もさせてるのが一般的なんだろうか?
アルフィーネは全くそんなことさせてなかった気がするけど。
「ああ、そうじゃ。いい機会であるし、いい年になったノエリアにも、次期当主候補殿にも我が家の密偵一族の話をしておいた方がよいかもしれんな」
「はっ!? おばあさま、密偵一族とはいったい? そのような話はわたくし父からもおばさまからも聞いておりませんが!?」
カサンドラから告げられた密偵一族の話をきいて、隣に座っていたノエリアが驚いた声を上げていた。
この驚きよう……。
辺境伯様の一人娘であるノエリアも知らない話なのか。
「ロイドのやつは、娘に甘くてな。王都に顔を出すたびに私がサマンサたちのことをノエリアに言うべきだと言うても、まだ伝えるべき時ではないと先延ばしにしておったのだ。本当にアレは親馬鹿過ぎる父親だぞ」
「父上がそのようなことを……」
「カサンドラ様、では我が一族についてノエリア様にお話してもよろしいでしょうか?」
サマンサの問いにカサンドラは無言で頷いていた。
「承知しました。私たちの一族に名を連ねる者は全て、エネストローサ家の耳目としてエネストローサ家の存続に関わる情報を集め、当主に報告することを主な任務としております。メイドや従僕というのは仮の姿でしかありません」
「は、はい? エネストローサ家の耳目? はっ!? まさかスザーナも?」
そう言えば、スザーナはサマンサの娘だったな。
名を連ねる者とは血族って意味になるんだろうか?
「ええ、我が娘もその任務を担っております。ノエリア様の付きとして我が一族の次代の頭となる予定です。本人が言うまでは黙っておこうと思いましたが、カサンドラ様の許可を頂きましたのでご報告させてもらいました」
「え、あ、ええ。そう、スザーナが……」
ノエリアがビックリした顔のまま固まっていた。
彼女から旅の中で聞いた話だとスザーナのことを姉だと慕っているらしいので、そのスザーナが密偵の仕事を担っていたことを知らされて戸惑っているのかもしれない。
でも、スザーナが専属メイドとしては異様に貴族の情勢や各地の街のことに詳しかったのも、サマンサの説明で納得がいくな。
「我が一族が密偵であったといっても、ロイド様以前のエネストローサ家は王都の下級貴族。歴代の当主様たちは、ほとんどが学問にしか興味を持たない方でしたので、もっとも古くから仕えていた我が一族が、自然と権力闘争に当主が巻き込まれないよう自主的に情報を集めるようになった次第でして」
今でこそ、エネストローサ家はロイドの活躍もあり、武門の家な気がしていたが、カサンドラの代は王都の下級貴族だったんだよな。
ノエリアの母親であり、本来の後継者だったフロリーナもけっこう変わり者だったし、そういう意味で考えれば奔放な当主を守るため、サマンサたちの一族が一生懸命に仕事をしてきたということか。
「なるほど……そういった事情が……」
「フリック殿、その顔は我が家の当主は色々と変人が多かったのだなと思うておるな?」
カサンドラの指摘に思わず表情を引き締めた。
「いえ、そのようなことは」
「世辞はよい。私も変わり者と言われて育ったし、娘のフロリーナは奔放であったし、孫娘であるノエリアも我が家の血を色濃く引いておるからの。幼少よりかなりの変わり者だったぞ」
カサンドラの言葉で隣に居るノエリアの体温が上がった気がした。
「お、お、おばあさま!? そのようなお話はしなくてもよろしいのではないのでしょうか?」
「ノエリアの魔法に関する探究心のすごさは、自分の魔法の師匠として尊敬しておりますよ。変わり者とは思っておりませんので、ご安心ください」
俺の言葉を聞いて、更に隣のノエリアから伝わる体温の温度が上がった気がする。
同時にカサンドラの表情が和らいでいくのが見えた。
「いやー、フリック殿を見てると、旦那を思い出すねぇ。私の旦那も未来視の力を気味悪がらず、グイグイと距離を詰めてきたからついこっちも押し負けて入り婿に入ってもらったけど。フリック殿みたいにいい男ぶりだった」
「んんっ! おばあさま今はそのようなお話をしている時では! サマンサたちが我が家の耳目として密偵活動をしているのは承知しました。今後は、わたくしも後継者として報告を行うようにしてください。それが辺境伯家の娘としての務めだとも思いますので」
カサンドラによって話が逸れると感じたノエリアが、サマンサに向かい集めた情報を報告するよう指示を出していた。
「承知しました。では、私とユグハノーツに居る旦那のロランからも集めた情報が、スザーナを通して報告できるよう手はずを整えます」
ロランって何か聞いたことがあるような……。
あー、俺の髪と目をやってくれた人もロランって名前だったよな。
元気にしてるかなー。今度ユグハノーツに戻った時にはまた髪を切ってもらわないと。
「ええ、そうしておいて。ところで、スザーナに何度も聞いたけど教えてくれなかったんだけど。父親のロランは何をしているの? 屋敷には何度も顔を出してたけど、屋敷内では仕事はしてなかったみたいだし、少し気になってたのだけども」
「我々のことをお知りになられたノエリア様にならお教えしましょう。ロランはユグハノーツで床屋をしてます。他の都市から流れてきた者の調査を主に辺境伯様から――」
「ええええぇえぇええっ!!!!」
サマンサの告げた事実に、俺は驚いて大きな声を出していた。
ユグハノーツでフリックになる手伝いをしてくれた
その様子を見ていたサマンサが俺をみてにこりと笑う。
まるで、屋敷に来た時から俺の正体は知ってましたとでも言いたげな表情だ。
「フリック様、ご安心ください。私たちが集めた情報は『エネストローサ家の危機』以外、当主から依頼されない限り報告いたしませんので。いっかいの冒険者の素性を詮索するほど我が一族も暇はありませんので」
「まぁ、でも親馬鹿ロイドは孫娘の相手の素性を調べろと即座に指示してただろうねぇ」
カサンドラがボソッと呟いた言葉に、サマンサの視線が泳ぐのが見えた。
ってことは俺が元白金等級の冒険者フィーンだって、ロイドは知っていたというのだろうか?
「フリック様の素性を知ったのは、私たちもごく最近でしたので……私たちが調べ上げた情報がようやく当主様に渡った頃合いかと」
「サマンサ、フリック様の素性についてはフリック様本人の許可がない限り口外を禁じます。よろしいか?」
「承知しております。ただ、当主様には我々一族は逆らえませんので、それだけはご容赦ください」
「分かりました。父上にはわたくしから直接にお願いをしておきます」
ノエリアが必死に俺の素性を隠そうとしてくれていた。
「すまない、アルフィーネの件が片付いたら、俺も自分の素性についてはきちんと辺境伯様に報告はさせてもらうから」
「フリック様、ご無理はなさらずとも……」
「まぁ、そっちの話はおいおいやるとして、今は剣聖様の話の方を片付けないとね。サマンサ、報告を」
カサンドラがサマンサたちの密偵一族だったという話に逸れたのをもとに戻してくれていた。
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