100:アルフィーネの気持ち
カサンドラによって話をアルフィーネの行方に戻され、サマンサが集めていたという情報を話し始めていた。
「承知しました。カサンドラ様と我が一族が集めた情報を総合すると、近衛騎士団長ジャイル様はフィーンだったフリック様がこの王都を離れたあと、アルフィーネ様に言い寄り続けていたそうです。そして、北部の大都市アルグレンでフィーン殿の死体と対面させ――」
サマンサからの報告を耳にして、俺は驚きを隠すことができずにいた。
ジャイルの奴が、アルフィーネに興味を持っていたことは薄々と感じていたけど。
俺がアルフィーネの元を去った後、言い寄っていたとは……。
それに俺がアルグレンで死んでいるだって!? じゃあ、ここにいる俺は誰だよ!
たしかに地位や名前は捨てたけど、フィーンだった俺は生きていてここにいる。
「はぁ!? 俺は生きてますが!?」
俺の様子を見ていたサマンサの眼がきらりと光った気がした。
「ですから、アルグレンでアルフィーネ様が対面した、その死体は偽者だったかと」
「――っ!? だからある日を境にアルフィーネの日記が、俺に懺悔する言葉ばっかりに変わってたのか!?」
「たぶん、そのようですね。わたくしも読みましたが、たしかにアルグレンから帰ってからのアルフィーネ様の日記は懺悔の言葉が綴られていました」
ジャイルの奴が周到に俺の偽者の死体まで準備してアルグレンまで呼び出し、そそっかしいアルフィーネを騙したということか。
そそっかしすぎるだろ、アルフィーネのやつ!
昔からそそっかしくて、早とちりするから色々なトラブルを引き起こしてたけど。
何してんだよ、ほんとに……。
「報告を続けさせてもらいます。戻ってこられたアルフィーネ様はずっと出仕をされなくなり屋敷に引き籠られ、病気療養という形で近衛騎士団の剣術指導も休まれました。しばらくすると、ジャイル殿がアルフィーネ様を別宅にて療養させるとの報告がフレデリック王に伝えられたそうです」
「あの年中、お腹出して寝ても風邪一つ引かない超健康体のアルフィーネが病気!? いやいや、あり得ないでしょ!?」
「フリック様、アルフィーネ様のご病気は精神的なものだったかと推察いたします」
精神的なもの……あの傲慢でワガママな暴君だったアルフィーネが、偽者とはいえ俺が死んだくらいで寝込むだって。
それこそ、あり得ないだろ……。
恋人だと言った俺のことを、あれだけ邪険に扱ってたアルフィーネのことだから、死んだと聞いて笑っててもおかしくないはずなのに。
なんで寝込んでるんだよ……全然意味が分からねえ。
「わたくしもアルフィーネ様と同じ立場なら……」
ノエリアの漏らした言葉で、アルフィーネが寝込んでいた理由を察した。
アルフィーネのやつ……本気で俺のことが……。
そんなわけ……恋人っていう役目も俺にずっと世話係をさせるため、言い出したことだろ。
あのワガママで自分勝手な暴君アルフィーネが、俺のことを……本気で……。
アルフィーネが突然周囲に俺を恋人だと言い始めた時は、自分に言い寄る男たちへの防波堤代わりだとずっと思ってた。
けど、俺はそれでも良かった。
ずっと一緒に育ってきたワガママで自分勝手なアルフィーネの世話を焼きながら、冒険者としてずっと一緒に暮らしていければ幸せだと思っていたからだ。
でも、貴族になってからのアルフィーネとはすれ違いが生じ、溝がどんどんと広がって俺は彼女についていけなくなって去ったのに。
俺に対してのわがままや理不尽な行動は、彼女から助けて欲しいという気持ちの自己発信だったんだろうか。
そんなのずっと一緒にいた俺でも分かるわけないだろ……。
サマンサの集めた情報を聞きながら、俺はギュッと強く自分の手を握っていた。
「周囲にはアルグレンで流行り病に罹ったとの理由を押し通していたようですが。実際はノエリア様の申した通りだったのかと。以降、アルフィーネ様が処刑されるまで顔を見た者はおりません」
ずっと寝込むくらい酷い状態だったということか。
近衛騎士団の剣術指導は、どんなに機嫌が悪くても欠かすことなくこなしてたはずだし。
それすらもしてなかったとなると、相当酷い落ち込みようだったということか。
「けど、それだと話がおかしくなります。城門に吊るされていた女性は、アルフィーネ様ではなかったとフリック様が断言されてますし」
サマンサの報告を聞いていたノエリアが、城門に吊るされていた替え玉の女性に対して浮かんだ疑問を口にしていた。
「ああ、体形や髪こそ似てて首筋の小麦の穂の刺青もあったけど、あの人はアルフィーネじゃないと断言できる。全く剣を握ったことのない綺麗なままの手だったんだ。それにイルーナ、ミルズって刻んであるペンダントがあった」
アルフィーネの手は日々の修練の成果で、お世辞でも柔らかい女性の手とは言えないゴツさをしているはずだった。
それに破れた服から覗いていたペンダントの名前から見ても、替え玉にされた女性としか思えない。
「あの晒されている剣聖様の死体が替え玉だと、フリック様は申されるのですね」
「あ、はい。それは断言させてもらう。俺の妄想じゃなくて、あの子は別人だと言えます」
サマンサの質問に、俺は吊るされた女性がアルフィーネではないと断言していた。
替え玉であると聞いたサマンサが手にしている書類から一枚の紙を取り出すと口を開く。
「となると、面白い情報が一つありまして。アルフィーネ様が処刑に至るまでに一度だけ暴れられ、火傷を負われたとの報告をジャイル殿がフレデリック王にされております」
「火傷?」
「ええ、ですがその報告がされる前にジャイル様の別宅で爆発事故があったようでして。その際、近衛騎士団が動員され、街中で黒髪の若い女の捜索が徹底的に行われたそうです」
サマンサの口にした報告を聞き、その爆発事故は、俺の死体が偽者だと思い直したアルフィーネが暴れまわったのではという思いに駆られていた。
あのアルフィーネが自分が騙されていたと知ったら、相手が近衛騎士団長のジャイルだろうがお構いなしに暴れまわるだろうし。
キレてジャイルの家の者相手に暴れまわってる姿しか思い浮かばないな。
となると、もしかしてアルフィーネは――。
「――アルフィーネ様が別宅を脱走されたと見るべき情報でしょうか」
「ノエリア様の推論が正しいかと。フリック様のお話を聞いて、その時点で替え玉と入れ替わったのではないかと思う次第です」
ノエリアとサマンサの話を聞いて、自分の中で湧き上がってきた可能性を二人に聞いてみた。
「アルフィーネが生きて逃亡していると?」
「ええ、近衛騎士団がアルフィーネ様の屋敷を警備しているままなのを勘案すれば、その可能性は高いかと」
「でも、一体どこにおられるのか……」
ジャイルのもとを脱したと思われるアルフィーネの行方は今のところ不明であった。
「やみくもに探すのも範囲が絞り切れませんからね。私たちはカサンドラ様の伝手と一族を使って貴族関係から引き続き情報収集をするつもりです」
「カサンドラ様、サマンサさん、お手数をおかけしますがよろしくお願いします」
俺は二人に感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
「よいよい。曾孫のためじゃ」
「ですね。ならば、我が一族も早急にノエリア様のお子にお仕えさせる子を準備せねば。スザーナも好きにさせてきましたが、そろそろ身を固めさせねばなりませんね」
「ふ、二人ともまだそういう話ではありませんからっ! スザーナもわたくしも!」
顔を真っ赤にして手を振り否定するノエリアだったが、元恋人で家族でもあるアルフィーネの件も嫌な顔をせずに手伝ってくれる彼女に、俺は感謝してもしたりない気持ちがこみ上げていた。
「フリック様も二人の言葉をお気になさらずにいてください。わたくしの問題とアルフィーネ様の件は別問題ですから。それよりも、貴族関係は二人に任せ、こちらは街や冒険者ギルドでアルフィーネ様の情報を集めてみますか。それに身代わりになられた方の素性も調べて家族がいれば遺体を引き渡せるように手続きをしたいと思いますし」
本当ならノエリアに対し、『アルフィーネのことは昔のことだから問題ない』と言い切りたかった。
けど、アルフィーネの本心に触れた気がした今、そう言い切れない自分の中にある弱さがもどかしくて、顔を俯かせることしかできなかった。
「あ、ああ。そうだな。そうさせてもらおう」
俺はノエリアから視線をそらしたまま、彼女の提案を受け入れることしかできないでいた。
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