sideヴィーゴ:布石

 ※ヴィーゴ視点



 私はフレデリック王の機嫌取りから私室に戻っていたジャイルのもとにきていた。



「ジャイル様、ライナスの進めていた『超人計画』の実行を担った人物を捕獲し、彼らが実際に人造人間を製造した事実をつきとめましたぞ」


「でかしたぞ! これでライナスを追い落とせる」



 ジャイルは喜色を満面に浮かべて喜んでいる。


 きっと、フレデリック王に近いライナスを追い落とせれば、自分が父親から廃嫡される恐怖から解放されると思っているのだろう。



 そんな甘い考えしかできないから父親の野望の駒にしかしてもらえぬのだが。


 と、言っても私もボリス殿から見れば駒の一つでしかないか。



 同じ駒でしかないジャイルの立場を憐れみながらも、自分の姿を重ねていた。



「ジャイル様の活躍のおかげで、宮廷におけるライナスの立場も風向きが変わりつつあると聞いておりますぞ」


「ああ、ライナスに近い貴族どもに金と地位を与え引き離しておる。今のやつを擁護する者は下級貴族しかおらず丸裸に近いところまで追い込んだ」



 大貴族の嫡男で自分に甘い男だが、人に取り入る能力だけは父親も一目置く人物だけのことはあるか。


 自身に向けられたフレデリック王の嫌疑の目を上手く切り抜けたらしい。



「ライナスが丸裸に近いのであれば、『超人計画』を使い国家転覆を企てていた謀反人に仕立て、王都の治安を守る近衛騎士団長権限でやつの基盤である魔法研究所ごと接収してしまった方がよい結果になると思われますが。いかがいたしましょう」


「よかろう。あの邪魔くさい老人には謀反人として退場してもらう方が、フレデリック王の信頼も増す」


「で、あれば万全を期すため、王都は戒厳令を敷いて、城門を閉ざし人の出入りを制限した方がよろしいかと。それと捕縛に成功したらライナスは我らの方で処理をしておきますのでご安心ください。ジャイル様はフレデリック王のそばで吉報をお待ちいただければよろしいかと」



 近衛騎士団長であるジャイルが指示を出せば、すぐにでも王都の城門は閉ざされ、私を追ってくるであろうフリックやアルフィーネたちから時間を稼げるはず。


 その間に接収した魔法研究所から『超人計画』に関する一切の資料と魔導器具を手に入れ、魔素マナ抗体を作り出す技術を完成させなければならん。


 時間との勝負か。


 魔素マナ抗体の開発とともに再度の次元門開通も準備せねばならん。



 停滞していた状況が一気に動き出し始めた。


 この二〇年で同胞たちの住む世界の生存範囲はさらに狭まり、その数を減らし続けている。


 この好機をみすみす逃す手はない。



「私の提案を受け入れて頂けますでしょうか?」


「全てのお膳立てをしたのは、このわたしだと父上にキチンと報告してくれるなら、お前の提案を受け入れよう。それでいいな?」



 自らの興味で引き起こしたアルフィーネに関する失点を取り返すため、ジャイルは取引を持ち掛けてきた。



 その程度のことで、同胞が救えるなら問題ない。


 それに、我が宿願さえ達成できれば、ジャイルがどうなろうが私の関知するところではないからな。



「御意、ボリス様にはそのようにお伝えします」


「よかろう。では、至急フレデリック王にライナス謀反の奏上をして、王都に戒厳令を敷く。魔法研究所の接収部隊はお前に任せるからしくじるなよ」


「承知しました。ジャイル様のご期待に沿うような結果をお持ちします。それと――」


「なんだ? まだ報告があるのか?」



 ライナスを今すぐにでも追い落そうと、王城に駆け戻る気だったジャイルが足を止めた。



「アルフィーネ殿が自らを辱めたジャイル様に復讐するため、その命を狙ってこの王都に向かって戻ってきているとの報告を受けました」



 事実とは違う偽の情報であるが、大事なところで案外弱気な部分を見せるジャイルの気が変わらないよう、恐怖を利用することにした。



「なっ!? なんだと!? アルフィーネが? すぐに捕縛せぬか!」



 アルフィーネに復讐されると聞いたジャイルは、喉元に押し当てられた剣の感触を思い出したのか、小刻みに震える姿が見えた。



「今のアルフィーネ殿は剣聖としての力を取り戻したようで、あの時のアルフィーネ殿とは別人みたいに強く、アビスウォーカー数体では返り討ちにされてしまいます」


「嘘であろう……」


「ですからしっかりと戒厳令を敷いて人の出入りを制限させ、勝手に外出する者は衛兵や近衛騎士たちを使って捕らえた方がよろしいかと」


「そうする。もうアルフィーネに対し、未練はない。どんな手を使ってもいいから消してくれ」



 ジャイルは首元の傷を押さえて蒼ざめていた。



「では、アルフィーネが襲ってきても大丈夫なよう身辺に新たな護衛をお付けします。窓の外を見てください」



 合図を送ると、中庭に待機させていたジェノサイダーが光学迷彩を解いて姿を現わした。



「デカい……。あれが新たな護衛か?」


「ええ、ジェノサイダーという兵器です。強化したアビスウォーカーの数十倍の戦闘力を持っています。あれならばアルフィーネ殿にも対抗できるはず」



 中庭に姿を現した外套を着た巨躯の怪物を見るジャイルの顔色に血色が戻って行くのが見えた。



「あれならば、やってくれそうだ。よし、これから王城へ行くが護衛として借り受けるぞ」


「御意、おそばにいる時は姿を隠しておりますのでご安心ください」



 新たな護衛を得たジャイルは、意気揚々と私室を出て王城へ駆け戻っていった。



 これで、万が一の時も王都を混乱させ、研究と次元門を起動させる時間を稼ぐ布石はできたな。


 あとは人造人間であるフリックかアルフィーネを確保できれば、解析時間も短縮できるだろうが、無理して破綻しては元も子もない。


 そちらは肉片の一つでも手に入れればよしとしておくか。



 私はジャイルの居なくなった私室を出ると、すぐに発令されるであろう魔法研究所の接収を迅速に行うための準備を進めることにした。



 その後、ジャイルがフレデリック王に国家転覆計画に衣替えした『超人計画』を報告し、ライナスを謀反の首謀者として捕えるため王都に厳しい戒厳令を敷き、魔法研究所の接収と身柄の拘束を近衛騎士団長権限で発令した。


 ライナス側は寝耳に水だったようで、私たちは抵抗させる間もなく当人や関係者を捕縛し、魔法研究所を管理下に置くことに成功していた。


 そして王都は城門を閉ざした戒厳令により、厳しい外出禁止を科され、昼間でも人の姿はまばらとなった。


 一方、城門の外は王都に入り商売しようとしていた者たちで溢れていた。

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