124:ノエリア、勘当される


 サマンサが現在の状況をまとめた書類を読み上げ、現在の状況を報告していると、部屋に見知らぬ男が入ってきた。


 男は一枚の紙をサマンサに手渡すと、早々に部屋を出ていく。



 サマンサが受け取った紙に視線を落とすと、表情がスッと変わった。



「大変です。フレデリック王がついに決断をされた模様。ライナス師を謀反人として公開処刑をすることに同意されたとのことです。直弟子であるダントン、フィーリアの両名にも同じく処刑の同意がなされました」


「ライナス師匠が公開処刑!?」


「院長先生たちも!?」


「フレデリック王がジャイルの小僧に押し切られるとは……。こりゃあ、誤算だった。父親の宰相ボリスが病気療養で領地に帰ってるから、ジャイルの小僧だけでフレデリック王が折れるとは。王太子時代から重用してきたライナスをこんなに早く切り捨てるなどとは、おもわなんだ」



 カサンドラも事態の急変を予想してなかったようで、サマンサの報告に驚いた顔をしていた。



「それで、公開処刑の日取りは?」


「明日、正午だそうです……」


「明日だって!?」



 叛乱が重罪だというのは分かるけど。


 王の決断からの流れが手際が良すぎる。


 普通、犯罪者の公開処刑は布告されてから一週間くらいはかかったはずなのに。



 予想を上回る速さで事態が進展しており、このまま手をこまねていたら、院長先生たちやライナスは明日の昼過ぎには首を斬り落とされ、広場に晒されてしまうことになっていた。



「ライナス師が謀反人として処刑されれば、うちのノエリアにも火の粉が飛んでくるねぇ……」


「ノエリアお嬢様は無関係だと言い張っても、フレデリック王がジャイルの言葉を採用してしまえば、我が家もライナス師と同じ道をたどるかと」



 カサンドラとサマンサは、ライナスの公開処刑後に起きるであろう事態を見越した話をしている。



「ユグハノーツのロイドには急使を出して、ライナス師をすぐに助けに来いと連絡したが、騎士団を連れてくるとなると早くてもあと二週間はかかるだろう」


「それでは間に合いませんね。ここはノエリア様とカサンドラ様だけでも王都を脱出してもらうしか……」


「それは、相手の思う壷で面白くないねぇ。どうしたものか……」



 カサンドラとサマンサが眉間に皺を寄せ、対応をどうするか悩んでいる様子だった。



「俺が公開処刑される寸前にライナス師と院長先生たちを救い出してきますよ。俺はタダの平民で駆け出しの冒険者だし、犯罪者として手配されてもエネストローサ家に迷惑がかかることはないはず。三人を救い出して辺境伯様の到着まで身を隠せば、風向きもまた変わると思いますし」


「フリック様!? それは危険では?」


「時間が限られている中で、成功率が高いのはこの方法だと思う」



 俺は単独でも三人を救出する気であった。



 裏で糸を引いていると思われるヴィーゴも、さすがに王都のど真ん中でアビスウォーカーやジェノサイダーを使ってはこないはず。


 近衛騎士や衛兵程度なら、魔法で目くらまししている間に三人を逃がすことくらいならできるはず。



 俺からしてみれば、何が待ち受けるか分からないジャイルの屋敷に潜入するよりは、外に出てくれた方が好都合だった。



「フリック殿が一人で動くか……悪くないねぇ。冒険者が一人勝手に動いたと言い張れる」


「おばあさま! それではフリック様が犯罪者になってしまいます! そのような迷惑をかけていい方ではありませんから!」



 ノエリアは俺が一人で救出するのを止めたいようで、カサンドラに食ってかかっていた。


 だが、カサンドラはノエリアには取り合わず、俺の手を取るとニンマリと笑った。



「フリック殿、成功率を上げるためにもう一人冒険者を雇う気はないかい?」


「もう一人ですか? 犯罪行為ですし、関係ない人をあまり巻き込みたくないので遠慮したいんですが……」


「魔法の腕前は一級品、実績も申し分なしの超一級の冒険者さ。ノエリアっていう冒険者を一緒に連れてってくれると助かる。きっと成功率はもっと上がるだろうさ」



 ……はい? 今何と?


 ノエリアとか聞こえた気が?


 エネストローサ家を巻き込まないために、一人で行くんだけども?



 俺はカサンドラの口にした言葉が理解できずに、返答ができずにいた。



「わたくし!?」



 ノエリアも驚いたようで、ビックリした顔をしている。



「ああ、うちの孫娘は今、この場で勘当した。今後うちの家名は名乗らせないし、エネストローサ家とは一切関係ないただの冒険者の娘だ。ロイドが何を言おうが私が決めた。エネストローサ家の当主こそロイドが継いだけど、家長の任はあいつが受けなかったからね。老骨の私が未だに家長をしてる。だから家長権限でノエリア・エネストローサの勘当をするよ」


「おばあさま!?」


「ノエリア、あんたは今からただのノエリアだ。エネストローサ家の人間じゃないから自由にやりなさい。あとで問題になったらババアの皺首一つでロイドにしりぬぐいさせるから安心しなさい。旦那を支えるのも嫁の務めだからね」



 カサンドラは片手で俺の手を握ったまま、もう片方の手でノエリアの手を取った。



「これはいい絵が視えるね。ちょいと女難が視えるが、英雄となる男がもてるのはしょうがあるまい。最後におさまるところにおさまれば問題ない」



 未来視をしているのか、俺とノエリアの手を取ったカサンドラは笑顔を浮かべていた。



「カサンドラ様……それはいったいどういう?」


「内緒。この未来視は我が家の存続にも関わるからの。フリック殿、未来視は吉兆を示しておるから存分にジャイルの小僧にかましてこられよ。ノエリアもちゃんと手伝うように」



 カサンドラはそれだけ言うと、俺たち二人から手を放した。



「サマンサ、私らは事態がどう転んでもいいように根回しに動くよ。息を潜めてる貴族連中をこっちに引き寄せ直す。ロイドが来れば、父親不在のジャイルごとき小僧に与する貴族は少ないはずだ」


「承知しました。一族の者たちを使い動静を見守っている貴族家に『辺境伯が近日中に騎士団を率いて王都に到着する』と吹聴させます」



 サマンサが控えていたメイドに目配せすると、メイドたちが部屋から駆け出していった。


 俺たちはその姿を見送ると、再び抜け道を抜け、下町に戻り明日の公開処刑が行われる広場近くに宿をとることにした。

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