42:敵襲


 地面を転がりながらしたたかに背中を木に打ち付けていく。



 あいつに剣も魔法も効いた様子は見えなかった……。


 アビスウォーカーってあんなに強かったのかよ。



 俺はロイドたちが戦っていたとされるアビスウォーカーらしき生物が示した強さを体感して驚きを感じていた。



 けど、このままあいつらをのさばらせるわけにはいかないんだ。


 なんとかして、あいつを倒す方法を見つけないと。



 痛む身体に力を入れ、地面から無理矢理立ち上がる。


 だが、すでに俺を蹴飛ばしたアビスウォーカーらしき生物の姿は森の奥に消えていた。



「フリック様! 大丈夫ですかっ!!」



 ディモルを急降下させて着陸させたノエリアが血相を変えて俺に駆け寄ってきた。



「ああ、大丈夫。身体強化してたから内臓は破裂してないよ……ただ、打撲や骨にひびは入ってそうだけど……」



 口の中に溜まった血交じりのツバを木の陰に吐いた。



「すぐに回復を! 我が身に宿りし魔素マナよ。触れる者を癒す光となれ。癒しの光ヒーリングライト



 駆け寄ったノエリアが俺の腹部に手を触れると、温かな光に包まれて身体の痛みが和らいだ。



「ありがとう……だいぶ痛みが和らいだよ。」


「は、はい。他にも傷がないか、上着を脱いで確認だけさせてください」


「あ、ああ。頼む」



 ノエリアが俺の身体に他の傷がないか調べたいと言ったので、彼女の前で上半身の革鎧を脱いだ。


 するとノエリアは顔を赤くしながら、俺の身体に小さな擦り傷を見つけると、手で触れ荒い息をして癒しの光ヒーリングライトを発動させていた。



 それくらいはかすり傷だし、疲れて息が上がるくらいなら無理に回復させる必要もないんだが。


 回復魔法はノエリアから教えてもらってある程度は使えるようになっているし。



 荒い息をするノエリアの様子を見兼ねた俺は、自ら傷を癒すことを提案した。



「ノエリア、疲れるなら俺が自分で癒そうか?」


「ひゃ!? ひゃえ!? 違います。全然疲れてませんよ。むしろ、元気になってしまうというか……漲ってしまうというか。ああ、違います。大丈夫です。これくらいは、わたくしにさせてください」



 ノエリアが大げさに手を振って、回復を任せて欲しいと言っていた。


 場所が場所だけに疲労を溜めて倒れられるのも困るのだが、本人が大丈夫だと言っている以上、弟子の俺が断るのも気が引けた。



「そ、そうか。ならいいんだけども……」


「はい、大丈夫です。それにしてもさっきの人影、あれはアビスウォーカーに間違いないかと……。ですが、父から聞いてたアビスウォーカーは魔法が通じないなんて話は聞いたことが……母がアビスウォーカーを魔法でなぎ倒していたと言っていましたし」



 治療を終えたので、俺が脱いだ革鎧を着ていると、さっき見たアビスウォーカーについてノエリアが語りだしていた。



 たしかにノエリアが言う通り、低級の魔法だったとはいえ、さっきのアビスウォーカーには全く効果を発揮してなかった気がする。



「もしかして、俺の魔法の威力が弱すぎたのか?」


「フリック様の魔法の威力で弱いと言われたら、大半の魔術師が失業しなくてはいけなくなります。ケルベロスと同じように魔法を低減、もしくは無効化させていたと見るべきかと」


「やっぱりそうか……それにあの皮膚の堅さも尋常じゃなかった……」


「わたくしたちが見たのはアビスウォーカーの姿をした別の生物なのでしょうか……」



 俺もノエリアも大襲来で発生したアビスウォーカーの話は聞いていても、実際に戦ったことがないのだ。


 だが、あれが多数アビスフォールから這い出してきたらと思うとゾッとする。



 ノエリアも同じような感想を抱いているようであった。



「とりあえず、逃げたあいつを追わないと。まだ、魔法剣が通じるかは確かめてないし」


「そうでしたね! フリック様にはまだ魔法剣がありました」


「ああ、まだ負けたわけじゃない。あれは絶対に溢れさせたらいけないやつらだ」



 俺たちは再び逃げたアビスウォーカーを追うことにした。


 その後、逃げたアビスウォーカーの痕跡を日暮れまで調べたが足取りがつかめなかった。


 そのため、一旦追跡は諦めると、ロイドたちに報告をするため合流することにした。




「フリックの腕とわたしの作った魔剣で斬れなかっただと……そいつどれだけ堅いんだよ。あの剣の切れ味は抜群だぞ」


「それに魔法も通じないだと? 本当にそれはアビスウォーカーだったのか……わしたちが戦ったアビスウォーカーはフロリーナの魔法で弾け飛んでたぞ」


「お二人に報告してもらったアビスウォーカーは……し、新種ですかな……。一体でその強さとか信じられないのですが……」


「剣も魔法も通じないとなると……厄介ですぞ……」



 魔境の森の入り口に作られた騎士団の天幕の中で、俺たちの報告を聞いた出席者たちの顔が曇っていた。


 出席者は辺境伯ロイド、騎士隊長マイス、そして魔法研究所の所長ライナスとなぜかガウェインまでついてきていた。



「ですが、わたくしたちが遭遇したアビスウォーカーはさきほど申し上げたとおりの強さを示しておりました」



 ノエリアの言葉を聞いた出席者たちの顔が一層曇っていた。



「大襲来が終息して二〇年。まったく目撃例がなかったアビスウォーカーだったが、まさか久し振りに目撃された個体がそのように強いとはな……いったい、どうなっておるのだ……」



 散々アビスウォーカーの脅威を言い聞かせた娘からの報告を聞いて、ロイドも困惑の表情を浮かべている。


 彼らが戦ったアビスウォーカーに比べ、俺たちが戦ったアビスウォーカーの個体は規格外に強かったらしい。



「剣も魔法も通じませんでした。けれど、まだ魔法剣は試していないので、それがケルベロス戦みたいに効果を発揮してくれれば、まだ対処のしようはあると思います」


「そうであったな。まだ、魔法剣を試してないのであったな」



 困惑の表情をしていたロイドも、ケルベロスを倒した実績のある俺の魔法剣の存在に希望を見出してくれたようだ。



 固いとはいえ、皮膚を斬れなかったわけでもないし、内部に刀身が触れれば魔法効果を叩き込めるはずだ。


 それで傷を負わせることができれば、倒せない相手ではないはず。



 最後の切り札とは言いたくないが、戦ってみた感じだと魔法剣が効かなかったら次の手はなさそうに思えた。



「フリック様のあの魔法剣であれば、きっと大丈夫だとわたくしは確信しております。あのアビスウォーカーもケルベロスと同じように身体中から炎を噴き出し地面に倒れるでしょう」


「そうだな。たしかにあの魔法剣の威力は半端なかったからな」



 ケルベロス戦を見ていた二人は俺の魔法剣の威力を知っているため、他の出席者よりは顔色を明るくしていた。


 そんな時、天幕の向こうがいきなり騒がしくなった。



「て、敵襲!! ものすごい速さの生物が野営地に侵入したぞ!! 捕まえ――ごふううぅう」


「お、おい! あれはア、アビスウォーカーだ! アビスウォーカーが乗り込んできたぞ!! 捕まえろっ!!」


「あいつなにか武器を持ってるぞ! 嘘だろ、アビスウォーカーが武器だと!?」


「撃ってくるぞ! 避けろっ! カハッ!」


「お、おい! しっかりしろ! だ、ダメだ死んでやがる」



 外の混乱する声や爆発音が天幕の中に響き渡る。


 中に居た俺たちはすぐに自分たちの武器を手に取ると外に出た。



 外は天幕が燃える煙と炎が立ち昇り、武器を手にした騎士たちが縦横に走り回っていた。



「皆の者、落ち着け! 敵の数を報告せよ!」



 ロイドが慌てふためく騎士たちに対し、よく通る声で指示を出していた。


 そんなロイドの頬に森の奥から伸びてきた赤い光が見えた。



 あの光、なにか嫌な予感がする。



「辺境伯様! 伏せて!」



 嫌な予感を感じた俺は、赤い光に照らされたロイドを地面に押し倒した。



 次の瞬間、ロイドの後ろにあった天幕が一気に爆発して炎上した。



「爆発だと!? いったいどうなっておるのだ!」


「ロイド様をお守りしろ! あの赤い光には絶対に触れさせるなっ!」



 即座にマイスがロイドの前に躍り出て、身代りとして立ちはだかった。


 再び赤い光が見えた。


 今度は、ノエリアの方に狙いを付けている。



「ノエリア! 避けろ!」


「っ!?」



 赤い光に気付いたノエリアであったが、恐怖で竦んでいるのか避ける気配を見せなかった。



 くっそ、間に合えぇえええ!!!



「石の壁となりて、我が指が示す先に発現せよ。石の壁ストーンウォール!」



 ノエリアを捉えていた赤い光の前に、俺が発動させた石の壁が隆起する。


 その瞬間、石の壁は爆発とともに砕け散っていた。



 だが、石の壁のおかげでノエリアは爆発に巻き込まれずに済んでいた。



 俺はノエリアに駆け寄ると、庇うように彼女の前に立った。



「フリック様……足手まといになってしまい申し訳ありません」


「いや、無事でよかった。それにしても、あの攻撃……どう見ても魔法じゃないよな」


「はい……でも、威力は上級魔法くらいありますね。それと、照射された距離はかなり遠くからでしたけど、爆破の瞬間は分かりませんでしたし」



 落ち着きを取り戻したノエリアが、さきほどの赤い光について考察を呟いていた。


 その間も、照射された赤い光から爆発が発生していた。



 照射される光の数は二つしかない……襲撃してきたのは二人しかいないか。



 爆発は各所で起きているが、敵は二体ほどしかいないと思われる。


 やがて、照射されていた赤い光が見えなくなった。



「こっちに来たぞ!! 剣を構えろ!」



 野営地の奥の方にいた騎士たちから声があがる。



「皆、行くぞ! フリック、お前も悪いが手伝ってくれ」



 ロイドたちが護衛の騎士たちを引き連れ、声が上がった方へ駆けだしていた。



「分かりました。すぐに行きます。ノエリア、行けるか?」


「はい、足手まといにはなりません」


「よし、行こう」



 俺とノエリアもロイドたちを追って、野営地の奥へ駆けだした。

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