25:剣士としての光明
ガウェインがユグハノーツにいるロイドのもとから帰ってきたのは、予定通りの日暮れ間近だった。
使役していた翼竜の翼に何本も矢が刺さっているのが少し気になったが、本人が『問題ない』と言ったので深くは追及しないでおいた。
それと、いちおうロイドからノエリアの滞在許可ももらったらしい。
出かける際に言っていた『娘は預かった』という言葉を、あのロイドにそのまま伝えていないか不安だが古い知り合いらしいので言葉の行き違いはなかったと思いたい。
夕食の席でガウェインの話を聞き、そんなことを思いつつ、翌朝からはガウェインを指導役として屋外で身体強化魔法の訓練を行うことにした。
隣では身体強化に苦手意識を持つノエリアも、再訓練の名目で訓練を一緒に受けていた。
「身体強化魔法の基礎である
身体強化魔法を常用しているガウェインが、パンパンに盛り上がっている大胸筋を指差して魔法の効果を説明していた。
言ってることは理解できるんだけども、ああやって上半身裸で筋肉をピクピクする必要はあるんだろうか。
あの筋肉のことが気になり過ぎて、話してる内容の半分も入ってこないんだが。
すでに習得しているノエリアもガウェインの姿を見て、半ばあきらめ気味のため息を吐いていた。
「フリック、ノエリア。さぁ、やってみろ。筋肉を一本ずつ魔力で太くする想像をするんだ」
「はい、やってみます」
「いい返事だ。だが、フリックみたいに無駄に魔力あるからって急にたくさん筋肉を太くすると酸素が足りなくなってぶっ倒れるから気を付けろ」
魔法で太くなった筋肉に酸素が大量に流れ込んで酸欠になるってことか。
だとすると、身体強化魔法には呼吸の量も増やせる魔法があるのかな。
身体強化魔法は、身体の仕組みをよく熟知して使わないと危険な魔法になりそうな気がする。
俺は目を閉じると、まずは腕の筋肉を思い浮かべる。
そして、
「溢れし魔力よ。我が肉体への新たな肉となれ。
剣術で身体の隅々の筋肉の動きを意識することには慣れているので、ガウェインの言った通り、一気に多くの筋肉を太くして酸素が不足しないよう一本ずつ慎重に魔力を込めていく。
注ぎ込んだ魔力によって、腕の筋肉がどんどんと盛り上がっていた。
呼吸の方も息苦しさは感じないで済んでいた。
「ほぅ、わたしが編み出した身体強化魔法を一発で発動させるとはな……。聞いてた通り、魔法に対して理解度が高いようだ。それでこそわたしが触れ合いを許した男だ」
目を開けると、目の前でガウェインが俺の腕を見て満足そうな顔をしていた。
「これで発動してますか?」
「ああ、しているな。たった一度で腕だけとはいえ発動させるとはな。フリックは身体強化魔法の素質が大いにありそうだ」
俺の隣ではノエリアも発動に成功していたが、元々の体つきが小柄なので肺も小さいため、酸素が足りないようで蒼い顔をしていた。
「これだから、身体強化の魔法は苦手です……魔力とは別に心身をある程度鍛えることも必要になりますし……ふぅ、ふぅ」
魔法を発動させたノエリアは荒い息のままであった。
「呼吸量を増やす魔法もあるが、あれは身体強化でも特に危ない部類だから、まだ使わない方がいい。ノエリア、無理はするな」
多くの魔術師が、この身体強化の魔法を異端扱いする理由もうかがい知れた。
遠距離から攻撃できる魔法が使えるのに、肉弾戦を選ぶ魔術師はほぼ皆無であるし、魔力以外にある程度心身を鍛えることが必要になるとすれば、自分たち魔術師の持つ特性を消してしまう可能性があった。
だが、俺みたいに剣術で身体を鍛えていて、魔法も使う才能がある魔剣士などであれば、身体を強化できるこの魔法は垂涎の魔法だった。
「剣を振ってみていいですか?」
腕の筋力を強化して、どれくらいの効果が出たかを確かめたくてガウェインに剣を振る許可を求めた。
「ああ、いいぞ。振ってみろ」
許可をもらい自分のなまくらな剣を引き抜く。
筋力強化により倍くらいに膨らんだ腕だと、剣の重さは元の半分以下になった気がした。
「軽い……この剣がこれだけ軽くなるとは……」
抜いた剣を構え、剣を何度も振り抜いてみた。
振り抜く速度は見違えるほど速まり、アルフィーネの斬撃を超えるほどになっていた。
「速い……フリック様はお会いした時から、かなりの剣術の使い手でしたが。身体強化でこれほどの効果が出るとは……」
酸欠を起こしかけ座って休んでいたノエリアが、俺の剣の動きを見て歎息していた。
腕だけでこの効果か……。
なるほど、これを全身に常用発動させてるガウェインがあれだけの筋力を持っているのも納得だ。
全身を身体強化したら、この剣でも固い魔物を一刀両断できそうだ。
これ以上、伸びないと思ってた剣の方も魔法の補助を受ければまだ上を目指せそうだ。
俺は身体強化の魔法によって、限界を感じていた剣の腕もさらに向上できる道筋を見出していた。
「フリックの剣術をロイドが見たら、悔しがるな。あいつは魔法の才能が皆無だったから、わたしの身体強化魔法を覚えられなかったし」
「辺境伯様に比べたら俺の剣術はまだまだですよ」
「たしかにまだ身体強化魔法を全部使いこなしていないからな。だが、使いこなせばお前は紛れもなく超一流の剣士にもなれる」
ガウェインが腕を組んで、俺の方を向き一人で頷いていた。
俺に足りてない筋力や瞬発力などを魔法で補助していけば、ガウェインに言われたとおりもう一段上の剣士になれる気がしていた。
魔剣士として剣も魔法も極めようと思っているが、長年鍛錬を続けてきた剣術がまだ成長させられると分かって嬉しさがこみあげていた。
「なれるかどうかは分かりませんが、ガウェイン様の身体強化魔法で光明を見いだした気がします」
「わたしもノエリア以外に魔法を受け継ぐ人材ができたと感謝しているぞ。こうなると、フリックの剣は特別製にしておく方がよさそうだな」
頷いていたガウェインが、ズボンのポケットから自分の手帳を出し、何かを書き留めていた。
今の素振りを見て、これから作る剣の構想を書き留めていたのかもしれない。
「さて、次は――」
休憩する間もなく、次の身体強化魔法の練習が始まっていた。
ガウェインの指導はけっこう厳しいのかもしれないが、身体の方は剣術で鍛えてきてそれなりに自信があった。
「わ、わたくしは次の魔法から見学させてもらいます」
青白い顔をしたノエリアが地面に座ったまま見学を申し出ていた。
「ノエリア、大丈夫か?」
「はい、呼吸がちょっと苦しいだけですのでご心配なく」
酸欠症状が酷そうに見える。
ノエリアの場合、身体を強化するメリットよりも、酸欠で動けなくなるデメリットの方が大きそうだった。
「ノエリア、無理はするな。前にも何度もぶっ倒れてるから、わたしもお前には無理強いはせん」
ガウェインも心配そうにノエリアの様子を見ている。
「この身体強化魔法は即座に命に関わる魔法だからな。フリックもくれぐれも気を付けるように」
「はい」
俺はそう返事をすると、あらためて身体強化魔法の訓練を再開した。
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