35:ガンガン行こうぜ! 魔獣ケルベロス戦


「来るぞ! フリック! わたしも援護しよう」


「ケルベロスからは逃げられなさそうだし、やるしかなさそうですね」


「け、牽制しますか?」


「ああ、頼む」



 魔剣が牽制の火の矢ファイアアローを放つ。


 同時に俺は火球ファイアボールの詠唱を始めていた。



「熱く燃えたる火の球となりて、我が敵を焼き尽くせ、火球ファイアボール



 頭上に発生した大きな火の玉を、魔剣が放った火の矢に続けてケルベロスに向かって撃つ。


 大きな火の玉は空気を切り裂く音を響かせて、魔剣の放った牽制の火の矢を避けたケルベロスの身体に直撃した。



 直撃だ! やったか?



「マスター、まだです」



 直撃した火球ファイアボールによって起きた爆炎がおさまると、三つの口を大きく開けたケルベロスがダメージを負っていない様子でこちらをにらんでいた。



 効いてない!?


 嘘だろ……もしかして威力を調整し過ぎたか?



 次の瞬間――


 それぞれの口から、稲妻と毒霧と火炎が一斉にこちらへ向け吐き出されていた。



 音よりも速くきた稲妻を紙一重で避ける。


 稲妻は身体強化してなければ、絶対に避けられないほどの速さであった。



 あっぶねぇ! こんなのいつまでも避けられないぞ!



「フリック! 油断するな! 火と毒がくるぞ!」



 距離を取っていたガウェインは、すでに自分用に魔法障壁マジックバリアを張って、放射状に放たれた火炎を防いでいた。



 火と毒!? 火は魔法障壁マジックバリアで防げるけど……。



「白き膜となりて、我が身を包みこめ。魔法障壁マジックバリア



 白い膜に包まれたことで、ケルベロスの炎は俺の身体に到達することはなかった。


 だが、毒霧は膜を透過して俺の肺に到達していた。



 毒霧を吸ったことで肺がチクチクと痛みを発し、咳が止まらなくなっていた。



「ゴホゴホっ! くっそ、魔法で防げない攻撃とか……面倒な攻撃を……」


「ゲホゴホっ! ゲホっ! フリック、このままだと肺に毒が回って動けなくなるぞ。どうする?」



 ガウェインの方にも毒霧が到達したようで、むせこんでいる様子だった。


 一方、ケルベロスはそんな毒霧の中を俺たちが弱るのを待ちながら、次の攻撃の準備を進めていた。



 霧を晴らすには魔法で作った風で吹き飛ばす方がいいんだろうけど、そうしてる間にまた次の攻撃が襲ってきそう。


 その時、あの攻撃をかわし切れるだろうか……。



「クェエエエエっ!!」



 毒霧をどうしようか迷っていると、上空からディモルの鳴き声が聞こえてきた。


 そして、ノエリアの詠唱する声も一緒に聞こえた。



「漂いし空気よ、大いなる刃の渦となりて、我が敵を斬り裂け。空刃竜巻エアブレードトルネード



 ノエリアが詠唱を終えると、ケルベロスの近くの地面から竜巻が巻き起こる。


 竜巻はケルベロスを飲み込むと周囲の毒霧を吸い込み始めていた。



 その隙を突いてディモルが低空に降りてくると、ノエリアを俺の近くに降ろして再び舞い上がった。



「クェエエ!」


「フリック様、援護します。お叱りは後できちんと聞きますので今は敵に集中してください」



 ノエリアもディモルも、俺たちが心配で戻ってきたようだ。



「分かった。援護感謝する!」


「感謝されついでに、ケルベロスについて補足させてもらうと、毛皮が魔法に対してかなり高い抵抗力を持ってるので、フリック様の魔法もわたくしの魔法もかなり威力が落ちるかと。といって物理攻撃をしようものなら、あの爪と牙で食い殺されるんですが……」



 やっぱり魔法が効きにくいのか……。


 物理攻撃……を試すか。



 ケルベロスに魔法が効きにくいと聞いて、ちらりと魔剣に視線を落とす。



「だ、大丈夫です。物理も頑張ります! 行けます! ガンガン行きます! けして折れたりしません!」


「普通の剣士なら無理でも、身体強化しているフリック様とその子なら……」



 魔剣が剣としては超一級品であることは握ってみて分かっているので、後は俺の腕があいつに通じるか次第か。


 辺境に来て魔法も覚えたけど、やっぱり剣も極めてみたい。


 やってみるか!



「ノエリア、毒霧は任せていいかい?」


「え? あ、はい。承知――ってまさか!?」



 戸惑うノエリアを横目に少し離れたところにいるガウェインに話しかける。

 


「ガウェイン様、ちょっとだけ囮してください。ちょっとだけでいいんであいつの目を引き付けて欲しいです」


「なんだ? フリックはわたしの作った魔剣の最初の生贄を魔獣ケルベロスに決めたのか? 剛毅な話だな。いいだろう、囮は任せろ。身体強化魔法の神髄を見せてやる」


「頼みます」



 俺の言葉を聞き終わる前に、ガウェインがケルベロスの前に飛び出し、おちょくるように左右に高速移動して分身をしていた。


 相変わらずよく分からない人であるが、たしかにケルベロスの目は引いてくれていた。



「ディモル! お前も無理しない程度にあいつの目をかく乱してくれ!」


「クエエエエッ!」



 ディモルも空中を飛びながら返事をすると、ケルベロスと一定の距離を取り、鳴き声で威嚇して一つの犬の頭の視線をくぎ付けにしていた。



「おっし、いくぞ。お前の力と俺の腕が通じるかやってみる!」


「は、はい! 行きます! やります! 頑張ります!」



 魔剣は魔石を強く明滅させていた。


 俺はそんな魔剣を握りしめると、ケルベロスに向かって全速力で駆けだしていく。



 二つの頭はディモルとガウェインに意識が向いていたが、残った一つが俺の動きに反応していた。


 大きく開いた口から毒霧が吐き出される。


 しかし、毒霧はノエリアの放った突風ゲールウィンドによって霧散していた。



 ノエリアの援護のおかげもあり、一気にケルベロスの足元まで潜り込めた。



「よし、この距離までこれば毒霧もそう怖くない――」


「マスター!! 爪! 爪です!」



 ホッと安堵する暇もなく、ケルベロスの前脚から飛び出した鋭い爪が俺たちに向かって振り下ろされる。


 俺はその爪を魔剣で受けた。



「ぐきぎぎ! 頑張ります! これくらい大丈夫!」



 魔剣で受け止めたものの、ケルベロスの爪の先が頬を掠めていた。


 切れた頬から血が垂れる感触が伝わる。



 だが、こんなのはかすり傷にも入らない。


 怯えるな、俺たちは戦えてる。



「は、はい。やれてます! ガンガン行けてます!」



 苛立ったケルベロスがそのまま俺を圧し潰そうと、前脚にいっそう体重をかけてきていた。



「ぐぬううううん。重いです。曲がっちゃ……わない。曲がりも折れもしないんで頑張ります! 根性!!」



 魔剣が根性とか普通言うかな……。


 いやでもお前なら言ってもいい気がするが。



 深刻な状況の中で、魔剣が発した言葉に不意に笑いがこみ上げる。


 その笑いで張りつめていた緊張が解けた気がした。



 圧し潰そうとしていた圧力から逃れるため、一瞬力を抜き背後に飛んだ。


 おかげで圧し潰そうとしていたケルベロスは前につんのめりかける。



 俺たちはその隙を逃しはしなかった。



「よし、いい子だ。よく頑張った。ここからは俺たちの番とさせてもらおう」


「はい! ガンガン行こうぜですね! 承知しました!」


「そうだな、ガンガン行こうぜだ」



 俺は剣を構え直すと、つんのめってバランスを崩しかけているケルベロスの前脚に向かって斬撃を繰り出した。


 俺の身体強化魔法で強化された身体によって、魔剣はケルベロスの分厚い毛皮をもろともせず、次々に肉を斬り裂いていく。



「ガンガン行っちゃいます!! ※■▲〇※■▲〇」



 魔剣がケルベロスの肉を切り裂くたびに炎を吹きあげる。


 どうやら、斬って内部に到達したところで火の矢ファイアアローを撃ち込んでいるようだった。



 きっとケルベロスからしたら地味に痛いやつだな。


 小指をドアで毎回打ち付けられるくらい地味に痛いやつだ。



「さっきの踏んだおかえしです! ※■▲〇※■▲〇」



「ガァアアアアアアアアア!!!」



 前脚を斬り裂かれたケルベロスが痛みからか、激しく吠えていた。



 これなら、いけるかもしれない……。



「いけるはずです! いきましょう!」



 だが、ケルベロスはまだ戦意を喪失したわけではなかった。

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