side:ジャイル 苛立つ近衛騎士団長


 ※三人称視点



 フリックたちが獣人都市インバハネスに向かっている最中、ハートフォード王国の王都では、ジャイルの邸宅にアルフィーネの元執事であるヴィーゴが呼び出されていた。



 応接間の扉をノックしヴィーゴが中に入ると、不機嫌さを隠さずにいるジャイルがソファに腰を掛けていた。



「アルフィーネの捜索の件はどうなっておるのだ! お前はすぐに見つかると申したではないか! それがもうすぐ一ヶ月だぞ! 王に顔を会わせるたびに『アルフィーネの様子はどうだ?』と聞かれるわたしの身にもなってみろ!」


「ただいま、鋭意捜索中です……。内密の捜索ということで、人員に限りがあり中々成果が出てこないことは心苦しいばかりですが……。アルフィーネ殿が確実に現れるだろうユグハノーツには、すでに私の手の者と、近衛騎士団からも口の堅い者を数名出して捜索させております。が、しかし足取りが見つかったとの報告は……」



 恐縮して捜索状況を報告するヴィーゴに対し、ジャイルの苛立ちがおさまらないようで、彼の足はカタカタと貧乏ゆすりをしていた。


 ジャイルの別宅からアルフィーネが脱走し、すでに二〇日以上が経ち、病気療養中を押し通すのにも色々と無理が生じ始めていたのだ。



「そんな無意味な報告を聞くために呼んだのではない! どうするのだ、ヴィーゴ! このわたしがアルフィーネを手籠めにしようとしたら逃げられた、王にそんな報告をさせるつもりかっ!」



 自分が犯した失態で起きている問題に苛立ちを隠さないジャイルが、ヴィーゴを威嚇するように応接机を強く叩いて喚いていた。



「ジャイル様、ご自宅とはいえ他人の目や耳があるので大声はお控えください」



 恐縮している態度こそ見せているものの、本当に怯えているようには見えないヴィーゴの姿に、ジャイルは軽く舌打ちをしていた。



「ちっ、誰のせいで、このように大声を出さねばならぬ事態に陥っておるのだ。それで、あとどれくらいでアルフィーネは見つかるのだ。病気療養として誤魔化せる期間も限りがある」


「それは……分かりませぬ。剣一筋の冒険者上がりで、知恵が足らぬ方かと思っていましたが、誰かが知恵をつけているやもしれません」


「一向に見つからぬのは、知恵の回る同行者がいるということか?」


「ええ、二年ほどお仕えしておりましたが、アルフィーネ様は考えるよりも身体が先に動かれる方でしたので……。一直線にフィーン殿の最後の情報があるユグハノーツに向かうと踏んでいたのですが。収穫がないとなると、同行者がいると判断すべきかと」



 ヴィーゴからの報告に、ジャイルの端正な顔が醜く歪む。



「今少しでわたしの手に落ちていたのに……」


「僭越ながら申し上げますが、これ以上のアルフィーネ様の病気療養の引き延ばしは、ジャイル様のためにならないと思います。色々と手間をかけた相手でございましたが、未練を切るべきかと。捜索は打ち切り、剣聖アルフィーネは恋人フィーンを失い、発狂してジャイル様に斬りかかり怪我をさせ、遁走したとして王国に指名手配するべきかと」



 ヴィーゴがジャイルに顔を伏せたまま、アルフィーネの処遇に関しての進言をすると、ジャイルの表情が損得を計算するように目まぐるしく変化をしていた。



「だが……手間暇をかけた二年を棒に振れと……。あの美女を得るため、王に剣聖の称号を与えさせ、剣術指南役として貴族に抜擢し、お前を執事として送り込んで、フィーンという恋人まで引き離す手間を注いでまで、手に入れようとしたアルフィーネを諦めよというのか」


 注いだ手間を捨てるのは惜しいという表情を浮かべたジャイルが、決断を先延ばしするようにヴィーゴの進言を聞き流そうとしていた。


「ですが、捜索が長引き、王がジャイル様の言動を不審に思い、アルフィーネ様の居場所を調べ始めたら今まで築いていた王からの信用をすべて失うと思われます。その代償を払ってでも女一人が欲しいと言われますか?」


「だがな……あと少しだったのだ。それに相手はこの世で一番の美女であるアルフィーネだぞ。それを諦めよと言うのか」



 未だにアルフィーネに未練を残すジャイルに、顔を伏せていたヴィーゴが頭を上げると彼に詰め寄った。



「剣聖ではなく近衛騎士団長暗殺未遂犯として、大々的に王国に布告してアルフィーネ様を捕らえるのです。そうすれば、あとはジャイル様の裁量でどうにでもできるはず。貴方が欲しいのは剣聖アルフィーネ様か、ただのアルフィーネ様かどちらなのです?」



 有無を言わせない雰囲気のヴィーゴに詰め寄られたジャイルが一瞬鼻白む。



「きゅ、急にどうしたのだ。おまえがわたしにそんな強く意見することなど珍しいではないか」


「こちらとしても手足を縛られたまま、成果を出せと言われても厳しいということです。そもそも、この件は私の裁量の範疇を超えております。お父上様からはジャイル様のことを支えよと言われておりますが、私にも向き不向きがあるのですよ」



 物静かな声で語っているヴィーゴだが、内心ではわがままな依頼を押し付けてくるジャイルに対し、不満を隠そうとせずにいた。


 ヴィーゴとしては、ジャイルの父である宰相ディカードに助力をしているのである。


 わがまま放蕩息子のお守りは、そろそろ御免被りたいというのが、彼の素直な感情であった。



「そのようなことを申すな……。わたしはおまえを頼りにしておるのだ」


「では、剣聖アルフィーネは近衛騎士団長の暗殺未遂犯として生け捕りせよと布告してもよろしいですな?」


「待て、早まるな……。アルフィーネは替え玉を用意する。年恰好の似た黒髪の女を調達して、フィーンを失い発狂し、全身に火傷を負ったという理由をつける。王からの面会もそれで断るつもりだ。それなら、今しばらく時間ができる。その間に見つけよ」



 ヴィーゴから決断を迫られたジャイルだったが、アルフィーネを自らの暗殺犯に仕立てるという判断が下せず、折衷案とも言うべき案を出して事態の収拾をはかった。



「承知しました。では、アルフィーネ様の件は今しばらくお時間をいただきます」



 捜索時間の延長を勝ち取ったヴィーゴは、それまでの雰囲気を改めると、恭しく頭を下げていた。


 その様子をジャイルが苦々しい顔をして見ていたが、自らが替え玉で乗り切ると言った手前、ヴィーゴを叱責することをできずにいた。



「わたしもリスクを更に負うのだ。これ以上見つかりませんでしたという報告は聞きたくないぞ」


「分かっております。捜索態勢はさらに一段引き上げます。アルフィーネ様はユグハノーツにいるのは確実だと思われるので」


「よい報告を期待しておる」


「では、私はこれにて――」



 ふたたび苛立ちを示す貧乏ゆすりを再開したジャイルに、ヴィーゴが恭しく頭を下げて立ち去ろうとした。


 だが、なにかを思い出したようにきびすを返して、ジャイルの前に進み出ていた。



「おっと、アルフィーネ様の件で忘れておりましたが、例の馬の居場所が見つかりました。獣人都市インバハネスの近衛騎士団の支所から逃げ出したと聞き、捜索をさせておりましたが近隣の草原に逃げ込んだようです。どうやらそこで馬の魔物を率いる集団のリーダーになっているようで、すでに現地の冒険者に生け捕りでの捕獲依頼を出しております」



 例の馬と聞いたジャイルの顔が、それまでのイラついた表情から一変し、新しい玩具を買ってもらえると言われた子供のような表情になっていた。



「例の馬とは、ヴィーゴが言っていた人語を理解する巨馬の話か!」


「ええ、我が手の者がインバハネスで見つけた馬です。ジャイル様へ献上しようとした矢先、逃げ出され行方知れずになっていましたが、再発見したとの報告を受けております。もうしばらく我慢されれば捕獲された馬が送られてくるかと」


「そうか……馬体も立派で威厳もあるらしいと聞いていたからな。これでわたしを弱卒近衛の最弱騎士団長と揶揄する馬鹿者も減るであろうな」



 ジャイルの軽口に対し、ヴィーゴは無言を貫き通していた。


 下手に相槌をして、せっかく収まった癇癪を再発させられてはたまらないといったところであろう。



「そちらも楽しみにお待ちください」



 それだけ言うと、ヴィーゴはジャイルに一礼して応接間から出ていった。

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