sideアルフィーネ:剣の道
※アルフィーネ視点
メイラの運転する荷馬車を警護しながら深い森の中をあたしは進んでいた。
魔境の森に生息する魔物は、王都周辺の魔物とは比べ物にならないほど大きな個体であり、しかもその数が多かった。
レベッカの話ではこれでも騎士団と冒険者が捜索活動をして、数を減らしたのだそうだ。
魔物の数は減らしたと聞いたけれど、まだそこらにウロウロとしてるわね。
周囲には三体ってところかしら。
「アル、近いのは任せていいかしら?」
あたしと同じく魔物の気配に気付いたメイラが荷馬車を止め、御者席の傍らに置いていた弓を手に取った。
「任せてもらっていいわよ」
遠いのはメイラがやってくれそうだし、あたしは近いのを一気に仕留める。
メイラも冒険者ではあるが遺跡調査が専門であり、近接戦闘は得意ではないと言っていたが――。
手にした弓を引き絞って遠くの魔物の眉間を射貫いていた。
「見事な腕ね」
「褒めてくれるのも嬉しいけど、もっと嬉しいのはおっぱい揉ませてくれる――」
「無理」
メイラが一番奥のを牽制してくれたから今が好機。
二刀の動きはまだぎこちないけど、剣聖アルフィーネとして修練を積んだ型は身バレしかねないし、捨てないと。
あたしは小剣を鞘から引き抜くと近くの二体の魔物の気配に向かって駆け出した。
森の奥に分け入る。あたしたちを襲おうと気配を発していたのはフォレストウルフだった。
今まで見た中で一番デカいフォレストウルフだわ。
さすが魔境の森ってことね。
でも、身体がデカいだけで手の内は知っている。
あたしは魔物を確認すると、相手が飛びかかってくる前に一気に懐へ走り込んだ。
距離を詰められたフォレストウルフは、飛びかかる機会を失い攻撃にためらいを見せると後ろに飛びのこうとする。
「甘い。あたしが逃がすとでも思うの?」
フォレストウルフが飛びのこうとした瞬間、追い駆けるように地面を踏み込み、手にしてた小剣から風を切り裂く速度の刺突を繰り出す。
もっと早く、もっとスムーズに、もっと正確に!
剣聖と呼ばれる前、一介の剣士として、剣術を上手くなろうとただそれだけを考えてたあの頃のあたしに戻る!
降って湧いたような剣聖の称号と貴族の地位が、あたしの剣術に対する意識を曇らせていたのだと、別人であるアルとなって改めて感じていた。
小剣の剣先がフォレストウルフの口先から入り、そして頭の後ろまで貫いた。
「次!」
仲間が一突きで絶命させられたことで、もう一体は敵意をむき出しにして牙を見せて飛びかかってきた。
遅い! そんな動きじゃ、あたしの懐には入れない。
あたしの肉を食いちぎりたかったら、もっと速く飛び込んでこないと! そんなんじゃ、殺してくれと言ってるようなものよ!
反対の手に握った小剣を引き寄せると、あたしの喉元を食い破ろうと狙ってきたフォレストウルフの口に向け、自分が出せる最速の刺突を繰り出していた。
その牙をあたしの喉に突き立てる前に、フォレストウルフは生命活動を終えていた。
自分に向けられた殺意に対し、本能のままに剣を繰り出す。
剣聖と呼ばれる前のあたしはそうやって剣を振るい、数々の魔物を倒し、魔竜も倒してきた。
速く、速く、より速く。
反応も身体の動きも剣の振りも。
誰も追いつけない速さ。それこそがあたしを最高の剣士へと導いてくれるはず。
それがあたしの目指す剣術!
頭の悪いあたしが偉そうに人に教える剣術なんてのはない。
剣聖と言われて、のぼせ上がって語った剣術論なんて上っ面だけの空虚なものだ。
フィーンはあたしの剣術へのそんな取り組み方にも嫌気がさし、絶縁して姿を消したのだろう。あたしが贈った剣を返して寄越したのには、きっとそういう意味もある。
剣聖になってから感じていた剣術への違和感の正体。ユグハノーツに来て駆け出し冒険者のアルになったことで、それに気付けた気がした。
二頭を一瞬で屠ったあたしに向かい、眉間に矢を生やした最後のフォレストウルフが怒りの表情を見せて駆けてくる。
「悪いけど、あんたはあたしの相手じゃない!」
絶命させたフォレストウルフから小剣を引き抜くと、胸の前で交差させた。
速く、速く、風よりも音よりも速く、ただ剣を振り抜く!
そう意識すると、あたしは交差させた小剣で向かってくるフォレストウルフの眼前の空気を斬った。
剣先が空気を斬り裂き、斬り裂いた空気が衝撃波を発生させ、向かってくるフォレストウルフに向かい飛んでいく。
衝撃波はフォレストウルフに触れると、その身体を斬り裂いて消えた。
「さすがの腕前ね。慣れないってずっと言ってるけど、そこらの白金等級の冒険者よりよっぽど強いわ」
「褒めてくれるのはありがたいけど、あたしの剣はまだまだこの程度じゃないわ。もっと、もっと上手く扱えるはず。フィーンに会った時に今以上に失望されないためにも、剣だけは誰にも負けない場所に到達してみせるわ」
「そうね。フィーン君も大人になったアルを見たら考え直すかもしれないしね。いい女になって見返すというのもありかもよ」
「そ、そんなつもりはないわよ。フィーンはあたしの仕打ちを絶対に許してくれないに決まってるから。でも、ただ安心してもらいたいだけよ。一人でも立派に生きていけるって思ってもらえばそれだけで満足だから」
そう言って小剣に付いた血を振って落とすと、鞘にしまい込む。
彼のことを好きだという言う資格を自分の手で壊した。
それはもう自分の中で自覚しているし、復縁したいなんて厚かましいことは一欠けらも思ってない。
ただ、フィーンにフィーンがいなくても自分は一人で立って歩けるからと見せてから別れを告げたいだけだった。
無邪気に甘えられた子供の時間は彼が去ったことで終わりを告げた。
今は一人で立つための大人になるための時間を過ごしている。
本当はすごく寂しいし、心細いけど、絶対に成し遂げなければならないことだ。
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