125:乱心
いつもなら朝市に買い物に来る人で人だかりができる広場には、完全武装の近衛騎士や王国軍兵士が行き交っている。
中央の噴水前には、即席で作られた処刑台が設置され、周囲には多くの騎士や兵士が警戒にあたっていた。
俺たちは広場が見渡せる屋根の上で、隠蔽の魔法を行使しながら準備が進む様子を眺めている。
『ざっと見て、200人くらいか……』
『ですね。ただ、練度の低い近衛騎士が大半ですし、無理に動員された兵士たちは士気は低そうですが』
『問題は相手がなんでこんな目立つ方法でライナス師や院長先生たちを殺そうとしてるかだよ。王宮の地下監獄でひっそりとやれば問題なくやれるのに』
『おびき出すための囮だと』
『狙いは俺たちか、それともエネストローサ家か』
『両方だと』
情報が漏れるように細工して、おびき寄せたってわけか。
ヴィーゴやジャイルからしたら俺たちやエネストローサ家は邪魔者でしかないものな。
『どのみち時間の限られた俺たちに、選択肢は残されてなかったからな……』
『そうですね……。この場から三人を助けて、父上が王都に来るまでの時間を稼ぎましょう』
俺は無言で頷く。
やがて、物々しい警備の兵士を連れた車列が広場に入ってくるのが見えた。
ラドクリフ家の紋章と王家!?
フレデリック王が来てるのか?
ジャイルともに王家の紋章を掲げた馬車が止まり、フレデリック王が姿を現していた。
そして、みすぼらしい馬車からは包帯を巻いた院長先生やフィーリア先生、憔悴した顔のライナス師が兵士によって引き立てられてきた。
『ジャイルやフレデリック王が臨席するとは誤算でした』
『かといって、手をこまねいている時間はない』
ジャイルとフレデリック王が兵士たちの作った壇上の席に座ると、三人は処刑台の上に引き据えられていた。
『ノエリア、魔法で兵士と騎士たちのかく乱を頼む。その間に幻影体つかって俺が三人を救い出してくるから』
『承知しました。
俺は隣にいたノエリアの肩を軽く叩くと、詠唱を始めた。
『我が手に集めし
俺は生成された幻影体とともに、眼下の処刑場に向けて飛び降りていた。
同時にノエリアが発動させた
「て、敵襲! 誰かが襲ってきてるぞ! 陛下と団長を守れ!」
「敵ってどこだよっ! 姿なんて見えない――ごふぅ」
「もう中に紛れ込んでるぞ! 捕まえろ! いや、陛下たちを守るのが先か!」
「どっちだよっ! はっきり指示してくれ!」
「返事がねえと思ったら、隊長が倒されてるっ! おい、誰か指示を! いったいどうなってるんだ!」
指揮官らしい騎士や兵士を優先的に無力化したおかげで、現場は大混乱に陥り、末端の兵士や平騎士たちは右往左往していた。
「ええいっ! わたしを襲ってくる奴らなど決まっておるだろう! 恨みを募らせたアルフィーネか、エネストローサ家の犬どもだけだ! 斬れ! 怪しい人影は全部斬れ!」
目の下にくっきりと浮いた隈をつけたジャイルが、半狂乱になって涎を口から垂らしながら、周囲の騎士に喚き散らしていた。
アルフィーネ?
この襲撃をジャイルはアルフィーネだと思ってるのか?
なら、ちょっと仕掛けてみるか。
俺は偽装の魔法を詠唱すると、幻影体たちの容姿を剣聖時代のアルフィーネに変化させた。
黒髪黒目で剣の女神と謳われたハートフォード王国第三代の剣聖アルフィーネ。
自分で見てもソックリすぎて、ドキリとしてしまうほどの完成度だった。
「け、剣聖アルフィーネだ! アルフィーネ殿がいっぱいいるぞ! どうなっているんだ!」
「つえぇ! 無理だ! 剣聖相手に勝てるわけねぇ! 武器捨てろ! さもないと瞬きする間に殺されるぞ!」
身体強化したおかげで、アルフィーネが見せていた剣技に近い動きを幻影体が兵士や騎士たちに対して発揮していた。
研ぎ澄まされ、無駄を極限にまで削った動きから繰り出す剣技は、俺がずっと憧れを抱き続けている理想の剣技である。
「ひぃい! アルフィーネがきたぁ! わたしは、わたしは悪くない! ヴィーゴが全部仕組んだのだ!」
アルフィーネの姿を見たジャイルが腰を抜かしたようで、その場にへたり込んで喚いていた。
今ならみんなの目が幻影体に向いてるな。
三人を救い出せる好機だ。
俺は混乱の続く広場の中で取り残されたように静まり返っている処刑台に近づくと、斧を持った処刑人たちを蹴り飛ばし、拘束された三人の縄を解いた。
「院長先生、フィーリア先生、ライナス師、助けに来ました。ここは一旦身を隠して辺境伯様が来られるのを待ち、身の潔白を証明いたしましょう」
「「フィーン君……」」
「フリック殿……」
拘束を解かれた三人は俺の顔を見て、複雑そうな表情を浮かべていた。
「フリック殿、私は過去の罪を認め、罰を受けねばならん身だ。命を差し出す覚悟はしておる。助けにきてくれたのはありがたいが、このままここで死なせてもらえるだろうか」
ライナスは救出されることを拒絶する言葉を発していた。
「ライナス様、弟子である私もフィーリアも同罪です。一人だけの罪ではありません。フィーン君、私らは罪の清算をせねばならん身だ。ライナス様とともにここで死ぬと決めたのだ」
「フィーン君はあたしたちのことなんか気にせずに自由に生きればいいわ。アルフィーネのことだけは、フィーン君に頼むしかないのが心苦しいけど、あの子のこともノエリアちゃんと三人で話し合って一緒に受け止めてあげて。お願いね」
院長先生は師匠であるライナスとともに死ぬと言い、フィーリア先生もそのつもりの様子だった。
三人ともなんでそんなことを言うんだ……。
罪なんて一切ないだろ。
ジャイルの悪意に巻き込まれただけなのに、なんで、なんで死ぬなんて言うんだ。
「お願いです! 生きてください! 頼みます! ここから逃げましょう!」
俺は三人の肩を揺さぶり、この場から逃走を促したが、皆首を振るだけで動こうとしなかった。
「きひぃい。アルフィーネ、来るな! わたしに近寄るな! 近寄るんじゃない! 来るなぁ! 来るなぁああ!」
アルフィーネの姿を見て、狂乱したジャイルが腰から抜いた剣を振り回して喚き散らしていた。
「ジャイル、いったいどういうことだ! 余にはアルフィーネ殿は死んだと言ってたはずだが、目の前にいるのは何者だ?」
混乱する広場の中でもフレデリック王は動揺を見せず、腰を抜かしたジャイルに対し、アルフィーネのことを聞いていた。
「実は生きて、生きておるのです! へ、陛下、アルフィーネはわたしに復讐するため、襲ってきておるのです。なにとぞアルフィーネからわたしをお助けください!」
ジャイルはフレデリック王の足に縋りつくと、仲裁をしてくれるようにと申し出ていた。
「ジャイル、余に偽りの報告をしたと言うのか?」
「ひぃ! 違う! 違います! たしかに殺しました! わたしが殺せと命じております! ですが――」
「一体どうなっておるのだ! 余が聞かされた報告は全部嘘であったということか!」
フレデリック王は、足にすがりつくジャイルを引き離すと怒気を見せていた。
「きひぃいいいっ! 違う、違う、違う! わたしは悪くない! あんたがアルフィーネのことをねちっこく聴いてくるのが悪かったんだ! そうだ! あんたが悪いんだ! あんたさえいなくなれば! ふひひひっ!」
目の焦点が定まらなくなったジャイルが、手にした剣を杖にして立ち上がると、その剣をフレデリック王の首にあてた。
「アルフィーネ、武器を捨てろ! さもないとこのジジイの首から血が噴き上がるぞ! わたしに剣の技量が無かろうが、この距離で仕留め損なうほどではない! さぁ、早く捨てろ! くひひいぃ!」
ジャイルはフレデリック王を拘束すると、武器を捨てるように迫ってきた。
「ジャイル様! 気は確かか! 陛下に剣を向けるとは! 王国の盾と言われる近衛騎士団長として恥ずべき行為ですぞ!」
周囲にいた兵士や騎士たちも、突然のジャイルの乱心に驚いた様子を見せていた。
「陛下……! せめて、陛下は救わねば!」
「ライナス師!」
拘束を解かれたライナスが、ジャイルに向かって駆けだすと魔法の詠唱を始めていた。
「ライナス! お前が変な報告を陛下に上げてなければ、こんなことになってなかったんだぞ! クソがぁ! やれ、ジェノサイダー! 肉片一つ残すな!」
次の瞬間、ジャイルの背後で青白い光が見えたかと思うと、ライナスの身体が四散して消えていた。
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