06:背中に受ける熱視線
ノエリアに魔力合わせを勝手にされてから一週間が経った。
ユグハノーツを治める辺境伯の令嬢を気絶させたことで、ひと悶着起きるかと思ったが、気絶から目覚めたノエリアは何も言わずキッと俺を睨みつけると、その場から立ち去っていたのだ。
以来、レベッカに紹介してもらった宿で生活しながらユグハノーツで冒険者生活を問題なく行えていた―――
問題なく行えていると思いたい。
思いたいんだが……。
今日の仕事を受けるため、窓口で依頼表を眺めつつ、昨日の報酬の清算を待っていると、俺の背後から熱を帯びた視線が突き刺さってるのが感じられた。
殺気というにはとげとげしさはなく、かといって視線に優しさを感じるわけでもない。
ヒリヒリと背中が焼けそうな熱視線としか言い表せなかった。
「はい、昨日の依頼達成料の四〇〇〇オンスです。新米の冒険者の割にフリック様はやけに手堅く稼げる依頼を知っていらっしゃるようですね」
昨日達成しておいた依頼の報酬を俺の前に置いたのは、ノエリアの件で俺専属の窓口係に任命されてしまったレベッカだった。
新たな名に変えたとはいえ、元々冒険者をしていたから一人でも倒しやすい魔物や儲けられる依頼などは熟知している。
それに強いと聞いていた魔物も、鉄等級で受けられる討伐依頼程度ではたいして強い魔物はいなかった。
「そうかな? 自分にできそうなのを適当に選んでるだけだが」
「それにしては手堅いのが……」
レベッカは俺が受けた依頼の一覧を見て首を傾げていた。
このまま予定通りに依頼をこなしていけば、来月には青銅等級の実績条件は達成されるはずなので昇級の話も聞けるはずだ。
等級が上がれば受けられる依頼難度も上がり報酬も増える。
なので王都よりも物価の安い辺境での生活はより安定したものとなるはずだった。
問題はそっちよりも……今、俺の背中に熱視線を送ってる人物の扱いに関してだ。
『それよりも、アレをどうにかしてもらえないだろうか……四六時中監視されてて困ってるんだ。昨日なんて宿まで入ってきて隣の部屋に泊まったぞ』
俺が達成した依頼の一覧表を見て首を傾げているレベッカに、視線の主をどうにかしてくれるように声を潜めて頼んでみた。
『あー、無理ですねー。ノエリアお嬢様は一度も魔力合わせで負けたことがなかった人ですし。それに魔法に関しては誰よりも上手に扱えると言い切った方ですから。きっと、自分以上の魔力を持つフリック様のことが気になってしょうがないんじゃないですかね。実害はないですし、辺境伯様からギルドマスターに『娘の行動には構わないでくれ』と通達が出てますので対処はいたしかねますよ』
『だけど、こうも四六時中見られてたら気になってしょうがない』
俺へ熱視線を送るノエリアの方へチラリと顔を向けると、スッと柱の陰に隠れてしまう。
そして、また俺の背中に熱視線が突き刺さるのであった。
魔力合わせの翌日からノエリアの俺に対する監視が始まっていた。
最初は冒険者ギルドの待合室や受付でジッと見つめられ続けるだけだった。
それが、移動中や魔物討伐中などだんだんと監視される時間が増え、昨日は宿屋までついてきていたのだ。
魔力合わせの件で何か俺に言いたいのかとも思ったが、喋りかけようとすると逃げ出すし、今では視線を向けるだけで隠れてしまう。
俺にだけ、わがままな暴君だったアルフィーネとの生活で人一倍、視線や気配に敏感になってしまっていた。
そんな俺としては、四六時中監視されている気配がするのが気になってしょうがないのだ。
『そこをなんとか頼めないか? 俺が話しかけようとすると逃げ出すし、同じ女性のレベッカならやめてくれるように説得できるだろ?』
『無理ですー。フリック様がノエリア様の魔力量を上回ってる限り、飽きるまで監視されると思いますよ』
レベッカがニッコリと笑ってノエリアの説得を断ってきた。
困ったことがあったら相談してくださいって言ったから相談したのに……。
このままじゃ、アルフィーネと生活してた時と変わらないような緊張感の中で生活をしないといけないんだが。
再びノエリアの方へ顔を向けたが、やはり柱の陰に隠れて視線すら合わせようとしない。
「ふー、しょうがないな……。機会を見てやめて欲しいと伝えるとするか」
俺はため息を吐くと、ノエリアの説得をいっとき諦めることにした。
「その方がいいと思いますよ。さすがのノエリアお嬢様も何カ月も続けられるとは思いませんし。で、本日の依頼は決まりましたか?」
打つ手のないノエリアの対策は後回しにして、今日の食い扶持と実績を稼ぐべくレベッカが持ってきた依頼票から魔物討伐をいくつか見繕って手渡した。
「決まったよ。今日の依頼はコレとコレとコレで頼むね」
「承知しました。こちらが受諾証です。でも、やっぱり今日も手堅いし、冒険者ギルドの昇級査定が高い依頼を選ばれますね。もしかして、経験者です?」
レベッカの視線が俺を値踏みするものに変化していた。
王都の冒険者ギルドで白金等級だったとは言えない。
そんなことを言えば俺がフィーンであると身バレしかねないし、居場所を知ったアルフィーネが飛んでくる可能性も捨てきれないのだ。
俺が辺境で平穏な冒険者生活を送るには、一介の新米冒険者フリックを演じるしかないのである。
「そんなわけないだろ。じゃあ、行ってくる」
「あ! もう行かれるんですか? フリック様ご安全に!」
レベッカの追及を受ける前に、俺は窓口を退散して討伐対象の魔物がいるユグハノーツ郊外の森へ向かうことにした。
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