05:無限の魔術師ノエリア

 俺に声をかけてきたのは、美しい銀色セミロングの髪をなびかせ、冷たい印象を与えるアイスブルーの瞳を持つ色白な肌をした同年齢くらいの女性だった。



「ノエリアお嬢様!?」



 俺に声をかけてきた人物の顔を見てレベッカがびっくりしていた。



 ノエリアって、この水晶玉を割った人だったよな。


 こんなに若い人でしかも女性だったのか。


 えっと、徽章は……へー、白金等級か……冒険者ギルドも実力を認める魔術師ってことか。



 冒険者の格を示す白金等級の徽章は、彼女の控えめな胸元を隠すよう羽織られた毛皮の外套に着けられていた。


 等級が示すとおり、二つ名を持つ魔術師としてかなりの実績を上げている冒険者なのだろう。



「さきほどから拝見していましたが、どうやらものすごい魔力量をお持ちの様子。どうでしょうか、精密検査をするよりもわたくしと魔力合わせをしてみませんか?」



 彼女から感じる冷たい印象を強めているのは、アイスブルーの瞳もそうだが、それ以上に感情の抑揚がない声の方だった。


 容姿はアルフィーネと同じように非常に整っているが、喋り方がどこか人っぽくなかった。


 そんな彼女が俺に魔力合わせしないかと申し出てきていたのだ。



「はぁ? 魔力合わせってなんです?」


 

 アルフィーネが魔術師とパーティーを組むことを断固として拒否してきたため、魔法に関しての知識は全くと言っていいほどなかった。


 おかげで魔力合わせという行為が何をするのかが、さっぱりわからないのだ。



「お互いに手を合わせ、魔力を高め合いながら潜在魔力量などを調べ合う行為ですよ。魔術師同士なら日常的に行っていますので危なくもないですし、基本さきほどの水晶玉に触れるのと同じですから簡単です」



 ノエリアが淡々と魔力合わせについて説明をしてくれていた。


 要は水晶玉の代わりを、手を合わせる魔術師が務めることが、魔力合わせという行為らしい。



 そんなに簡単なら試してみてもいいかな。


 どう考えてもさっきの水晶玉は壊れてたみたいだし、この冒険者ギルドで一番だと思われる魔術師に自分の魔力量を測定してもらっておいて損はなさそうな気もする。



 俺がノエリアの提案に乗ろうかとした時、野次馬たちの声が聞こえてきた――



「お、おいっ! あの野郎にノエリア様が自ら魔力合わせを申し出たぞ!」


「まじかよ。でも、並みの魔術師くらいじゃ、魔力合わせに触れただけで体中から血を噴き出して絶命したとか言われるノエリア様だろ。あいつだって死んじまうだろ」


「きっとノエリア様は、自分と同じく水晶玉を割ったのが気に入らないんだろうぜ。こりゃあ、血が流れるのは確定だな」



 野次馬からは色々と物騒な話が聞こえてきていた。


 どうやら彼女と魔力合わせというのはやらない方がよい気がしてきた。



「ノエリアお嬢様、勝手な魔力合わせは御父上より禁止されておりますが」



 血相を変えたレベッカが、俺とノエリアの魔力合わせを止めていた。


 だが、ノエリアは我関せずといった感じで、勝手に俺の手を取って触れてきた。



「大丈夫、死なない程度にはしておきます。フリック様は魔法の発動が不得手のようですし、まずはわたくしが受け役で――」



 ノエリアが俺の手に触れると、見た目とは違い、彼女の手は非常に温かった。


 そして、温かさを感じる同時に自分の体から何かが吸い出される感覚がしていた。



 彼女との魔力合わせは死ぬとか、なんかとっても物騒なこと言われてたけど、みんな大げさに言ってたみたいだな。


 ちょっとだるさも感じるけど、アルフィーネにしごかれた剣の修行の方が何倍もしんどかった気がするんだが。



「あふぅ、なにこの量は……普通じゃない……嘘……まだ、尽きないの。そんな……このわたくしの魔力量を超えて……くるの」



 俺から魔力を吸い取っているらしいノエリアが、荒い呼吸を繰り返し、白い肌を赤く染めて悶えていた。


 そんなノエリアの様子を見ていた野次馬たちがざわざわし始める。



「普段全く表情を変えないノエリア様があんなに悶えてるぞ。あいつ、まじでやばいやつじゃね?」


「でも、あの『無限の魔術師』が吸い取り切れない魔力なんて……化け物クラスだぞ」


「何者だよ、あいつ……」



 なんか俺が悪いことしてるみたいな気がするんだが……。


 そもそも、勝手に魔力合わせ始められてるから止め方も知らないんだけどな。



「スト―ップ! ノエリアお嬢様、そこまでです。フリック様、すぐに手を離してください」



 ノエリアの様子を見たレベッカが、窓口を乗り越えて俺たちの間に入っていた。



「手を離せばいいの?」


「ええ、それで魔力合わせは中断されますから。早くしないと、このままだとノエリアお嬢様が死んでしまいますから!」


「だ、大丈夫。まだ、わたくしは……いけます……まだぁ、あふぁ……」



 悶えているノエリアの目から光が消えていくのを見て、レベッカが危ないと言った意味が分かり、俺はすぐに手を離した。


 手を離すとノエリアはそのままレベッカに倒れかかるように気絶していたのだ。



「フリック様……これは非常にマズいですよ。この方はこの辺境都市ユグハノーツを治める辺境伯を務めるエネストローサ家のご令嬢なのです。そのご令嬢をこのような目に遭わせたと知られたら……」


「えっと、俺は巻き込まれただけなんだが……こういう場合も俺のせいなの?」



 顔を紅潮させ気絶しているノエリアが、この街を治める貴族の令嬢だって知らなかったし。


 事故だよね、事故。



 貴族の令嬢であるノエリアが倒れたことで、関わり合いを避けようとする野次馬がすっと待合室の方へ消えていった。


 残されたのは俺とレベッカの二人だけであった。

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