82:真実の行方

「傷は深いけど、しばらく静養すれば完治できるはずだ。目の方はさすがに今の俺の腕じゃ治せる気がしないんでやってやれないが」


「いえ、死にかけてたのを助けて頂いただけでも感謝しております」



 包帯でぐるぐる巻きにされたマルコは、流した血が多かったことで青い顔をしたままだった。


 だが、回復魔法のおかけで痛みの方がかなり低減されているように見えた。



「いや感謝されることでもないから気にしないでくれ」


「いえ、この恩はいずれ返します。獣人は受けた恩を忘れるほどケダモノではありませんので。ただ、私の用事が済んでからになると思いますが……」



 淡々とした声で呟く片目だけになったマルコの眼の奥には、憎しみの炎が宿っているように見えた。



 何か鬼気迫るような感じがするが……。


 身体の状態から、無茶はしないと思いたい。



 マルコの発する不穏な気配の正体を探るため、色々と話を聞こうと思った。


 彼の話す内容次第で、こちらも早急に色々と対応しなければならないからだ。



「まぁ、落ち着いてくれ。その『用事』の件についても色々と聞きたいし、ちょっと食事をしながらでもいいんで話をさせてくれるか?」



 食事と聞いたマルコの腹が鳴るのが聞こえてきた。


 回復魔法は身体の持つ自然回復力を魔力で強引に引き上げる魔法のため、栄養の消費が多くなるので、今の彼はとても空腹を感じているはずだった。



「かたじけない……」



 マルコの顔から憎しみが消え、恥じ入るような表情が浮かびあがる。


 と同時にスザーナが準備をしておいた食事を持って部屋の中に入ってきて配膳をしていた。



「どうぞお召し上がりください。栄養の付くものを用意しておきました」



 部屋に満ちた食事の匂いで、俺の腹も鳴る。



 そういえば、俺もまだ昼飯を食ってなかったな。


 話を聞くついでに一緒に食べるか。



「スザーナ、俺の分もあるかい?」



 俺の腹の音を聞いていたのか、スザーナは少し笑いながらこちらを見て頷いていた。



「じゃあ、ちょっと取ってくる。マルコ殿と色々と話しをしながら食べることにするよ」


「すでにノエリア様が支度をしてますので、そろそろこちらに――」



 そうスザーナが言い終わらないうちに、俺の分の食事をノエリアが持ってきてくれていた。


 身体を休めたことで、昨日の青白い顔からは少し元気を取り戻したようである。



「そんなことしなくても大丈夫だって! 自分で取りに行こうとしてたし。まだ、疲れが抜けきってないだろ?」



 配膳しに来たノエリアの姿を見た俺は、すぐに立ち上がって彼女から食事の載った盆を受け取ろうとする。



「一晩休みましたので、もう大丈夫です。フリック様こそ、この一週間ずっと村々を回って情報を集めたり、村人たちの病気やケガを診てこられたのでお疲れではありませんか?」



 少し潤んだノエリアの目には『お給仕くらいさせてください』という意思が垣間見えた気がした。



「いや、俺は丈夫なのが取り柄だし。そんなには――」


「いえ、フリック様の顔にも疲労が見えます。大人しくノエリア様のお給仕を受けた方がよいかと」



 スザーナもノエリアの援護に回ったことで、これ以上抗弁は厳しいと判断し、俺は元の場所に座ると彼女の給仕を受けることにした。


 のどの渇きを潤すため、ノエリアが慎重に注いでくれた水を口に含む。


 その様子を見ていたマルコがぼそりと呟く。



「ノエリア殿は、フリック殿の嫁ですかな……?」


「ブフゥウー! ゲホッ! ゲホっ!」


「っ!?」



 マルコのあまりに唐突な呟きに、口に含んでいた水を噴き出していた。



「か、彼女は旅の仲間ですから。そ、それに辺境伯ロイド様の一人娘なんで、俺の嫁なんてことはないですから!」


「そ、そうでしたか! これは失礼いたしました。似合いの夫婦だなと思いましたので……これは、口を滑らせました」



 事実を知ったマルコが俺たちを見て慌てて謝罪をしていた。



 でも、俺たちってそういうふうに見えるのか……。



 チラリとノエリアの方を見ると、彼女も顔を真っ赤にしてお盆で顔の下半分を隠していた。



 そんなに照れられるとこっちも反応に困ってしまうんだが……。



「んんっ! 今はそんな話をしてる場合じゃないでしょ。鉱山の連中の話を聞きなさいよねー」



 外套の中に居たシンツィアが会話の止まった空間を再び動かそうと飛び出してきた。



「鳥が喋った!?」


「鳥とは失礼ねー。あたしの『本体』は美少女魔術師になる予定なのよ。それよりも、あんたが鉱山で働いてたってことは村の連中から確認済みなんだからね。大人しく怪我した理由を自供しないさい」



 マルコの頭のうえを飛び回ったシンツィアは、俺が慎重に聞き出そうとしていたことを直球で聞き出していた。



「フ、フリック殿。この鳥は――」


「え? ああ、その人は魔術師で事情があって鳥の姿をしてるんです。俺も本体は見たことないんで、美少女魔術師かどうかは分かりませんが」


「ちょっと、フリック! それって酷くない!」



 俺の頭に止まったシンツィアはくちばしで頭のてっぺんを突いてきていた。



「はいはい、シンツィア様はちょっと黙っててくださいね」


「はぅ、スザーナ! 放して! フリックにあたしが超美少女魔術師だって分からせないと――むぐぅ」



 スザーナに捕獲されたシンツィアは皮の袋の中にしまわれてしまった。


 その様子を見てポカンとしていたマルコに、俺は再度シンツィアと同じ質問を投げかけることにした。



「ちょっと、順番が変わったけど。さっきのシンツィア様が聞いた質問に答えてくれるとありがたい。場合によってはすぐにでも動かないとマズそうだし」


「フリック殿……」



 質問をぶつけられたマルコの顔には色々な逡巡が見て取れた。



 真実を言うと色々と困ったことが発生するということだろうか。


 彼が口をつぐんでしまうと動くに動けなくなりそうだが。



 マルコも俺の表情を見て困っているのを悟ったのか、やがて表情を引き締めるとこちらに深々と頭を下げてきた。



「今からは私が話すことは獣人全体を危機に陥れかねないことですが、命を救って頂いたフリック殿のことを信頼し、全てをお話させていただきます」



 深々と頭を下げたまま、マルコは自分が知っていることを全て話すと約束してくれていた。

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