sideアルフィーネ:前途多難な船出
新規の冒険者登録受付は……登録窓口なんて久しぶりだからなんか緊張するわね。
あった、あった。
「すみません。ボク、冒険者として登録したいんだけど……」
「新規登録の方ですね。すぐに書類を準備します」
受付の子はあたしより少し年齢が上の女性だったが、受付の業務に手慣れているようで、すぐに書類一式を出してくれた。
彼女の説明を受けながら出身地や名前、性別はすべて偽りのものを書いていく。
下っ端の駆け出し冒険者なんて使い捨てみたいなものだから、犯罪歴さえなかったらどんな偽名でも登録できちゃうのよね。
金等級以上になれば、冒険者ギルド側がしっかり管理するようになってたのは意外だったけど。
書類を受付嬢に提出し、犯罪歴の有無を確認された。
「問題なしです。アル様は無事、ユグハノーツの冒険者ギルドの鉄等級冒険者として登録されました。おめでとうございます。もし、なにかお困りのことがありましたら、私にでもすぐに言っていただければ対応いたしますので、お気軽にご相談ください」
受付の女性は王都の受付嬢と違い、とても愛想がよくハキハキと喋るため好感を持てた。
そんな彼女の差し出す鉄等級の徽章を受け取りながら、名札を確認するとレベッカと書いてある。
業務にも手慣れた感じを見せる人なので、メイラが言っていたように仲良くなって、このユグハノーツでフィーンの情報を集める手伝いをしてもらえないかと考えた。
「ありがとう。ボクもこの街は初めてだから、困ったらレベッカさんに相談させてもらいますね」
「ええ、遠慮なく相談してください。ユグハノーツの冒険者ギルドは冒険者の支援に積極的なので。あと、もしよろしければですが。今なら新規登録の方は無料で魔力測定をしているのでどうです?」
「え? 魔力測定……」
笑顔のレベッカがそう言って魔力を測定する水晶玉を差し出してきた。
あたしは魔法に興味を見せてたフィーンに対し、散々魔法は邪道だって言い続け魔力測定もさせなかった。
そうした理由は、もし彼に魔法の才能があって、自分に全くなかった時に孤児院時代から築いた関係が崩れるのではという浅はかで小狡い考えがあったからだ。
フィーンはあたしのことを子供時代から『なんでもできてすごい』ってずっと褒めてくれてたけど、彼にそう言ってもらえるように自分が仕向けてきただけ。
本当の自分は剣しか取り柄のない、馬鹿で浅はかな女でしかなかったと認めるしかない。
それを認めるためにも今までやってこなかった魔力測定をして、本当の自分に向き合う時が来たんだと思う。
レベッカに差し出された水晶玉を見て、緊張からか唾を飲み込む音が大きくなっていた。
「無料なら測定してみてもいいですか」
「ええ、はい! ありがとうございます。では、こちらに手を触れていただいてよろしいでしょうか?」
あたしは差し出された水晶玉に手を触れてみたが、水晶玉に変化はまったく見られなかった。
「残念ですが、アル様には魔法の素養はないみたいですね。でも、大丈夫です。魔法の素養を持つ人は二割ほどらしいので落ち込むことはないですよ。魔法がなくても剣がありますからね」
やっぱり、あたしには魔法の才能は全くなかった……。
剣しか取り柄のないわがままで自分勝手な馬鹿女。
それが本当のあたしだった。
自分が創り上げていた虚像が剥がれ落ち、本当の自分が見えてきたことで、今までの悪行を悔いる気持ちが強くなった。
フィーン……ごめん。
こんなわがままで自分勝手で剣しか取り柄のない馬鹿女のあたしが、勝手に恋人なんて言ってごめん。
もう、好きだとか戻ってきてなんて言える立場じゃないのも理解してる。
ただ、最後に一目会ってごめんの一言と、さよならを言わせて欲しい。
「アル様、どうかされましたか?」
フィーンのことを考えてぼーっとしていたあたしを、レベッカが気遣い声をかけてくれた。
「え? あ、いえ。ちょっと考えごとをしてただけ」
「そうですか、魔法の才能がなくて落ち込んでいらっしゃるのかと思いました」
「ボクは剣一筋だったんで、魔法の適性はないかなってずっと思ってたから、今ここで判明してよかった」
そうレベッカと話していると、背中に衝撃を感じた。
「おっと、すまねぇな」
振り返ると、中年の男性冒険者があたしの背中にぶつかってきたようだ。
それが、わざとらしく男の顔がニヤついていた。
「若い綺麗な顔をした坊ちゃんが剣術一筋だって、笑わせてくれるぜ。ここは辺境だぞ。坊ちゃんが持ってるような小剣で魔物が倒せるとでも思ってるのか? しかも、なんで二つも腰に差してる? まさか、二本とも使うのか? ありえねぇだろ」
銀等級の徽章を着けた男性冒険者はこちらに不躾な視線を浴びせてきていた。
王都の冒険者ギルドにもこういう手合いの男がいっぱいいたわね……。
久しぶりに新人イビリする冒険者に出会ったわ。
王都のそういった連中は全部あたしが剣で叩き伏せたから以後、目に見えて減ってたけど。さすがここは辺境ってことね。
「ボクの剣が使えるかどうか試してみます?」
あたしは男に対し、挑発するように鞘に入ったままの二振りの小剣を向けた。
王都ではこの方法で散々、新人イビリをする冒険者を叩き伏せたのだ。
その挑発に男の顔色がサッと変わるのが見えた。
どうやら新人のあたしに逆に煽られて怒ったようだ。
「最近は、フリックとか言うバケモノ級の新人魔剣士が幅を利かせてて、新人たちが生意気になってきてたし、ここらでベテランとしては秩序というのがどれだけ大事かってのを教えてやらねえとな。坊ちゃん、怪我しても泣くなよ。剣を向けたのはそっちだからな」
「ちょっとアル様!? 冒険者ギルド内で私闘は――」
「ごめんなさい。でも、新人イビリは許せないから」
「うるせぇ!! 新人の癖にイキってんじゃねえぞ」
男は自分の剣を引き抜くと、あたしに向かって斬りかかってきた。
腕は大したことないわね。所詮、なんとか銀等級をやってる冒険者でしかないってところかしら。
男が繰り出した迫力のない斬撃を軽くかわすと、がら空きの胴体に向け、鞘に入ったままの小剣二振りを使い連続の刺突を食らわせた。
「ぐへぇえ……なんだ、その剣術……卑怯だろ……」
男が剣を取り落とすと、そのまま気絶して床に倒れ伏した。
その様子を見ていた冒険者たちの間にざわめきが拡がっていく。
「今、倒れたのって銀等級でそこそこ実績を上げてたやつだろ。そんなやつを軽くあしらったようにしか見えないんだが」
「お、おい、あいつの剣見えたか?」
「見えるわけないだろう。その前の予備動作すら見えんかったわ!」
「また、やべー新人かよっ! フリックといい、あの綺麗な顔の小僧といい、どうなってるんだよ!このユグハノーツの冒険者ギルドは!!」
あたしの剣術を見た冒険者たちがザっと一歩下がっていった。
だが、同時にギルド内の冒険者の視線はあたしに集中していた。
「こらー、アル。喧嘩しちゃダメだってお姉ちゃんがずっと言ってたでしょ! すみません、うちの弟ってこういう綺麗な顔立ちでしょ。色々と言い寄る変な人も多くって過剰に反応しちゃうんです。ほら、アルも謝って」
待合室にいたメイラが、冒険者たちの間に入って謝罪をしていた。
チラリとこちらを向いた彼女の顔に『目立つことをして追手にバレるでしょ』と言いたげな表情が浮かんでいる。
「あ、はい。ごめんなさい。すみません」
「い、いえ。うちの馬鹿がご迷惑をかけました」
気絶した男の連れらしい女性冒険者に彼を引き渡した。
けど、そんなあたしの肩をレベッカが軽く叩いてくる。
「アル様、ちょっとあちらでお話きかせてもらいますよ。お姉様も一緒に」
「「え?」」
レベッカが窓口の奥にある事務所の方を指し示していた。
その後、レベッカに散々お説教をされたが剣の腕を見込まれ、彼女のとりなしもありギルドマスターから無償依頼を受注することで許してもらえることになった。
こうして、あたしのユグハノーツでのフィーンの捜索は前途多難な船出を迎えることになった。
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