sideアルフィーネ 新出発
※アルフィーネ視点
あたしは焦る気持ちで、冒険者ギルドの開放されたままの扉をくぐり抜ける。
ハートフォード王国の南部辺境都市ユグハノーツの冒険者ギルド……。ここがフィーンの最後の足跡である自分の徽章を捨てた場所か。
まだ、この中にフィーンが居てくれるといいんだけど……って、そんな都合よくいるわけないわよね。
冒険者ギルドに入ると、すぐに軽い食事をとっている冒険者たちがたくさんいる待合室にあたしは目を向けた。
辺境とはいえ、やはり朝は冒険者が多いわね……。あ! あの黒髪……体格も……似てる!
待合室の奥に、この国では珍しい黒髪の若そうな冒険者の後ろ姿が見えたら、心臓が急に早鐘を打ち始めた。
「フィ――」
「はい、ダメー。アル、冒険者ギルドが初めてだからって、騒いじゃダメだって言ってあったでしょ」
彼の名を呼ぼうとしたあたしの口をメイラの手が塞いでいた。
そのまま、彼女はあたしの耳元で囁く。
『アル、ここで彼の名を呼ぶとジャイルの追手がいるかもしれないわ。王都を逃げ出した貴方の行き先はここしかないもの』
そう言えばこのユグハノーツに来る途中で、近衛騎士団にいた騎士が冒険者たちとたむろってたんだ。
そのために変装したのを忘れてたわ。
『ごめん、忘れてた。でも、ちょっと顔の確認だけしてきていい?』
『ちらりとだけね。もし、フィーン君だったとしても、急に声をかけちゃダメよ』
あたしは黙ってうなづくと、彼女と一緒にその黒髪の若い冒険者の顔が見える席に着いた。
そして、顔をチラリと確認する。
ぜ、全然違った! 髪型くらいは変えてると思うけど、見慣れたフィーンの優し気な面影とは似ても似つかぬ強面だし……。
「どう? 似てる?」
あたしはメイラの問いかけに首を振った。
高鳴っていた胸の鼓動は、鳴りを潜め、緊張から解放されたおかげでめまいを感じていた。
人違い……そう簡単に見つかるとは思ってなかったけど……もしかして、この街にはもういないのかな……。
名前も呼べないし……この自分の容姿じゃ、仮にフィーンがいてもあたしって気付けないんじゃないかしら……。
勝手に一人で盛り上がって期待を裏切られたことで、気分が一気に落ち込んでいく。
そんな、あたしの頭をメイラが優しく撫でてくれた。
「まぁ、探し物はそう簡単には見つからないのよ。探し物と遺跡調査と同じものだから、ここはお姉ちゃんに任せておきなさい。まずは、情報集めからってね。どうせ、しばらくはこのユグハノーツに滞在するし、アルも冒険者登録しておいて損はないわよ。意外と受付嬢は仲良くなると口が軽くなるからね」
「あ、あた……いや、ボクが登録するの? いや、それはマズいんじゃ……」
王都では魔物討伐実績を重ね、白金等級まで昇り詰め、魔竜を狩って剣聖にまでなったあたしが駆け出しの冒険者……。
一瞬、冒険者になりたての時、わずかな稼ぎでは王都の宿に泊まれず、外でひもじい思いをしてフィーンと野宿した不快な記憶が脳裏をよぎった。
って、違う、違う。そうじゃない。
あたしはフィーンが教えようとしてくれていた、自分のこういう傲慢さを名前と一緒に捨てたはず。
貴族の地位も、剣聖の称号も名も、実績も全部捨ててゼロから出直す意味も含めて、新しく駆け出し冒険者のアルとして登録しよう。
彼に再び会えた時、素直にごめんって言える自分になるために。
そんなあたしの顔をメイラがキラキラした目で見ていることに気付いた。
「はぁあああ、アルちゃんカワイイ。しゅきいいい」
「『メイラ姉さん』、人前だから自重して」
容姿を変え男の子のアルとなったあたしは、メイラの腹違いの弟という立場だったと思い出し、不穏な気配を見せる彼女に釘を刺した。
「え? だったら、人前じゃなかったら――」
あたしの頭を撫でていた手を電光石火の早業で動かし、メイラはいつの間にかこちらの手をしっかりと握ってきていた。
「違うからっ!」
自由なままの方の手で、顔を近づけてきたメイラの額に軽く手刀を打つ。
「あぅ! だって、アルが人前だから自重してって言うからー」
「ごめん、ボクが言葉足らずだった。人前『でも』自重してね。メイラ姉さん」
「えー、アルのケチー。ああ、美しすぎる弟は、この弟大好きな姉の気持ちを理解してくれない……。いまので、今日のお姉ちゃんのやる気はゼロになったわ」
額を手で押さえたまま、テーブルに突っ伏し、メイラはふてくされてしまっていた。
ここで彼女にへそを曲げられては少々困ったことになるので、何も持たない自分が支払える最大限の報酬を提示することにした。
「メイラ姉さん、機嫌を直してよ。そうだ、ボクが冒険者登録を終わったら、ここで一緒にご飯食べよ」
あたしからの提案にメイラの頭がシュッと起き上がる。
反応はやっ! ふてくされてたんじゃないの?
「アルがアーンしてくれる?」
「え?」
「アーンして欲しい」
メイラの顔に『アーンしてくれないなら機嫌は直さない』という表情がありありと浮かんでいた。
好きな物を欲しくて駄々こねる子供かっ!
めんどくっさ……いや、でもこういうめんどくささをあたしもフィーンにしてたんだろうな。
ほんとマジでメイラといると、自分のフィーンに対する行いの酷さをすごく自覚できる気がする。
あたしももっと大人にならないとね。
メイラからのわがままな提案に、グッと言いたいことを飲み込んだうえで返答した。
「謹んでメイラ姉さんの申し出をお受けいたします」
その一言でメイラの顔を笑顔になる。
「いやー、言ってみるものねー。姉としての特権というやつかしらー」
言いたいことは色々とあるが、ここまでくる旅の中で彼女の人となりに触れていたので、不思議とストレスを感じた時に起きる爪を噛みたい衝動は起きなかった。
「ふぅ、メイラ姉さんにはかなわないな……」
「じゃあ、早いところ、アーンして欲しいから冒険者登録済ませてきてね」
「う、うん。じゃあ、行ってくるね」
ニコニコ顔で手を振るメイラに、あたしは再びふぅとため息を吐くと冒険者登録窓口に向かうことにした。
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