sideアルフィーネ:辺境伯ロイド
※アルフィーネ視点
「そなたたちのもたらした情報により、アビスフォールにあった施設の存在が確認できた。行動に問題はあったが情報をもたらした功績の方が大きいとわしは判断しておる」
鎧姿の精悍な顔つきをした壮年の男性が、椅子に腰を掛けながらそう口を開いていた。
声の主はこの地を治めるユグハノーツ辺境伯ロイドであった。
この人が英雄ロイドか……。
初めて会ったけど実戦経験豊富で隙のないベテラン剣士って感じね。
辺境伯になってなかったら、あたしの前に剣聖になってたかもしれない人か。
目の前のロイドは二〇年前の大襲来を終息させた人物で王都でも『英雄』と呼ばれ、ハートフォード王国でその名を知らぬ人はいない人物である。
あたしたちがギルドマスターのアーノルドに施設の存在を報告した三日後、その辺境伯ロイド自身が完全武装の騎士団を率いてアビスフォールに表れた。
ユグハノーツからの距離と道の整備加減から考えると、ほぼ強行軍できた計算になるわよね。
王都の貴族たちは、辺境伯ロイドのことを戦争狂だとか言っていたけど……。
緊急事態の時に役立ちそうにない近衛騎士団よりも頼りになりそうよね。
到着日数からして強行軍だった辺境伯の率いる騎士団だが、疲れた様子はみじんも感じさせず、今も捜索活動に加わっているのをここに来る前に見ていた。
あれが近衛騎士団だと、数日は使い物にならないわよね。
そもそもジャイルが最前線に出るやつとは思えないし。
「アルとメイラにはこちらを授ける。これはこたびの褒賞だ。受け取るがよい」
傍らに立つ騎士がロイドから革袋を受け取ると、あたしたちの前に差し出してきた。
「我が主は冒険者に対し、非常に理解のある方なので遠慮せずに受け取ればいい」
革袋を差し出してきた騎士はロイドの率いる騎士団で騎士隊長をしているマイスという人物だった。
冒険者たちからの噂では、彼はロイドともに突入部隊に参加していた凄腕の冒険者だったらしい。
そんな経歴を持つ人物であるから、もちろん隙などはなく、柔和そうな顔とは裏腹に緊張感を感じさせる気配を纏っていた。
横にいるメイラも、まさか自分たちがこの地の領主である辺境伯ロイドに呼ばれるとは思っていなかったようで、緊張からか、いつもとは違い下を向いて黙っていた。
黙っているのも相手に不快感を与えると思い、代わりにあたしが口を開くことにした。
「姉の行動を不問にして頂いておりますので、褒賞までは――」
「お主はアルと申したな。姉のメイラの行動は褒められたものではないが、それを上回る功績を出したとわしは判断しておる。褒賞の金はその功績の余禄であると思えばいい」
「は、はぁ、そういうものなのですか?」
「冒険者は色々と不安定な生活だから、金はいくらあっても困らんはずだ」
ロイドは引き締めていた視線を緩めると、マイスの持つ革袋を受け取るようにあたしに促してきた。
依頼料をケチってた王都の貴族たちとは違うってことね。
貴族たちの噂だと元冒険者だったとか言ってたから、その時の経験をもとにしているのかも。
「分かりました。では、このお金は受け取らせてもらいます」
「ああ、それでもう少しマシな剣を買え。アーノルドからの報告で聞いてるが――」
ロイドはあたしが革袋を受け取るのを確認すると、緩めていた視線をまた引き締めていた。
この気配……あたしの腕前を測ってるのかしら。
あそこから一気に来られると、かわすのはけっこうめんどくさいことになるわよね。
「かなりの剣の腕前らしいな」
「らしいですな。わたしもその話を聞いていて気になっていたところです」
マイスもあたしの腕前を測っているのかしら。
経験豊富なベテラン二人とか……本気で来られるとかなり厳しいかも。
二人から向けられた気配に額から出た汗の雫が、顎先にまで伝って落ちてきた。
「ボクの剣技は大襲来を駆け抜けられたお二人の足元にも及びません。過大なる評価だと思います」
「まぁ、その腕が本物かどうかはやってみれば分かるんだがな――」
そうロイドが呟いた瞬間、あたしに向けられていた二人の気配が圧倒的な圧力を持つ殺気に変わっていた。
やられる――!?
向けられた殺気に身体が勝手に反応し、その場から飛び退くと腰に差していた小剣を引き抜き構えていた。
「ア、ア、ア、アルゥウウ!! しまって!? 早くその剣しまって!? うちの弟が無礼を働きました。まだ、色々と世の中のことを知らない子なんで、何卒無礼をお許しください!」
急に剣を引き抜いたあたしの姿を見たメイラが、真っ青な顔でロイドたちに頭を下げて許しを乞いていた。
って!? う、動いてない!?
確かに相手が剣に手をかけた気がしたけど!? なんで動いてないの!?
「ほぅ、その動き。動物的勘というやつか。ますます、面白いやつだな。アーノルドによれば魔法の才能はないらしいが剣士としては極上の素質といったところだな」
「フリック殿に勝るとも劣らない人物かもしれませんな。彼もやたらと気配には敏感でしたしね」
ニヤニヤとした顔でこちらを見ていた二人の姿に、あたしは呆気に取られていた。
彼らはあたしを斬ろうと動いた『気』がしたが、実際には手は剣にも掛かっていなかったのだ。
「い、いったいどういうこと?」
「いや、アル殿は実にいい腕前だ。経験をもっと積めばやがては名を轟かせる剣士になると思われますぞ。姉上も頭を上げてくだされ。そう心配されなくてもこちらが仕掛けた悪戯ですからな。問題はありませんぞ」
床に頭を擦り付けて謝っていたメイラを、マイスが優しく立ち上がらせていた。
悪戯――!?
それじゃあ、さっきの殺気は見せかけの殺気!?
「アル、お主の名は覚えたぞ。今回の捜索がひと段落ついたら我が屋敷に招いてやろう」
ニンマリと笑みを浮かべた辺境伯ロイドの顔は、『英雄』というよりも『面白そうな物を見つけた時の子供』の顔をしているように見えた。
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