52:人馬一体



「クエエエッ!」



 角馬ホーンホースの傷を癒し、ノエリアたちのもとへ戻ろうとしていた俺たちのもとにディモルの鳴き声が聞こえてきた。


 見ると、さっき逃げ去ったはずの冒険者たちが、今度は羽根の生えた蛇と大きな口をした大蛇の群れを引き連れて戻ってきていた。



 あいつら、今度はなにをやらかしたんだよっ!


 街道に近い場所でそう何度も魔物の群れを引き当てるなんて、よっぽど日頃の行いが悪いやつらか!



 冒険者を襲っているのは、羽蛇ワイアームと呼ばれる羽をもった蛇のような魔物と、咆哮大蛇ローアドラゴンと呼ばれる大蛇が魔物化したものだった。



 羽蛇ワイアーム咆哮大蛇ローアドラゴンは集団で襲ってくる事が多い。


 羽蛇ワイアームが素早い動きで空中を飛び回り、その牙に噛まれると痺れて動きが鈍くなる。


 そこを口に魔素マナを凝縮して光線状に射出する器官を兼ね備えた咆哮大蛇ローアドラゴンが狙い撃ちにしてくるのだ。



「面倒なことをまた持ってきたな……」



 ディモルが馬車に向かってきそうな冒険者を威嚇しているが、あのままだとスザーナのいる馬車に向けて咆哮大蛇ローアドラゴンの光線が飛んでくるかもしれないぞ。



「ノエリア、剣を! 俺は急いで戻る!」


「え? あ、はい! どうぞ」



 ノエリアから魔剣を受け取ると、俺は身体強化した脚力を使い、スザーナのいる馬車へ駆け出した。


 その最中、馬車に向かって全速で駆けている俺の背中を、誰かがグイッと持ち上げた。



 見ると、さっきの混沌馬ケイオスホースのリーダーが俺を咥えて背中に乗せていたのだ。



「乗っけてくれるのか?」


「ブフィフィーン」



 一声鳴くと、混沌馬ケイオスホースのリーダーは、身体強化した俺の脚力よりも速く草原を駆けていた。



 はぇええ! この速さ、空を飛ぶディモルとためを張るかもしれない。


 まるで風を切り裂いていくようだ。



 尋常でない速さで駆ける混沌馬ケイオスホースのリーダーの背に乗り、俺はいっきに冒険者たちの間をすり抜け、羽蛇ワイアーム咆哮大蛇ローアドラゴンの群れに突入していた。



「キシャアアア!」



 羽蛇ワイアーム咆哮大蛇ローアドラゴンたちは見慣れた魔物の反応を示すと、突入した俺に襲いかかってきた。



「待たせたな。出番だぞ!」


『は、はい!! お仕事ですね! 今度こそ血が――』



 俺は魔剣を引き抜くと、まずは空を飛んでいる羽蛇ワイアームの頭を一閃し斬り落とす。


 分断された頭と胴体は地面に落ちてもしばらくは動いていた。



『はぁ、因子あり! ウマー』


「喋ってる暇はないぞ。次」



 魔剣が因子を吸収していることに愉悦していたが、今はそれどころではない。


 襲いかかってくる羽蛇ワイアームを斬り伏せ、馬車を狙ってくるであろう咆哮大蛇ローアドラゴンを倒さねばならないのだ。



「ブフィフィーン」



 混沌馬ケイオスホースのリーダーも、自分に襲いかかってくる羽蛇ワイアームを噛み砕いたり、蹴り飛ばして倒していた。


 信じられないことに、俺が攻撃をしやすいように相手との位置取りを確かめながら、自分も攻撃しているのだ。



 やっぱこいつかなり高い知性を持ってるよな……。


 それにこいつ本当に混沌馬ケイオスホースか?


 普通、これだけ近かったらたてがみの匂いで、俺が混乱しててもおかしくないはずだが。



 俺を乗せて戦っている混沌馬ケイオスホースのリーダーに対し、さらに違和感を覚えていた。



「おまえ、やっぱただの混沌馬ケイオスホースじゃないだろ」


「ブフィフィーン」



 話しかけた俺に『戦闘中によそ見をするな』と、言わんばかりのいななきを返してくる。


 俺はそのいななきで再度集中し、飛んできた羽蛇ワイアームを真っ二つに斬り飛ばした。



「そんなことは言われなくても分かってる」


『マスター、さっきから馬と喋ってます? ディモルちゃんから浮気ですか?』


「ち、違うぞ。そういうわけじゃない! おしゃべりはなしだ! 数が多いから魔法も解禁するぞ!」


『ああ、もっと因子がぁー』


「熱く燃えたる一群の矢となりて我が敵を狩りつくせ。火矢の弾幕ファイアアローバラッジ



 俺の詠唱が終わると、魔剣の魔石から大量の火矢が撃ち出され、飛んでいた羽蛇ワイアームたちに次々に命中していく。


 すぐに群れていた羽蛇ワイアームたちは火矢によって駆逐されていた。



「ふぅ、これで――」



 安心したところで、急に混沌馬ケイオスホースのリーダーが駆ける。


 あまりに急な動きでバランスを崩しかけるが、その時さっきまで俺がいた場所を咆哮大蛇ローアドラゴンの光線が撃ち抜いていた。



「ブフィフィーン」


「すまん、助かった」



 混沌馬ケイオスホースのリーダーはそのまま咆哮大蛇ローアドラゴンの方へ駆けていく。


 何度か咆哮大蛇ローアドラゴンが、その大きな口から光線を放つがすべて回避をしてくれていた。



 そして、咆哮大蛇ローアドラゴンまで近づくと、その大きな口を蹄で蹴り飛ばしていく。



「キシャアアアっ!!」



 顔に大きな蹄の痕を残した咆哮大蛇ローアドラゴンが、ふたたび口に魔素マナを集め始めていた。



「そうはさせるか!」



 俺は混沌馬ケイオスホースのリーダーから飛び降りると、咆哮大蛇ローアドラゴンの顔に魔剣を突き立てた。


 魔剣は咆哮大蛇ローアドラゴンの奥深くまで突き刺さり、魔物の因子を吸収していた。



『げふー。満足です。これでまた勉強がはかどります!』



 魔剣は魔石を光らせ、満足気な声をさせていた。



「満足したか。じゃあ、手入れはなしでいいな」


『っ!? それは別腹です!! マスターのお手入れと因子吸収は違いますからっ!!』



 手入れをしないでいいかと言うと、魔剣が慌てていた。


 なんだかんだで手入れを怠ると拗ねるので、あとできちんと手入れはするつもりだ。



「嘘だよ。あとでしっかりと魔物の血は落としておいてやる」


『やったー! お手入れー!!』



 そうやって、魔剣と喋っていると俺の前に混沌馬ケイオスホースのリーダーが立った。



「ブフィフィーン」


「おまえにも助けてもらったな。というか、絶対におまえって混沌馬ケイオスホースじゃないだろ。身体のデカさと混沌馬ケイオスホースに似てる黒い馬体で騙されてたけど魔物化してない軍馬だな」



 俺の問いかけに混沌馬ケイオスホースのリーダーはそっぽを向く。


 それに関しては答えたくないようだ。



「そうか、答えたくないなら仕方ない。だが、礼だけは言わせてもらうよ。ありがとな」


「ブフィフィーン」



 混沌馬ケイオスホースのリーダーはそうしていななくと、群れの方へ駆け戻り、そのまま草原の彼方に消えていった。

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