84:ある獣人の告白 後編
「フリック様――」
俺の方を振り向いたノエリアも、マルコの話した情報によって同じ考えに至ったようだ。
「ああ、一番想像したくなかった事態だが。ジャイルが鉱山の連中を動かして何か良からぬ企みをしてるようだね」
「近衛騎士団長という重責ある立場に居る方がそのようなことを……」
「ついでに申し上げると、鉱山からそのアビスフォールの地下施設に人が送られるようになったのも、インバハネスの領主にジャイル様がなられてからでした。他にも駐屯地から王国軍を引き上げさせたり、自警団の連中にインバハネスの王国からの独立を確約して取り込んだというのも、ジャイル様に近しい者が全てを取り仕切り、成立させたとも聞いております」
マルコの証言で、繋がりそうで繋がらなかった線がドンドンと繋がっていく。
ジャイルは俺とアルフィーネが討伐した魔竜ゲイブリグスの角を王国に献上し、その褒賞として手に入れたインバハネスの地で、現地人である獣人たちも抱き込み、王国への反旗を翻す準備を粛々と進めていたようだ。
「あの貴族のボンボンがそんな大それたことを……」
数度会った印象では、大貴族の師弟の悪いところを凝縮しているような男ではあったが、叛乱を企む程肝の据わった男とは未だに思えない自分がいた。
「もしくはジャイル殿は手足で、本命は父親の方かもしれませんよ。宰相ボリス殿が黒幕ということも」
話を聞いていたスザーナから、ジャイルの父親の名前が出てきた。
ボリスは王国の宰相として、大襲来後の大変な時期を切り盛りしてきた王の片腕とも言える男だった。
「宰相か……貴族のことに詳しくない俺でも彼の噂は色々と聞いたことがある」
政敵だった貴族の暗殺だとか、多額の賄賂を商家から受け取って便宜を図っているだとか、最近では王位の継承にも口を挟んでいると聞いたことがあった。
やり手の宰相ではあるけど、国民からも貴族からも嫌われているというのが、俺の中の宰相ボリスという男の評価であった。
「大襲来の対策担当官として、当時中堅の宮廷貴族だった彼がフレデリック王に功績を認められ、襲来後一気に宰相まで引き立てられたとは、わたくしも父より聞いておりますが」
「そうです。でも、その宰相ボリス殿は強引ともいえる手法で大襲来で傷ついた王国を再建していきました。なので色々と後ろ暗い噂は常に付きまとう人物ではあります」
「父親からの指示という線はあるかもしれないな……。そうなると、ラドクリフ家自体が王国に反旗を翻す準備をしているということになるが……」
「あり得なくはないかと。フレデリック王も高齢ですので、次代の王から嫌われれば没落は必定ですからね。最近では必死に王位継承の件に口を挟んでいるようだと聞いておりますが、全ての継承者から蛇蝎の如く嫌われておりますので焦っているのかもしれません」
ならばいっそ叛乱を――ってことか。
しかも王国外の勢力と手を組み、王国に反抗心の強い獣人たちまでたぶらかした上、新型のアビスウォーカーという怪物まで使うという念の入れよう。
俺はマルコの告白によって浮き彫りになってきた事実の一端に触れ、背筋から冷たい汗が流れ落ちていた。
「黒幕が誰なのかは私には分かりかねますが、ジャイル様までは間違いなく繋がっております。鉱山に居る者たちを捕えれば、きっと証拠は出るかと」
「そうか、話してくれてありがとう。マルコ殿の話を聞いておおよその背景が分かった。これは俺たちだけの手には余りそうだから、辺境伯様から派遣されてくる者と情報交換し、慎重に検討しようと思うがいいだろうか?」
「ええ、そうしてくれた方がよろしいかと。連れていかれた獣人たちは私以外全員殺されておりますので……」
無残に殺された仲間たちのことを思い出しているのか、マルコの片目に再び憎しみの炎が宿るのが見えた。
その目に宿る憎しみが生への執念となり、あのような瀕死の状態でこの地まで戻って来れた気がしていた。
「この件は俺たちに任せてくれ。マルコ殿はまだ傷も癒えていないから、静養に努めてくれるとありがたい」
「承知しました。では、せっかく用意して頂いた食事を摂ることにいたします」
その後、マルコとともに食事を摂り、村人が新たに用意してくれた家に彼を送り届けると、一週間の静養を言い渡して別れた。
そしてノエリアとスザーナをあらためて呼び、今後について話し合ったが、相手が大貴族だと判明した以上、自分達だけでは手に負えないと判断し、辺境伯の力を借りる為にも、派遣されてくる者を待つことにしようという意見で一致した。
だが、翌日俺がマルコのところへ傷の具合を診に行くと、彼の姿はなく、一通の書き置きだけがテーブルの上に置かれていた。
その手紙には『フリック殿に助けてもらった命を無駄にすることになるかもしれませんが、一緒にいた仲間と娘マリベルの仇だけは取らせてください』とだけ書かれていた。
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