23:変人鍛冶師ガウェイン襲来


 ノエリアの道案内のおかげで、無駄に翼竜と戦うこともなくガウェインの工房に着いた。


 だだっ広い草原にあるポツンと建った一軒家だ。


 鍛冶用の炉と資材置き場のような木造の小屋、それに寝起きしていると思われる同じく木造の母屋があった。



 翼竜がエサを探してる場所に建ってるにしては、えらく頼りない建物だけど……。


 なんでこんな場所で鍛冶作業してるんだろうか。


 変人だって話だけど……話が通じる人かな。



 危険地帯で掘っ立て小屋のような作業場兼家を建て暮らす、凄腕鍛冶師に一抹の不安を覚えた。



「フリック様、ガウェイン様はちょっと……変わっておられますが、わたくしの魔法の師匠の一人でもありますし、多分害はないと思いますのでご安心を」



 抑揚のないノエリアの言葉が一層不安を掻き立てる。


 それともっと不安になっている理由は、ノエリアの目が泳いでることだ。



 本当に大丈夫だろうか……ああ、いい剣は欲しいけど不安だ。



「ああ、問題なく剣の製作を依頼できることを期待している」


「では、少し準備しますのでお待ちください。見えざる空気よ。堅き障壁となって周囲に発現せよ。空気壁ウインドバリア



 ノエリアが矢や飛来物を避ける空気壁ウインドバリアを身にまとっていた。



 まさか、いきなり矢とか放ってくる危ない人とかか……。


 いくら変人と言われるとはいえ、そんなことをしてくるわけが……。



 俺は思わず自分の剣に手をかけ、ノエリアの前に出た。



「フリック様、ご安心ください。これは、自己防衛のためです。相手に害意はないのは知っておりますので」


「そうか……俺はてっきり矢でも撃ってくるのか思ったぞ」


「矢の方がマシかもしれませんね。ああ、でも本当に害意はないですから。では、行きます」



 よく分からないことを言うノエリアが玄関のドアをノックした。


 ガバッと勢いよくドアが引かれると、中から巨大な人影が素早く飛び出してきた。



 はやいっ! なんだ、この動きっ!



 その人影の動きは常人の何倍も速く、アルフィーネの剣先を見失わない俺の動体視力でも捉え切れなかった。



「ノ~エ~リ~ア~、よう来たなぁ! むぅ、なんだこの障壁はっ! わたしの大事なノエリアと触れ合えぬではないか!」



 ドアから飛び出してきたのは、丸坊主の筋骨逞しい体をした壮年の男だった。


 男はノエリアを覆っていた空気壁ウインドバリアに阻まれ、近寄れずにもがいていた。



 この人が凄腕鍛冶師のガウェインなのか!?



 ちらりとノエリアを見て、目の前の男が目的の人物か確かめた。


 ノエリアが俺の視線の意図を察し、コクンと頷いていた。



「ガウェイン師匠、ご無沙汰しております。わたくしももはや成人した身ですので、過度な触れ合いはご遠慮いただけるとありがたいです」


「久し振りに顔を出したと思ったら、師匠に対しつれないことを言う弟子だのぅ。ちょっとくらい触れ合っても減りはせんだろ」


「いえ、減ります。主にわたくしの精神力が減るのでご遠慮ください」



 ノエリアは魔法の師匠にあたるガウェインに手厳しいようだ。



 色々な魔法を習うため、ノエリアが弟子入りした魔術師は多いと聞いていた。


 ガウェインもその魔術師の一人らしい。



 見た目はいかつい丸坊主のおじさんで、肉体労働を主とする鍛冶師と言われれば納得の姿だが、魔術師と言われると違和感をいだく姿だった。



「あの……鍛冶師のガウェイン様ですよね?」



 いちおう、最終確認のため空気壁ウインドバリアに阻まれもがく男に確認をした。



「なんじゃい、小僧? わたしは確かに鍛冶師ガウェインだぞ」



 俺の声に気付いたガウェインの値踏みするような視線がこちらに注がれた。



「ああ、小僧が……あの剣術馬鹿のロイドが気に入ったとかいう……フリックか?」


「ええ、そうです。剣の製作を依頼したくて参りました。お引き受けいただけますでしょうか?」



 ガウェインからの値踏みに似た視線は未だにおさまらず、俺はどこか居心地の悪い気分に陥っていた。



「フリック、ノエリアに空気壁ウインドバリアを解かせて、わたしとの触れ合いを受け入れさせたらタダで剣を打ってやる。どうだ、いい条件だろ。わたしの打つ剣は一本一〇〇万オンス以上はする業物ばかりだ」



 値踏みを続けていたガウェインが、剣の製作を受ける条件を俺に提示してきた。



 質がとんでもなく良い剣が打てるのは、ロイドの剣を見れば分かる。


 だが、この条件を飲めば嫌がって空気壁ウインドバリアまで張ってるノエリアに苦痛を強いるので、絶対に受け入れられない条件だった。



「ノエリア、帰ろうか。剣はユグハノーツの鍛冶師に打ってもらうよ」



 帰ると聞いてノエリアがびっくりした顔をしていた。

 


「え? 帰ってしまうのですか? わたくしが我慢すればタダで剣を打っていただけるのに……」


「人を犠牲にしてまで良い剣を手に入れたいとは思わないさ。辺境伯様に怒られるかもしれないけど、街にもマシな剣はいくつかあったしそれでいいや」


「本当にいいのか? わたしの剣は辺境一帯だけでなく王国でも指折りの質だぞ。剣士として使ってみたくないのか?」


「はい、俺はさっきも言いましたけど、人を犠牲にする気はないです。ご依頼の件は忘れて頂いて結構ですので。さぁ、ノエリア帰ろうか」



 俺が立ち去ろうと振り返ると、背後でガウェインが大声で笑っていた。


 声に釣られて振り返ると、ガウェインは俺の方を向いて笑顔で笑いながら頷いていた。



「ワハハっ! お前も変わった男だな。世の剣士たちが全てを投げ打ってでも手に入れようとするガウェインの剣を要らぬと言うか。アホだな、アホ。だが、わたしはアホと馬鹿が大好きだ。気に入ったフリックにはわたしとの触れ合いを許そう」


「何を言って――」


「フリック様、お逃げ下さい!」



 ノエリアから珍しく切羽詰まった声で逃げろと言われた。



 何がどうなって――!?



 状況が把握できないまま、俺の身体に何かがものすごい勢いで衝突してきた。


 衝突してきた物体はガウェインだった。



 そのまま、ものすごい勢いで身体を締め上げられる。


 脱出しようともがくが、ものすごい筋力で振りほどけないでいた。


 これでも人よりは筋力があると思っていたので、ふりほどけないことに衝撃を受けた。



「ガウェイン師匠、調子に乗り過ぎです。眠りを誘う雲となり、周囲に発現せよ。睡眠の雲スリープクラウド



 ノエリアの杖先から出た雲が俺とガウェインを包み込むと、急に睡魔が襲ってきて目を開けていられなくなった。

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