外伝 第十八話 鍛冶師ニコライ

 髭も髪もボサボサだし、明らかに浮浪者って言われる人だよね。


 こんな人が剣を打てる鍛冶師なわけが……。


 王都って詐欺師が多いって先輩冒険者や院長先生たちも言ってたし、きっとこの人もそういう人なんだろう。


 無視するのが一番。


 あたしは、酒臭い息で胡散臭い話を持ち込んできたおじさんに、返事を返さず無視をする。


「おーい、オレが胡散臭いと思ってるのか? こんななりをしてても、剣を打つ腕は王国一を自負してるんだぜ! 聞いてるのかよ!」


 おじさんは、こっちが無視をしているのが声が聞こえなかったと思ったらしく、さらに大きなあげて話しかけてくる。


「フィーン、行こう」


「え、う、うん。そうだね」


 関わり合いになると、面倒だと思い、フィーンの手を引いて、その場を立ち去ろうと歩き出す。


「待て、待て! お前ら、王国一の鍛冶師の剣を手に入れられる機会を棒に振るのかよ! 頼む! 酒代のツケがたまってて、支払えないとせっかく構えた店が取られちまうんだ!」


 おじさんは立ち去ろうとするあたしたちの前を素早い動きで遮ると、地面に頭を付けた。


 明らかに様子がおかしい……。自分で言うのもなんだけど、あたしたちは、どう見ても金持ちには見えない。


 そんなあたしたちに金をたかるような人の話は聞いちゃダメだ。


「フィーン、立ち止まらないで」


「う、うん」


「分かった! オレの腕を信用できてないんだろ! オレが腕のいい鍛冶師だって証拠を見せてやる! これだ! この剣は今まで一番の最高傑作なんだぞ!」


 地面に頭を付けていたおじさんが、腰に差していた剣をあたしたちの前に取り出すと、鞘から抜いて刀身を見せた。


 う、うっそでしょ! こんな胡散臭いおじさんが、こんなきれいな剣を打てるの⁉


 おじさんが見せた剣に興味を抱いたあたしは、立ち去ろうとしていた足を止めた。


「ちょ、ちょっと見せてもらっていいですか?」


「ああ、特別に触らせてやる。百万オンスはする逸品だ。傷はつけるなよ!」


 おじさんから剣を受け取ると、状態を詳しく確かめていく。


 ひずみなく、刃の部分も均一な厚みで整えられてる。


 柄も握りの部分も実用に耐えるしっかりとした作りしてる剣だ。


 百万オンスは言い過ぎだろうけど、そこらへんの中古の剣なんかよりは、断然にいいできの剣だよね。


 試しに何度か振ってみると、とてもしっくりとくる剣だった。


「いい剣……フィーンも振ってみていいよね。おじさん?」


「ああ、そっちの坊主も振ってみな。びっくりするほどの逸品だぜ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 あたしが剣を振っているところを羨ましそうに見ていたので、彼にもこの剣のよさを味わってもらうことにした。


 数度、振ってフィーンも剣の素性のよさに気付いたようで、驚いた顔をしている。


 誰がどう見ても、目の前の酒臭い息を吐く、ボサボサの浮浪者みたいな人が打った剣とは思えない出来だしね。


 フィーンが驚くのも分かる。


「どうだ? オレの腕は信用できたか?」


 おじさんは『ようやくオレを認めたか』とでも言いたげな顔をした。


 剣はたしかにいい出来だけど……。


 おじさんのことを信用するか、迷っているあたしに、フィーンが耳打ちしてくる。


『アルフィーネ、剣はいい出来だけど、あのおじさんが打った確証はないよ。盗品とかかもしれないし』


『たしかに。そういう可能性も捨てきれないか……』


 あの剣だけ見れば、自分たちの持ち金全部を吐き出してもいいかなと思うけど、おじさんは新たに打つ剣をツケの溜まった酒代の代わりにくれるって話だし。


 今見せた剣が、盗品とかで、実際はおじさんが鍛冶師であるとは限らないか。


「剣の価値だけは認める。けど、おじさんが鍛冶師だって証拠がないから!」


 いつもなら、大人との色々な交渉はフィーンがするんだけど、今回は剣に関する話になので、自分でしていく。


「クソガキがっ! オレの手を見ろ! 火傷とマメが潰れて分厚くなってるだろ! これが鍛冶師の手だ」


 おじさんは自分の手をこちらに見せた。


 言った通り、いたるとこに火傷のあとがあるし、手の皮も厚そうだけど……。


 そもそも、鍛冶師の人の手って、見たことないし。


 これが、その職業の人の手だって判断はできない。


「手だけじゃ分かんないし、鍛冶師なら自前の工房持ってるでしょ! そこ見せてよ!」


 工房が見たいと言うと、おじさんが顔色を変えた。


「ク、クソガキがぁ! 工房が見たいだとっ!」


「うん、そうしたら信用してあげる。剣を作ってもらうかどうか、それから決めるから! フィーン、それでいいよね?」


「うん、まぁ立て替える酒代の値段しだいだけど……。そんなに持ち合わせないし」


 フィーンも見せてもらった剣と同等のレベル剣が手に入るなら、金額しだいで支払うつもりはあるみたいだ。


 冒険者として生活をするうえで、命を預ける大事な武器だし、できればいいものを手に入れたい。


「ぐぬぬっ! やたらと歩く姿勢のいいガキどもだから、剣の腕を見込んで、借財を申し込んだのに、この仕打ち。鍛冶師ニコライ、この屈辱は忘れんぞ!」


 いつもなら、大人に対して身構えることが多く、ほとんど喋らないんだけど、このおじさんには、そういった気持ちが湧かない。


 どこか、自分と同じような匂いを感じるところもあるからかな。


 本当に鍛冶師なのかは胡散臭くはあるけど、剣に対してはものすごい熱意と敬意をもってる人な気がする。


 剣はとてもしっかりと手入れをされてたしね。剣を大事にしてる人に悪人はいないはず。


「おじさん、ニコライって言うのね。あたしはアルフィーネ。そっちは、相棒のフィーン。さぁ、すぐに工房に案内してよ」


「ニコライさん、アルフィーネが無茶なお願いをしてますが、こっちもできるだけ確証を得てから取引をしたいので……申し訳ありません」


「くぅ! お前らみたいなクソガキを工房に入れるのか……。全部、酒のせいだ。クソ、クソ」


「さぁ、さあニコライ。工房はどこ?」


「くそっ! 下町の大通りから一本入ったところだ! 案内してやるし、工房にも入れてやるが、何一つ触るなよ!」


「分かった。約束するわ。フィーンもいいよね?」


「うん、約束します。工房のものには一切触れません」


「よし! じゃあ、来やがれ!」


 あたしたちはまともに使える剣を手に入れるため、鍛冶師ニコライの工房に向かうことにした。


 なんか騙されてるような気がしないでもないけど、ニコライが詐欺師だったら、衛兵に突き出せばいいだけの話だよね。


 本当に鍛冶師だったら、金額が折り合えばあの出来の剣を作ってもらえるし。


 どっちに転んでもあたしたちには、問題ない……はず。

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