15:辺境伯ロイドと愛剣
探索二日目、俺たちは魔境の森へ入った。
人の手が入っていない原生林は木々が大きく育ち、昼間でも森の中は薄暗く岩場に生えた苔や軟らかく積もった腐葉土で足元に気を付けて移動しないと危ない場所も多々ある。
そんな森の中で唯一道と呼べるものは魔物たちが通ったであろう獣道しかなかった。
「二〇年か……わしも老いてきたな。この程度の道に苦戦するとは」
護衛対象である辺境伯ロイドが、この魔境の森の足元の悪さに苦戦しているようで、歩く速度が落ちてきていた。
騎士隊長であるマイスよりも歳上で、今年五〇歳となる辺境伯ロイドも身体を鍛えているとはいえ体力の低下を感じているようだ。
この速度だと日暮れまでに予定の場所までたどりつくのが怪しそうだな。
手伝いを申し出た方がいいだろうか……。
元冒険者だって話だし、安易に手伝いを申し出ると怒るかもしれないが……。
本来手伝いを申し出そうな護衛の騎士や学者たちも、食糧や荷物を背負ってて負担は大きいだろうし。
俺は案内役を務める騎士隊長マイスやノエリアとともに最前列を歩きながら、足の運びが怪しくなってきた辺境伯ロイドへの手助けをするべきか迷っていた。
迷った俺は娘であるノエリアに手助けをするべきか聞いてみた。
『ノエリア、辺境伯の手助けした方がいいか? 荷物の負担のない俺なら背負っても皆と同じ速度で歩けるが』
『無用です。父上は他人からの手助けを毛嫌いしますので、放っておいて問題ないですよ。それに実戦を離れたとはいえ元白金等級の冒険者ですので自分でなんとかされるでしょう』
『そうなのか……』
『そうです』
ノエリアは淡々と言葉を返してきた。
マイスから聞いてはいたが、父と娘の間は母親の件で色々と難しいことになっているようだ。
「小僧!!! わしの前でノエリアと――」
「父上、ここは魔物たちが密集している魔境の森ですよ。大声は出さないでください」
ノエリアがすぐに
「ちょっと遅かったかも、みんな何かくるぞ」
ロイドの声に反応したのか、前方にあった胸丈ほどの草むらがゆれて何かがこちらに近づいていた。
ガサガサッ――
「俺が前に出ます。マイス殿やノエリアは辺境伯様の護衛を」
「承知した」
「フリック様、魔法はなるべく低威力でお願いします。音で魔物がさらに寄ってきますから」
俺は声には出さす、手を上げて答えた。
あれくらいの声で反応するとなると、魔法は剣で倒せないと判断したやつだけにしておいた方がいいな。
依頼受ける前に、もうちょっといい剣にしとけばよかったかも。
俺は手にした安物の剣を見て、一抹の不安を感じていた。
なおも草むらの揺れは止まらずに俺たちの方へ近寄ってくる。
「ウガウゥウっ!!!」
草むらから飛び出したのは、大きな牙を剥き出しにして灰色の毛並みを持つ巨大なフォレストウルフだった。
俺の首元を狙ったきた牙の一撃をかわすと、あらためてフォレストウルフと対峙する。
で、でかい。今まで見たことないでかさのフォレストウルフだ。
さすが魔物でも強個体しか生き残れない魔境の森と言ったところか。
見ると、飛び出したフォレストウルフ以外にもまだ草むらが揺れていた。
群れか……厄介だが、魔物をさらに引き寄せる範囲魔法をぶっ放すわけにもいかないよな。
とりあえず、この前ノエリアに教えてもらった支援魔法だけでも発動させておくとしよう。
「不可視の盾となりて、周囲に顕現せよ。
発動した魔法は、護衛対象である辺境伯や荷物を持つ騎士、非戦闘員の学者たちとフォレストウルフの間に見えない障壁を発生させた。
「フリック殿、魔法の援護感謝する! 騎士たちはロイド様とノエリア様を囲め」
俺からの魔法の援護を受けたマイスがすぐに護衛対象である辺境伯の周囲を騎士たちで固めていた。
後ろはこれでよっぽどのことがない限り襲われないからよしっと。
あとは俺が剣でこいつらを片付ければ問題なく終了するはずだ。
手にした剣を握り直し、威嚇の唸り声をあげるフォレストウルフに向かって斬り込んでいく。
いち、に、さん、し……全部で七頭か。
数体、一回り小さい個体がいるが、子供といったところか。
悪いが餌になるのは勘弁して欲しいのでやらせてもらう。
障壁に向かって爪をたてていた一番小さい個体に狙いをつけると、一足飛びに間合いを詰め、首の下から上に向かって振り抜いた。
刃は綺麗にフォレストウルフの毛皮と肉と骨を断ち、頭は自重で胴体から転げ落ちていった。
「まず、一つ」
刀身についた血を振るい落とすと、家族を殺され敵意をむき出しにした別の個体が、俺を押し倒そうと飛びかかってきた。
即座に身をかわし、返す刀でフォレストウルフの腹を割く。
臓物をまき散らしてフォレストウルフは地面を転がっていった。
「二つ」
アルフィーネの刺突に比べれば、この程度の動きは止まって見える。
在来の魔物よりは体躯も大きく俊敏だけど、だからといって俺が脅威を感じるというほどの強さではなさそうだ。
辺境伯たちを襲うのを諦め、完全に俺だけに狙いを定めた体躯のデカい二頭のフォレストウルフが左右から同時に飛びかかってくる。
だが、右から飛びかかった方は
俺は背後に控えるノエリアに援護への感謝を示すため親指を立てる。
そして、そのままもう一頭の爪をかわし、がら空きだった胴体ごと真っ二つに斬り分けていた。
「三つ」
もう一度血ぶりをすると、
「四つ……まだやる気か?」
断ち切ったフォレストウルフの首を残る三頭の前にケリ出してやる。
しばらく威嚇の唸り声を上げていたが、こちらにかなわないとみて尻尾を丸めて草むらの奥へと消えていった。
ふぅ、無事終了っと。
さすがに骨ごと斬ってたから刃がボロボロだ。
一回研がないとマズいよな……やっぱ安物は安物だよな。
手にしている剣の刃は骨に当たった部分が何か所か欠けていた。
もともと切れ味もそうよくない剣だが、刃の耐久度もあまりないようだ。
「いやあ、見事な手並みですな。青銅等級とは思えない剣さばきを見せてもらい眼福ですぞ」
「いえ、剣をいたわってやれないのでまだまだです。このとおり、ボロボロにしてしまいました」
マイスに刃の欠けた自分の剣を見せる。
「こんななまくらな剣であの斬撃を……ますます青銅等級とは思えない腕ですな」
俺の剣の状態を見て、マイスが感心していた。
褒めてもらったけど、アルフィーネなら、こんななまくらな剣でも刃を欠けさせることなく退治してしまうんだよな。
俺はどうやっても剣で彼女の域には達せられそうにない。
魔法で剣自体を強化とかできたらいいんだが……ノエリアもそんな魔法は聞いたことがないって言ってたからなぁ。
戦闘を終え、マイスと剣の話していると背後から声をかけられた。
「小僧、わしの予備の剣だ。探索中はこれを使え。壊してもかまわん。剣士なら腕相応の剣くらいは借金してでも用意しろ」
声の主は辺境伯ロイドだった。
振り向いた俺に自らの剣を投げ渡してきた。
これって、ノエリアが俺に持ってきたコレクションの剣に似てるよな。
相当の業物だったはず……使って壊していいって言ったけど……こんなの弁償できないぞ。
「あのこんな高価な剣は弁償が……」
「壊していいというのは、弁償する必要はないということだ。ノエリアの件で思うところは色々とある。だが、わしは腕のいい冒険者、特に剣士には気前がいい男でありたいと思っておるのだ。無事、この調査が終わったらその剣はお前のものにしろ」
ロイドは不機嫌さを見せたままだが、剣を受け取れと言ってくれていた。
「滅多にコレクションの剣を与えないロイド様にしては思い切りましたね。これは『大襲来』をくぐり抜けた大事な剣でしょう」
ロイドが俺に投げ渡した剣を見たマイスは驚いた顔をしていた。
『大襲来』をくぐり抜けた剣!?
それって、その時使ってた愛剣ってことだよね!?
そんな大事な剣をもらうなんて……。
俺は手にしている剣の由来を知って、もらってはまずいものだと感じていた。
「そんな大事な剣なら――」
「使え。わしにはもうそんなに用はない剣だ。お前みたいな小僧っ子が使い込んでいけば、そいつはもっといい剣になれる素質をもっておる。宝物庫で眠らせるのは惜しいからお前に使わせるんだ」
ロイドは返すなと言わんばかりの態度だった。
「フリック様、父上は頑固なのでもらっておくことをお勧めします。それにその剣はご自分のお金で作る剣への繋ぎで使えばよろしいかと。不要になれば父上にわたくしから叩き返しますのでご安心を」
「ノエリア、お前わしの剣――」
反論しようとしたロイドをノエリアが即座に沈黙させていた。
「とりあえず予備の剣もないので、この調査の間はこの剣をお借りすることにします」
俺はそれだけ二人に告げると、ロイドの剣を腰ベルトに差した。
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