16:子竜と軽量化魔法で新たな発見をした


 調査も三日目に入り、魔物の森の最深部に近づいてきたこともあり、道はさらに険しくなってきていた。


 さらに魔物があちらこちらに姿を見せ始めてもいる。



 一人なら大規模魔法で一気に魔物を殲滅して進んだ方が楽だろうけど……。


 今回は護衛任務だし可能な限り、戦闘は避けて不測の事態を引き起こさないようにしないと。



 昨日の夜に調査隊に同行している魔物の生態を研究している学者さんから教えてもらったことだが。


 魔境の森に大量に自生している魔素木マナウッドによって、地中や大気中の魔素マナが蓄積され、とても濃度が高い魔素霧マナミストが発生するそうだ。


 その魔素霧マナミストは、在来の野生動物や知性の低い亜人などを大型化、狂暴化させ、魔物が生み出されるらしい。



 魔素霧マナミストはどこでも発生するものらしいが、とりわけ魔境の森のものは濃度が濃いため魔物の発生率が他の場所と段違いに高いそうだ。


 おかげで大量に生まれる魔物が強個体を養う豊富な餌となって、このように強個体の密集地になっても数が維持できていると言っていた。



 それにしても、数が多い……。


 感じる気配だけでも周囲に一〇体程度は徘徊してるようだ。



 道案内をしてくれているマイスも周囲を警戒しながら草深い獣道を進んでいた。


 毎年墓参りをしにきていた彼が言うには、いつもよりも魔物の密集度が高いとのことだ。



 いつもなら、目的地である『深淵の穴アビスフォール』の周辺にこんなにも魔物が密集していることはないらしい。


 なんで集まってきてるのかはマイスもよくは分からないと言っていた。



『二体ほど近づいてくるようですね。俺が先行して仕留めてきます』



 隣を歩く、マイスに小声で先行することを伝えた。


 大きな声をだせば、前日のように魔物たちを引き寄せかねない状況だった。



『承知、後ろはお任せください』



 マイスは護衛の騎士たちに向けて、身振り手振りで指示を送っていた。


 その様子を見た辺境伯ロイドもノエリアも身構える。



 俺はみんなが警戒態勢に入ったのを確認すると、胸元まで伸びた草をかき分け、気配のする方へ向かった。


 進んだ先にいたのは、ドラゴンの子供であるドラゴネットの二頭だった。



 まだ子供とはいえ最強生物のドラゴンであることには変わらず、牛ほどの体躯だが堅い鱗を持ち、鋭い牙や爪で捕食をしてくる。


 成長途中なので炎の息や飛翔がないことがせめてもの救いだった。



 二頭を騒がれずに処理しないといけないのか……。


 ドラゴネットとはいえ、咆哮されたら魔物がこっちに殺到するだろうな。



 餌を探してうろついてる様子のドラゴネットたちを見て、咆哮されずに倒す方法を考えていたら、ふと辺境伯とノエリアのやり取りを思い出していた。



 沈黙サイレンスは対象の音を周囲に伝えさせなくする魔法だったな。


 あれならドラゴネットの咆哮を封じられるかもしれない。


 それに沈黙サイレンスは対象を決めるだけで、威力を調整する必要もない支援魔法だし問題は起きないはず。



『指し示す者が発する音の波を不可視の泡で断ち切らん。沈黙サイレンス



 声を潜めて、沈黙サイレンスの魔法を発動させた。


 ドラゴネットの片方を差した指先から発生した、俺にしか見えない透明な気泡がドラゴネットを包んでいた。



 ノエリアは抵抗されたら、割れるって言ってたし、割れなかったから成功だな。


 それに自分が沈黙させられていると気づいてないようだ。


 このままもう一体も沈黙サイレンス同じように沈黙させよう。



 もう一体も沈黙サイレンスの魔法で同じように沈黙させると、ロイドから借りた剣を引き抜いた。



 軽さ、刀身のしなやかさ、切れ味、どれをとってもやはり一級品だよな……この剣。


 これなら、ドラゴンの鱗だって刃こぼれさせずに斬れるはず。



 あらためて剣を握ったことで、俺はロイドの剣のよさを実感していた。


 そして、その剣を手に俺はドラゴネットに戦いを挑んだ。



 結果は俺の完全勝利。


 俺の姿を見たドラゴネットは咆哮をしようとしたが、沈黙サイレンスによって音は伝わらず、顔面を真っ二つに断ち切られて二頭とも絶命していた。



「綺麗に顔面だけを斬ったな。鱗も綺麗なままだ。このまま鱗や翼膜を剥いで持ち帰れば、ドラゴネットとはいえけっこうな額になるぞ」



 周囲の安全を確認してから、追いついてきたロイドたちが頭を真っ二つにされたドラゴネットの切り口を検分していた。



「目的地である宿営地跡にはあと少し歩けば到着しますし、今宵は新鮮なドラゴネットの肉というのもありかもしれませんな」



 マイスも持っていく気満々の様子だが、ドラゴネット一頭でも大きな牛くらいの重さがある。


 さすがにこの人数で運ぶのには無理があるだろうと思った。


 

「見えざる手となりて、彼の者の重さを軽減せよ。軽量化ウェイトセービング。これでわたくし一人でも一頭は運べるはず。ドラゴネットの肉は好物なので是非持って行きましょう」



 ノエリアが俺のまだ見たことのない魔法を使っていた。


 どうやら物体の重さを軽量化する魔法らしい。



 小柄なノエリアが大きな牛ほどの大きさのドラゴネットを軽そうに引き摺っていた。



「ノエリア、俺がもう一頭にその魔法を使ってみていいか?」


「ええ、大丈夫ですよ。支援魔法ですしね。呪文と魔法の効果さえ想像できれば発動するはずですので、フリック様でも問題は発生しないかと」



 師匠のノエリアから許可が出たので、同じようにもう一頭のドラゴネットに軽量化ウェイトセービングを発動させた。


 問題なく魔法は発動し、ドラゴネットの重さは俺が使っていたなまくら剣一本分くらいまで変化していた。



 軽い! これだけ重量が減るなら、色々と詰め込んだ背嚢バッグにかければめちゃくちゃ楽なのでは?



「ノエリア、これって効果時間どれくらいあるのさ?」


「半日程度は持続するはずです。効果が薄れてくると徐々に重くなるので注意は必要ですが」


「なるほど、これって背嚢バッグとかにも発動させられる?」



 俺の質問にノエリアが顎に手を当てて考え込んでいた。



「そのような使い方はしたこともないですし、魔法の指南書にも書かれてませんでしたから……即答はしかねますが」


「やってみていい?」



 軽量化ウェイトセービング背嚢バッグに対して発動すれば、重い荷物を負担なく運べるようになって随分と楽になる気がしていた。



「承知しました。たしかめてみることも必要ですね。これで発動すれば魔法の指南書に注釈として書き加えられますし」



 ノエリアが護衛の騎士を一人呼ぶと、彼の背中の背嚢バッグを降ろさせた。


 手で持ち上げてみると、野営道具や食料、水などを入れた背嚢バッグはズシリと重くなっている。



「見えざる手となりて、彼の者の重さを軽減せよ。軽量化ウェイトセービング



 魔法は発動していた。


 そして、背嚢バッグを手に取ってみる。



 軽い、これは軽いぞ。


 中身が入ってるけど、重さは空荷の時みたいだ。



「発動してる。すごく軽くなったぞ」


「本当ですか? この軽量化ウェイトセービングは埋もれた魔法なのですよね。魔法を使える魔術師を探すのも苦労しましたし。これは注釈をつけるべき特記事項ですね」



 ノエリアも魔法が発動した背嚢バッグの軽さを確認して驚いていた。



 魔力の消費もそこまで多くないし、魔術師がこの魔法を覚えてパーティーの荷物持ちの負荷を減らせば、かなりの量を運搬できるようになるんじゃないだろうか。


 それにしても、魔法は便利だよな……。



 俺はノエリアから背嚢バッグを受け取ると持ち主の護衛騎士に返した。



「か、軽い。中身入ってますよね、これ?」


「入ってますよ。でも、軽くできました。時間経過とともに重さは戻ってくるみたいですが」



 背嚢バッグを背負い直した護衛騎士が、何度も肩ひもを引っ張って重さを確認しては驚いていた。



「魔法の効用の大発見もたいしたことですが、早いところ宿営地跡まで入らないと、血の匂いで他の魔物が寄ってきそうですぞ」



 周囲の警戒をしていたマイスから、そろそろ移動をした方がいいと忠告された。



 ドラゴネットの血は抜けきったみたいだし、早いところここから動かした方がいいかな。



 俺たちは急いで隊列を組みなおすと、戦利品のドラゴネット二頭を引きずりながら、今日の目的地である『深淵の穴アビスフォール』に近い宿営地跡を目指すことにした。

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