12:青銅等級への道

 ノエリアから魔法の指導を受けるようになって、二週間以上が経っていた。



「あ、フリックさん、ちーっす。今日はもう上がりですか?」


「あれ? 今日はノエリア様は一緒じゃないんです?」



 冒険者ギルドの中に入ると、俺がユグハノーツに来た頃に同じ鉄等級の冒険者になった年下の冒険者たちが声をかけてきた。


 駆け出し冒険者である彼らの姿を見ていると、アルフィーネと一緒に王都に出て冒険者になった時の自分が重なる。



 俺も五年前はあんな感じだったな……。


 約束の証として無理して新品の剣を買って金がなかったから、新品の防具を買えずに中古品屋を巡って、破れかけた革鎧とか着てたのを思い出す。



「ノエリアは用事があるって先に帰ったぞ」


「ええ!? ノエリア様がフリックさんにする魔法の講義を盗み聞きしようと思ってたのに」



 魔術師の女の子は、俺へ魔法の講義をするため、最近冒険者ギルドに顔をよく出すようになったノエリアの講義を楽しみにしていたらしい。



 最近、若い魔術師たちが冒険者ギルドの待合室にたむろってるのは、そういう理由があったのか。


 たしかにノエリアの講義は分かりやすく、魔法の効果を説明してくれており、発動の際に必要な想像力を補ってくれてるからな。



「なんか、大事な用事で呼ばれてるからって言ってたな。残念だが今日の講義はないぞ」


「ちぇー、楽しみに待ってたのに」



 魔術師の女の子は手にしていた飲み物を飲み干すと、食器を返しにいってしまった。



「それにしても、その背嚢バッグからはみ出してる量がパネェっすけど……フリックさん、マジでパネェ勢いで実績を上げてますよね」



 戦士である男の子の方が、俺の背中に背負っている本日の討伐品の多さに目を丸くしていた。



「なるべく早めに青銅等級になりたいから、依頼を詰め込んでるし、おかげで背中の背嚢バッグがとんでもない量になるのは仕方ない」



 今月中には青銅等級まで上げて、受けられる依頼を増やして実入りを確保したかった。


 魔法の師匠になったノエリアから援助の申し出もされている。


 だが、援助されてしまえばアルフィーネの元に居た時の俺と変わらないと思い、申し出は丁重にお断りしていた。



 そのため、装備もまだまだ買い揃えなければならない。


 それにアルフィーネとは別れたが、俺が冒険者になって叶えようとしていた夢の実現のため資金も少しずつ貯めていきたい。


 出直し再出発となって時間はかかるかもしれないが、地道に夢の実現に向かって進んで行こうと思う。



「マジっすか! この分だとほんとに一ヶ月で青銅等級になりそうっすよ。オレなんてまだ一日で一依頼をこなすので精いっぱいなのに。フリックさん、マジですげー」


「魔法が使えるようになったから、これだけこなせてるんだ。剣だけだったらこんなには無理だぞ」



 ノエリアから魔法を色々と教授してもらい、今の俺は色々な属性の攻撃魔法を使いこなせるようになってきている。


 おかげで対多数の戦闘もかなり負担が少なくこなせるようになり、予定以上の討伐実績をこなせていた。



「フリックさんは魔力がすごいってみんな言ってるけど、実は剣の腕も相当すごいっすよね。ちらりとフリックさんの剣技を見させてもらいましたけど素人レベルじゃなかったっすよ」


「剣は子供の時からずっと振ってきたしな。人並みの腕前はあるつもりだ」


「あれはぜってー人並って言うレベルじゃないっすよ」



 戦士をしている彼からすると、俺の剣技はすごいらしい。


 いちおう、剣聖の称号を与えられたアルフィーネの練習台を長く続けてきたことで、動体視力や防御に関してはある程度の自信を持っている。



 それに冒険者になる前から欠かさず行っていた、毎日の自己鍛錬は今も続けている。


 アルフィーネは剣の才能があったが、俺にはその剣の才能はなかったので、少しでも彼女に追いつこうと続けてきたのが習慣化していたのだ。



「鍛錬の賜物というしかないな。俺みたいな凡才でも鍛錬次第であれくらいの腕前には到達できるってことさ」


「た、鍛錬っすか。オレもフリックさんみたいになれるなら鍛錬に励みます。じゃあ、今から行ってきます!」



 若い戦士の男の子はそう言い残すと、自分の食器を返して冒険者ギルドの待合室から出ていった。


 その姿を見送っていると、窓口からレベッカに呼びかけられた。



「フリックさん、早く窓口にきてください。そこにいるとみんな遠慮してあとで窓口が混雑するんで」



 さっきの若い冒険者たちみたいに俺に気軽に話しかける者も増えたが、ベテランの連中は相変わらず俺に対してビビっているらしく遠巻きに様子を見ていた。


 おかげでレベッカの窓口までは、仕事を終えて戻ってきた冒険者たちが並んでいる列が割れて道ができている。



「すまん、すぐにそっちにいく」



 俺は割れた人波の間をすり抜け、背嚢バッグをカウンターに置くとレベッカの窓口に座った。



「相変わらず、俺はビビられてるらしいな。これは、あれか。大規模魔法を連発したせいか?」


「ですよ。膨大な魔力を誇る大魔術師ですからね。誰でも自分の命は惜しいってことですよ」


「俺は別に危険生物とかじゃないんだがな……。ほら、最近はちゃんと魔法も制御できるようになったし」


「ええ、ノエリアお嬢様からその辺のお話は聞いてますよ。なんでも、ジャイアントアントを多数の火の矢ファイアアローで一瞬で殲滅したとか、ジャイアントフロッグを退治するのに池の水全部凍らせたとか、ジャイアントビーを退治するのに巨大竜巻が起きたとかも聞いてますよ」


「あ、あれはちょっと試してみただけでちゃんと制御はしてるぞ」


「ですねー。ちゃんと制御できてるからみんなビビってるんですよ。魔力が多いだけでなく、珍しい魔法まで使えるとみなさんの認識が変わってるみたいです」



 レベッカは俺と雑談しつつ、カウンターに置いた背嚢バッグから、討伐依頼を達成した証である魔物戦利品を品定めしながら数量を数えていた。



「魔剣士フリックはヤベーから関わらない方がいいってのが、ベテラン以上の冒険者の見解らしいですよ。若い駆け出しの子たちには人気ですけど。それに冒険者ギルドとしては辺境伯様からのお達しもありますし、フリック様の行動には制限をかけませんけどね」



 俺ってヤベーやつ扱いだったのか……どおりでベテランっぽい冒険者たちは俺と目線を合わせないはずだ。


 魔法に関しては実戦に即した物ができないかと思って、俺なりに試行錯誤して‏いる最中なこともある。


 なので、たまにとんでもない魔法が組み上がることもあるのは事実なのだが。



「そ、そうなのか……今初めて知ったぞ。避けられてるとは思っていたが」


「まぁ、みなさんもフリック様の実力に一目置いておられるという話ですよ。冒険者は実力が全てですからね。よし、数量確認終わり。こちらはお預かりして換金査定に回しますから報酬は明日お支払いしますね」



 数量の確認を終えたレベッカが、受領証をこちらに差し出してニコリと笑っていた。



「どうした? そんなに俺がビビられてるのが面白い?」


「いえ、おめでとうございます。本来なら月末査定待ちですけど、ぶっちぎりの討伐実績をあげてるフリック様の青銅等級への昇級が本日の実績でほぼ確定しました。来月からは青銅等級の冒険者として受けられる依頼が増えますよ。良かったですね。何気にユグハノーツの冒険者ギルド最速の昇級者です」



 魔法が使えるようになり、予定を超える数の討伐依頼をこなしていたことで青銅等級への昇級が早まっていたようだ。



「おお、そうか。来月から青銅等級か。これで魔境の森にも入れるようになるってことだな」


「ですね。そこで、フリック様にはちょっとご依頼したいことがありまして――」



 レベッカが耳を貸すように手招きした。

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