13:『大襲来』発生の地へ行くことにした。

「実はですね。『大襲来』からもうすぐ二〇年が経つこともあり、魔境の森へ調査隊を送ることになりまして」



 レベッカから出た『大襲来』という言葉は、王国に住む者全てに恐怖を覚えさせる言葉であった。



 二〇年前、俺が生まれてすぐの年にそれは起こった。


 魔境の森で大繁殖した、魔物とも人間とも言えない深淵を歩く者アビスウォーカーの大群が王国全土を襲った未曽有の災害。


 死者三十万人、傷を負った者は数え切れず、破壊された都市五〇以上、それが『大襲来』がもたらした結果だった。




 辺境はもとより、俺たちが住んでいた村も深淵を歩く者アビスウォーカーによって多くの犠牲者が出て、俺やアルフィーネの両親も犠牲者の列に加わっていた。


 なので、俺たちは両親の顔を知らない。


 それに『大襲来』の最中、村で何が起きたのかは、生き残った大人たちから聞いたことくらいしか知らないのだ。



 両親を失った俺たちは、領主が村に作った同じ境遇の子供たちを集めた孤児院で貧しいながらも成人するまで暮らしていたのだ。


 その時の院長夫妻がすごくいい人たちで、言わば俺たちの両親であった。


 だから、俺とアルフィーネは冒険者として成功し莫大な富を得たら、尊敬する院長夫妻のように、孤児たちを自分の子として育てる孤児院を作ろうと約束していた。



 そうか……俺たちの、顔も知らない両親を奪った『大襲来』からもう二〇年か……月日が経つのは早い。



『それは…………深淵を歩く者アビスウォーカーが復活してないかの調査か?』



 声を潜めて聞いた俺に、レベッカは声を出さず頷いた。


 この国では大襲来以降、『深淵を歩く者アビスウォーカー』は禁忌として口にするのもはばかられる風潮がある。



 それは冒険者たちの中でも同じだった。


 大繁殖した『深淵を歩く者アビスウォーカー』から街や人々を守るため、王国軍や近衛騎士団だけでは手が足りず、多くの冒険者が防衛に動員され、そして散っていったからだ。


 未曽有の死者を出した『大襲来』は、王国の人材を払底させ、軟弱だと言われて久しい近衛騎士団を始め、冒険者の最高峰である白金等級ですら一〇代だった俺たちが昇級できるほど人が減っていた。



「それに、今回は辺境伯様も調査隊に参加されるため、その同行者として冒険者ギルドからは、フリック様を推薦しようという話が出てまして」



 レベッカが俺の様子をうかがうように上目遣いでこちらを見ている。



 辺境伯ってノエリアの父親で大貴族様だよな……。


そんなえらい人が参加する調査隊の護衛に俺なんかがなんで推薦されてるんだ?



「ん? 俺がその調査隊に加わるの? 昇格が決まったとはいえ青銅等級だが……」


「実は先方様からは、魔境の森の魔物をなるべく刺激しないよう人数を減らして小規模で調査を行いたいと言われておりまして」


「でも、そういう大貴族からの依頼は白金等級の冒険者が受けるだろ?」



 大貴族の護衛はたいへん実入りのいい仕事であり、かつ身元をしっかりと保証された者しか紹介されない仕事であった。


 そういった重要な依頼は、冒険者ギルドが全ての責任を負える人物だと認めた白金等級の冒険者が受けるのが常であったのだ。



「うちの冒険者ギルドで白金等級を持つ冒険者は、だいたいがソロ活動をしていない数十人規模の大規模パーティーを組んでる方なのです」



 たしかにレベッカが言ったとおり、このユグハノーツではソロ活動している冒険者はあまり居ないようだ。


 駆け出しも四~五人でパーティーを組んでいる者が多いし、ベテランたちも十人以上の規模のパーティーを組んで依頼を受けている者が多かった。


 王都もけしてソロ冒険者が多いわけではなかったが、ユグハノーツほどの人数でパーティーを組んでいるのは珍しかった。



「このユグハノーツは、多人数パーティーが多いとは思ってたが……」


「まぁ、『大襲来』の教訓ですしね。あの時、多くのソロ活動していたベテラン凄腕冒険者が適切な援護を得られずに亡くなられたと聞いてますし……だから、うちの冒険者ギルドはソロ活動をあまり推奨してなくて。フリック様にも誰からも声がかからなかったら、冒険者ギルド側からご紹介しようかと思ってたところです」



 それはそれで結構困ったことになるぞ。


ベテラン冒険者からは恐れられてるし、かといって新米冒険者たちと組んで食っていけるほどの稼ぎもないんだが。


 当面はソロ活動で実績を積みつつ、資金を貯めていきたい。



「そういうことか、でも俺はしばらくソロ活動に専念するよ」


「ですよね。そう言われると思い、ソロ活動している者の中でフリック様が剣の腕も魔法の腕もずば抜けてるので、今回のご推薦になりました。問題は身元の保証でしたが、それはノエリアお嬢様が身元引受人を買って出てくれたので問題なしです。どうです? フリック様、この依頼受けます? 調査日数予定日は七日、食事付き、日当一〇万オンスとなってます」



 レベッカが依頼票を俺の前にスッと差し出してきた。



 依頼主は大貴族であるユグハノーツ辺境伯で不払いの可能性はないし、日当一〇万オンスは非常に魅力的だが……。


 依頼内容は調査隊の護衛か……。


 辺境伯が率いる調査隊の人たちを守ればいいってことだよな。


 魔法が使えるようになったし、仮に『深淵を歩く者アビスウォーカー』に遭遇しても少人数の護衛なら達成はできそうな気はする。



「分かった。この依頼受けよう」


「いちおう確認しておきますが、これは護衛依頼なんで、魔物が襲ってきたからと言ってポンポンと大規模魔法をぶっ放して退治してはダメですよ。魔境の森でそんなことしたら連鎖的に魔物が集まってきますから」



 レベッカが心配そうな顔で俺を見ていた。



 前例があるので、心配されるのはしょうがないが、さすがに俺も護衛依頼でそんな馬鹿なことはしない……。


 使わなければ危険な状態だと判断しない限りだが。



「大丈夫だ。護衛の仕事では魔法実験なんてしないし、威力を把握した魔法しか使わない」


「くれぐれもよろしくお願いしますね。色々とフリック様のことで辺境伯様からも言われておりまして、今回の推薦もやめた方がいいという声もギルド内にはありますので」



 大規模魔法をぶっ放してた件が、色々と問題を発生させていたとは思ってたけど……。


 その辺はノエリアが「上手くおさまったので問題ない」って言ってたんだがなぁ。


 意外と上手くおさまってなかったのかもしれない。



「そうなのか? じゃあ、問題児な俺の専属の受付嬢になってるレベッカの面子もあるだろうし、しっかりと依頼は果たすから安心してくれ」


「た、頼みますね。調査隊は明朝、正門から出ますから寝坊せずに集合してください。それと、お預かりした換金査定の物はお戻りになられてからお支払いさせてもらいます」



 そう言って、レベッカは預かり証を俺に渡してくれた。



「調査隊の出発は明日からだったのか。今日は早く寝ないとマズいな。換金の件は承知した。明日からしばらく留守にするからよろしく」


「はい、ご安全に! 無事の帰還お待ちしております」



 依頼が明日の朝からだと知り、急いでレベッカと別れると、俺は明日からの魔境の森の調査に備えて、宿で早めの就寝をした。


 そして、翌朝集合場所の正門の前に到着すると、俺の足が止まった。



「フリック様、おはようございます。これから七日間、調査隊の護衛のほどよろしくお願いします」



 いつもと変わらない抑揚のない声でノエリアが挨拶をしてきた。



 待っていたのは殺気をまとったノエリアの父親でユグハノーツ辺境伯と思われる壮年の男性と、ノエリア自身だったのだ。


 あと、護衛の騎士らしき人が五人と学者らしい人が二名ほどいた。



「あ、え? ノエリアも行くの?」


「ええ、わたくしは白金等級の冒険者として父上の護衛依頼を受けておりますので」



 そうノエリアが言うと、父親からの殺気が膨れ上がる。



「ノエリア、その小僧が――」


「父上、これで全員揃いましたので、出発いたします。これよりは物見遊山ではありませんので喋るのをお慎みください。さぁ、フリック様行きましょう」



 ノエリアが何かを言いかけた父親を制止すると、俺の手を引いて歩き出した。



「ちょ、ちょっとノエリア。俺も護衛対象の辺境伯様に挨拶くらいはした方がいいかなって思うんだが」


「いえ、無用です。それに護衛依頼はすでに開始されおりますよ」



 父親である辺境伯も一緒に付き従う者たちもノエリアには反論しないようであった。



 こうして俺は、ノエリア父娘とともに、『深淵を歩く者アビスウォーカー』発生の地となった魔境の森を調査する旅に出ることになった。

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