sideアルフィーネ:剣聖の仕事

 ※アルフィーネ視点



 フィーンと喧嘩別れをして二週間が経っていた。


 その間も王都の冒険者ギルドを通じて冒険者たちにフィーンの行き先を探させている。


 けど、執事からもたらされる報告は芳しくなかった。



 探しても、探してもフィーンの居場所が王都や近隣の街では見つからない。


 集まってきた噂では、辺境行きの駅馬車の方へ行くのを見かけたというのが最後の目撃例だった。



 フィーンのやつまさか本当にあたしを置いて辺境に行ったんじゃ……。


 でも、剣の腕前はともかくとして、伝手のない辺境であたしの庇護もなく暮らせるわけがない。


 もしかして、別の冒険者と組んで……。


 最近、あたしが王宮の用事でいない時は他の冒険者たちと組んでたとか聞いてるけど……まさかね。


 それにフィーンと組んでた冒険者たちには一番に居場所の行方を聞いてるし。



 彼らも『フィーンのやつも頭が冷えたらきっと戻ってくるだろうし、ちょっとくらい優しくしてあげれば』と忠告をしてくれていた。


 だからあたしもフィーンが遠くまで行ってはいないと思って近隣の捜索を重点的に行わせていたけど……。



 手元にあるフィーンとの約束の証である剣を見て、嫌な予感がよぎり心臓が締め付けられた。



 これを置いていったのは、あたしをたしなめるためじゃなくて、本当に決別の意味だったのかしら……まさか、まさかよね。



 目の前の剣は冒険者になる時、成功をおさめて莫大なお金を手に入れたら、二人で身寄りのない子供たちを引き取る孤児院を建てようと約束し、その証としてお互いに贈った剣だった。



 冒険者として成功し、白金等級になったあと使わなくってもフィーンはこの剣の手入れを常に怠らずしていた。


 もちろん、あたしもフィーンに贈ってもらった剣の手入れは今も欠かしていない。



 フィーン……どこ行ったのよ……馬鹿……約束はどうなるのよ。



 あたしはいなくなった彼の代わりに、彼の剣を罵倒することしかできなかった。



 フィーンの剣を見ていて気分が落ちていきそうになるところで、自室のドアがノックされた。



「アルフィーネ様、本日は王宮にて近衛騎士団の方への剣術指導の日でございます。お着替えの準備をお願いいたします」


「すぐに支度を終えるわ。登城する準備をしておいて」


「承知しました」



 執事はドア越しに返事をすると、そのまま階下に下りて行った。



 そう言えば、今日は王城に出仕する日だったわね。


 王様から授けられた剣聖という称号とともに、近衛騎士団の剣術指南役として貴族入りした身であるため、仕事を放棄するわけにはいかなかった。



 またあの軟弱な貴族の騎士たちに、剣の指導をするのかと思うと気が滅入るわね。


 装備や剣は一人前だけど、剣の腕は鉄等級の冒険者にも劣る人材しかいないし、それにフィーンが居た時でも、あたしへの下心丸出しにする輩がいるのがうっとおしい。



 あたしは深いため息を吐くと、手入れを終えたフィーンの剣をしまい、寝巻姿から登城するための正装に着替えることにした。






「てりゃあぁ!」


「遅い、そして突きの狙いが読みやすい上、正確性もないですよ」



 あたしに向けて突き出された剣を軽く弾き、相手の騎士の右肩にできた隙間に向け、木剣を突き込んだ。



「カハッ!」



 鎧の隙間に入り込んだ木剣の先は騎士へ重大なダメージを与えていた。


 あたしの突きを受けた騎士は手にしていた剣を落とし、膝を地面に突いていた。



「ま、参りました。まさか、女性の一撃でこれほどのダメージを負うとは不覚」



 やはりこの騎士も口だけでさしたる腕前はないわね。


 近衛騎士になる前、貴族ながら冒険者生活をして数々の実戦をくぐり抜けたとは吹聴してたけど、フィーンやあたしと比べても数段は落ちる腕前でしかなかった。



「貴殿もなかなかの腕前の持ち主であると思います。ですが、攻撃動作への移行に時間がかかり過ぎているのが相手に有利に働くこともあるかと」



 強い魔物との戦いで、そんなもっさりと動いてたら、即座に首と胴体が離れて死んでるわよって言いたい。


 けれど、近衛騎士に選ばれるのは大貴族の子弟である。


 そのため、指導するにも言葉を選ばなければならず、それがあたしのストレスの原因でもあった。



「さすが、王が『剣聖』と認められたアルフィーネ殿だ。的確な指導をされる」



 声をかけてきたのは、模擬試合の様子を見ていた近衛騎士団長ジャイルであった。



 面倒な男がまた一人増えたわね……。



 目の前の男は、父親が宰相を務める大貴族ラドクリフ家の嫡男で、自身も近衛騎士団長を務めるジャイル・ラドクリフだ。


 端正な顔立ちをした若い男で宮廷の令嬢たちからの人気は高いらしい。



 けど、あたしから言わせれば『顔がいいだけのボンボン息子』でしかないんだけど。



 そのジャイルの存在が、あたしのもう一つのストレス要因であった。



「皆から剣の女神と言われるだけのアルフィーネ殿だ。戦う姿も美しい限りである。わたしはその姿をみているだけで満足だ」


「そのように褒めても、練習はまだ続きますよ。ジャイル殿、次は貴方の番です」



 なにか理由をつけて、剣の稽古をさぼるのだ。


 実力は軟弱な近衛騎士団の中で最低。


 コネだけで近衛騎士団長の地位に就いている男だった。



 それだけなら、あたしに被害が及ぶわけでもないのでまだ目を瞑れていた。


 だが、彼の問題はそれだけでなかったのだ。



「ところで、アルフィーネ殿の想い人であるフィーン殿が失踪なされたとか。そのような噂が市井の者たちから漏れ聞こえておりますぞ」



 好色に染まった視線がこちらに向けられた。


 彼は貴族の令嬢たちとの浮名は数知れずと言われるほどの無類の女好きだった。



 その視線に晒され、沸々と怒りの感情が湧き上がってくる。


 フィーンへの態度が、冒険者時代に増して刺々しい物になるのが止められなかったのも、この男から与えられるストレスが半端なく多かったからだ。



「そのような根も葉もないうわさ話に興じている時間があるのであれば、王を守る盾となる近衛騎士として剣を手に取られませ」



 怒りを押し隠し、大貴族のボンボンからの好色な視線から耐える。


 怒りに任せて彼と私闘をすれば、剣術指南役であるとはいえ、処分されるのはあたしの方だ。



「わたしも随分とアルフィーネ殿ことを心配しておりました。わたしでよろしければ、いつでもご相談には乗りますぞ」



 近衛騎士なら剣を取れと忠告したのに、ジャイルはあたしの言うことを聞かず、好色な視線を外すことはしてこなかった。



 この男……人の話は聞かないし、不躾な視線をずっとこちらに向けてくるし、マジでむかつく……。


 大貴族の嫡男で近衛騎士団長でなかったら、即座にぶちのめして城門の上からぶら下げているのに。



「けっこうです。それにフィーンは今一人で修行に出ているだけですので、そのうち戻ってきますからご心配なきよう」


「それは残念。ですが、なにか心配事でもあれば気軽に相談してくだされ。アルフィーネ殿は我が近衛騎士団の大事な剣術指南役ですので」



 それだけ言うと、ジャイルは一度も剣を抜くことなく練兵場から姿を消した。



 あー、マジであのボンボン貴族のやつ、言いたいことだけ言って姿を消すとか、むかつくぅうううう!! 



 あたしは内に溜まったストレスで無性に爪が噛みたくなったが、さすがに人前で噛むわけにはいかず、イライラが募っていた。



「これより、1対100の乱取り稽古をします。この場にいる全近衛騎士は剣を抜きかかってきなさい」



 すこしでもイライラを治めようと考え、近衛騎士たちとの対多数の乱取りをすることにした。


 あたしとの1対100の乱取り稽古と聞いて近衛騎士たちの顔色が怯えた物に変わるのが見えた。



「私は少し具合が――」


「私も――」


「そろそろ、お茶の時間かと――」



「剣術指南役として稽古に参加しない者の名は王へご報告をあげねば――」



 逃げ出そうとしていた近衛騎士たちが一斉に立ち止まる。


 彼らが恐れるのは王の寵愛を失い、貴族の地位を失うことであるからだ。


 成り上がりではあるが、王の覚えめでたいあたしから剣の修行をさぼったと密告されるのは、彼らにとって困ることになりかねなかった。



 こうして、あたしはやる気を出した近衛騎士たちと1対100の乱取り稽古を行った。


 結果、誰一人あたしに一撃を加えることができず、全員が地面に内容物ゲロをぶちまけて倒れ伏すこととなった。

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