108:孤児院でのひと時


 翌日、俺は朝から孤児院の子たちと剣術の練習をしていた。



「フィーン兄ちゃんが、すっげえかっこよくなって戻ってきた。オレも大きくなったら兄ちゃんみたいに赤い髪にしようかな」


「おれしようかな」


「冒険者で名が売れてきたら、フィーン兄ちゃんの真似してみるのもありか……」



 剣術の練習に参加している子は、もうじき孤児院を巣立つ予定の成人間近の子たちであった。


 成人後は自立するというのが孤児院の規則で、巣立った人の中には村で仕事を見つけて一家を立てた人や、子供を亡くした村人に養子として入った子もいる。


 けど、大半の卒業生は王都へ出て仕事を見つけることが多い。



 俺もアルフィーネも成人し、自活するため王都で冒険者になろうと決めたもんな……。


 冒険者は手っ取り早くなれるけど、案外頑張らないと稼げないからなぁ。



「まずは格好を気にするよりも、剣の練習をした方がいいよ。冒険者として長生きしたいならね。そうしないと――」


「ぐあぁっ!」



 隙だらけの子たちの木剣を払い落すと、足を引っかけて地面に引きずり倒す。


 そして、相手の喉元に自分の木剣を突き出していた。



「こうやって、すぐに命を落とす。本当に簡単に命を失う世界だということは忘れないでくれ」


「は、はい。気を付けます!」


「無茶をしない、一人で戦わないで協力する、実力を過信しない、堅実に依頼をこなし地道に稼ぐって四つを守れば、長生きできるし飯も喰える世界だと思うから」


「分りました。その言葉、冒険者の先輩からの助言だと思って大事にします。もう一本相手をしてもらっていいですか?」


「ああ、俺でよければいくらでも相手になるよ」



 冒険者志望の子は俺に、頭を下げると地面に落ちた木剣を手に取り、再び剣を構えた。



 冒険者として道を踏み出すと決めた子たちに、俺が教えてあげられるのは死なないために必要なスキルだった。


 去年、アルフィーネと帰ってきた時も同じように別の子たちに教えたが、あの子たちも冒険者として上手くやっているだろうか……。



 そんな剣術練習をしている俺たちの近くで、ノエリアが院長夫妻と世間話をしているのが聞こえてきた。



「それにしても、フィーリア様とダントン様がシンツィア様と同じくライナス師のお弟子様だったとは……」


「わたしが魔法の研究をしていたのは、フィーリアと結婚をする前の話ですよ」


「それでも、わたくしの先輩ですし……。差し支えなければ、なんの魔法を研究していただけでも教えてもらえますか?」



 俺は木剣を持った子供たちの斬撃を軽く受け止め跳ね返しつつ、ノエリアたちの話に耳をそば立てていく。



 院長先生たちって、元魔術師で魔法が使えたんだ……。


 孤児院でそんな様子、一切見せたことなかったのになぁ。


 それもシンツィア様と同じく、魔法研究の大家と言われるライナス師の弟子だったとか意外だ。



 一緒についてきていたシンツィアと、俺が育った孤児院の院長夫妻が古い知り合いだったことで二人が元魔術師だったのが判明した。


 俺が物心ついた時には、二人とも孤児院の院長とその奥さんだったので、二人の過去を知って正直少し驚いていた。



「ノエリアの母親のフロリーナは攻撃魔法全般、ダントンの専門は現代魔法じゃなくて古代魔法文明期に存在した魔導器具を使った儀式魔法、フィーリアの専門は回復魔法、であたしが使役魔法。この四人がライナス四天王とかって言われてたんだからねー」


「ライナス四天王、懐かしい呼び名だな。わたしは他の三人と違い、四天王で最弱の魔力しかなかったがね」


「ダントンは飛び抜けた知識があったからまだいいけど、私は常に三番手に甘んじてたのよ」


「実際、フロリーナが突出した魔力で追随できない存在だったから、あたしたちはおまけみたいなものだったけどね」


「シンツィアの言うことに間違いはないわね」


「フロリーナ様と比べられるとそうなるな」



 シンツィアは、ノエリアの肩に止まって院長夫妻との昔話に華を咲かせていた。



「そうなのですね。わたくしは母と一度も会ったことがないのでどれくらい凄かったかは、話でしか聞いたことがないのですが……。やっぱり、母はすごかったんですね」



 ノエリアの母は偉大なる魔術師と言われた天才魔術師のフロリーナで、大襲来ではロイドともにアビスフォールへの突入部隊に参加してその地で夫を生かすため果てたと聞いている。


 自分を育ててくれた二人が、ノエリアの母と同門であると知り、俺とノエリアに何かしらの縁が繋がっていたのだと感じていた。




「フロリーナもすごかったけど、あたしも師匠の一人なんだからもうちょっと敬いなさいよー。特にそこのフリックとか言うやつー!」



 聞き耳をそば立てながら子供たちの打ち込みをいなしている俺に向けて、魔法の師匠の一人であるシンツィアから扱いに関する注文が入ってきた。



「ちゃんと敬ってますよ。ここ最近は、ちゃんと毎朝、魔力分けてあげてるじゃないですか」


「それは弟子として当たり前よ。そういうことじゃなくって――ぎょえー。ちょっとっ! あたしの革をひっぱるなー! 待って、待って! めくらないで!」


「フィーリアせんせー、喋る鳥を捕まえたー。この子はなんて鳥ー?」



 ノエリアの肩を飛び立ち、俺の周りをパタパタと飛んでいたシンツィアが、孤児院の子供の放った網によって捕まえられ、おもちゃにされてもみくちゃにされているのが見えた。


 

「こらこら、その子はお喋りな鳥みたいだけど、私の古い友人だからみんな大事に扱ってね。でも、革は剥いてもいいわよ」


「やったー!」


「ぎゃあああああああぁ! フィーリア、この恨み覚えておきなさい! 子供たちも安心して夜寝れると思うなー! せいぜい、怯えて眠れぇ!」



 スザーナが縫ってくれた鳥の姿を模した革を子供たちにめくられて、骨の鳥になったシンツィアの断末魔の叫ぶ声が庭に響いた。


 骨だけの鳥になったシンツィアは、群がっていた子供たちのもとから飛び立つと、今度は本体の鎧を動かして子供たちに襲いかかり始めた。



「革返せぇ、あたしの革を返せぇー。あたしの革を取ったのは誰だぁー」


「きゃああ! 鎧が襲ってきたー!」


「フィーン兄ちゃん! 鎧のおばけが出たー!」



 中身のない鎧が動いたのを見た孤児院の子供たちは軽いパニックになっていた。

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