side:アルフィーネ:後悔と大人への道
※アルフィーネ視点
「いやー、すみませんね。アルさんたちの馬車に乗せてもらって……。まさか、相方のミレンが寝坊するとは思わなくて」
「わ、わたしのせい!? それはディックが起こしに来ないからでしょ!」
「はぁ!? オレはお前の世話係じゃないっていつも言ってるだろうが、いい加減朝くらい自分で起きろよ」
魔境の森へ向かうため、冒険者ギルドを出たところで、この一週間で仲良くなった若い冒険者二人が駆け込んでくるのが見えた。
二人が慌てていた理由は、前日に受注していた場所への馬車に乗り遅れそうだったかららしい。
でも、見事に乗り遅れたようで、ちょうど方角が同じだったこともあり、途中まで乗っけてあげることにしていたのだ。
二人はこのユグハノーツ近郊の村で育った幼馴染らしく、ミレンは魔術師、ディックは剣士として最近冒険者になったと聞いていた。
そんな二人のやりとりを見てると、自分とフィーンが冒険者になった当初のことを思い出していた。
ミレンがディックに無意識に甘えてるように、あたしもフィーンに甘えてたんだろうな……。
その時の自分は全然そんなことを思ってなかったけど、あらためて客観的に外から自分と同じような関係性の二人を見てると、自分のわがままさが目の前に突き付けられた気がするわ。
ミレンはつい最近までのあたしだ……。
二人の世界がずっと続くのが当たり前だと信じて疑わない、子供のままの自分と同じ。
でも、その世界は永遠には続かなくて、自分が変わらなければ消えてなくなってしまう世界。
そんなことを思い、ついミレンに声をかけていた。
「ミレン、そういう時は素直に『ごめん』って言うと、ディックなら許してくれると思うよ」
「アルさん?」
「ああ、これはボクからの忠告さ。男って意外と素直な子が好きなんだよ」
あたしの忠告にミレンが首を傾げてこちらを見ていた。
ディックの方は『その通り』と言いたげに腕を組んで頷いている。
「そ、そうなんですかね? アルさんもそういう女の子が好きなんですか?」
ミレンがあたしの手を取って、こちらを見ていた。
「たぶん……。いや、ボクは分かんないや。でも、少なくともディックはそう思ってると思うよ。ね? そうだよね、ディック?」
自分と同じような失敗をミレンには歩んで欲しくないので、お節介かと思ったけど口を出していた。
「え? あ、うん。そうだな。ミレンがもう少し素直なら俺も怒らずに済むし」
「そ、そうなの?」
「なんで、オレを睨むんだよ」
ミレンの視線がジッとディックに注がれていた。
本当に彼のことが好きなんだろうな。
でも、まだ甘えることと好きになるってことの違いが分かってないのかも。
これは自分にも言えることだったわね。
自分はもう好きな人を好きになる資格を失ったけど……。
「ミレン、ディックが好きなら素直になった方がいいからね。じゃないと――」
「ちょ!? アルさん!? なにを――」
ミレンが顔を真っ赤にして、あたしの口を手で塞ごうとしてきた。
「はいはーい! 三人とも無駄話はそこまでー。ミレンとディックはここでお別れね。私たちはしばらく魔境の森に潜るから戻ったらまたよろしくね」
荷馬車が止まったかと思うと、メイラが御者席からこちらに顔を覗かせていた。
どうやら、ミレンたちが向かう郊外の森への分岐点に着いたようだ。
「ミ、ミレン。行くぞ。アルさん、メイラさん、送ってくれてありがとうございました。また、戻ってきた時は飯でも奢れるようにしときますよ」
「ちょ、ちょっとディック!? じゃあ、行ってきます!」
顔を赤らめたディックが、ミレンの手を取るとあたしたちに挨拶して荷台から降りて行った。
その様子を見送ったあたしの心の奥は、安堵とともに鈍い痛みが拡がっていく。
自分が幸せだと感じていた時間を見せつけられるって言うのは、とっても残酷ね……。
ディックとミレンを見て、自己嫌悪の沼に沈み込んでいきそうになる。
そんな気配を察したのか、御者席に居たメイラがあたしの前に座り込んできた。
「フィーン君とのことを思い出して、あの二人に忠告したんでしょ?」
「まぁ、ね」
「それで、自分ももっと素直になってればとか思ったわけね」
何でもお見通しとでも言いたげなメイラの瞳に見据えられて、視界が少し滲んできた。
なんで、あたしこんな涙もろくなっちゃったのかな……。
これじゃあ、まるで……。
溢れ出しそうになった涙を必死で隠すように拭っていた。
フィーンがいないだけで、それまでの自分が嘘のように壊れて、中から出てきたのはとっても脆くて女々しい嫌な女の部分しか持たない自分だった。
「アルは馬鹿ねー。でも、フィーン君に会ったらちゃんと謝るって決めてるんでしょ?」
あたしは涙をぬぐいながらメイラの問いに頷いていた。
「なら、あとはフィーン君の問題よ。厳しいことを言うかもしれないけど、そこから先はアルが考えることじゃないの。恋愛って相手がいるからできるものだって知ったでしょ?」
「うん……」
自分の気持ちを相手へ勝手に押し付けることが、どれだけ迷惑なのかは理解したつもりだった。
こちらが壊した関係を、こっちの都合で元に戻そうなんて都合のいいことは分かっている。
それが分かってしまったから、あたしはこんなにも弱くて脆くて女々しくなっているかもしれない。
こんな姿でフィーンに会ったら、更に幻滅されてしまうかも。
少しでも大人に成長した自分を見せて、彼に会ってこれまでのことを謝罪し、そして別れるのがあたしなりの責任の取り方よね。
そう自分を奮起させ、頬を伝う涙をぬぐい去った。
「メイラ、こんなところで泣いてる暇なんてないわね。さぁ、行きましょ――って、なんであたしに抱き着いてるのかしら?」
「はぁああ、泣いてるアル君もしゅきぃいいいいっ!!」
いつの間にかメイラがあたしに抱き着いていたので、冷静さを取り戻すと彼女の額に手刀を叩き込む。
「あぐぅう! アルが深刻そうな顔するから悪いんだからねー。アルから聞いてるフィーン君ってどうも奥手みたいだから、最悪押し倒して既成事実――あぅ!」
あたしはもう一発だけメイラの額に手刀を叩き込んだ。
それは自分でも一番最悪の手だと思っているし、絶対に死んでも使いたくない手だった。
「メイラ、そんな手は絶対に使わないから……」
「分かってるわよ。アルが真面目でスレてない純情な女の子だって知ってるもの」
そう言うとメイラが額をさすりながら立ち上がった。
「さって、じゃあアルが大人の道を進めるようにお手伝いしますかー。あー、いたた」
「……ありがとね。メイラ姉さん」
あたしのつぶやきを聞いたメイラは黙って手を振り、御者席に戻ると再び荷馬車を走らせ始めた。
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