sideノエリア:ユグハノーツからの来訪者

 ※ノエリア視点



「ご報告ありがとうございました。やはり、近衛騎士団長とラハマン鉱山に居座っているという外国人たちは通じていると見た方がよろしいですね」



 フリック様がいなくなったマルコ殿を探しに飛び出した後しばらくして、父上から派遣された者たちがデボン村を訪ねて来た。その者たちとお互いの情報を交換しているところだった。


 責任者らしい金髪碧眼の剣士の格好をした若い男性のアル、その姉のメイラ、そして、この村の出身である獣人の子が一人同行していた。



「ノエリア様の情報と合わせると、ラドクリフ家は相当マズいことに手を染めてる感じがしますね。国をひっくり返す準備をしてるとしか……」



 姉のメイラが青い顔をして恐る恐る自分の考えをこちらに伝えてくる。



 わたくしも、ユグハノーツを出た時はこんな重大事に発展するとは思っても見ませんでした。


 こんな大掛かりな叛乱の準備が裏で進められていたとは。



 アルたちのもたらした情報と自分たちが得た情報を照らし合わせた結果、ラドクリフ家は異質な技術を持つ外国人たちを使って、強力なアビスウォーカーを操っているようだった。更にアビスフォールの地下に特別な施設を作り『扉』を開けようと画策しているらしい。


 その『扉』が何を意味するかはまだ不明だが、大襲来の発生地点となった場所でもあるため、嫌な予感がしてならなかった。



「どちらにしても、アル様たちはかなり重要な情報に触れてしまっているかと思案いたします。父からの書状にもラドクリフ家からの横やりが入らぬよう庇護をすると書かれておりましたので、しばらくはどこか人里離れた場所で身を隠していた方がよろしいかもしれませんね」


「は、はぁ、そうしたいのは山々なのですが……ボクたちは人探しをしている最中なので……。この依頼を終えたら、早めにユグハノーツに戻りたいところでして」



 弟のアルが困ったような顔をして、こちらの様子を窺ってきた。



「人探し……ですか?」


「あ、はい。そのボクの大切な友人でフィーンって言う人なんですけど、少し細身なんですけど黒髪黒目で結構な腕を持つ若い男性の冒険者なんですが、ノエリア様はそんな冒険者をユグハノーツでみませんでしたか? たぶん最近、ユグハノーツに来てると思うんですが」



 わたくしは目の前にいる若いアルが父ロイドから認められた剣士であることを知っている。


 その彼が『結構な剣の腕』というのであれば、少なくとも父が認めるくらいの技量を持つ剣士だろうと思い、該当する人物がいないか考えていた。



 若くて剣の腕のいい冒険者だと……最近出会ったのはフリック様くらい。


 でも、フリック様は赤い髪で赤い目をされてますし。


 違いますよね。


 他に若い剣士で腕の立つ人なんて……いなかったような。



「アル様の言うような人物に心当たりは……。でも、ユグハノーツに戻れば命の危険もあるかもしれないのに、それでもその方を探されると言われるからには、アル様にとってよっぽど大切な人なのですね」


「は、はい。探しているフィーンはボクの幼馴染なんです。ボクがちょっと剣を上手に扱えるようになって調子に乗ってた時、ボクが甘えて何気なくしていたことが、彼をトンデモなく傷つけていたことに気付いたんですが。その時には彼はボクのもとを去っていたんです。彼の優しさに付け込んで本当に馬鹿なことをしたと思ってます。今は彼にその時のことを謝りたくて探してる、ただそれだけです」


「ちょ、ちょっとアル。そんな話をノエリア様にしても困るだけでしょ。場をわきまえなさいって」



 姉のメイラが、アルの服の裾を引っ張って喋るのをやめさせようとした。



 でも、あの言い方ではまるで…、アル様はそのフィーン様のことを好きだったのかしら……。


 男同士の幼馴染とか言ってたけど、彼の口から出てた言葉は男女の恋愛っぽい話に聞こえてしまう。


 これもわたくしがフリック様に恋焦がれる身になったから、そう聞えるようになってしまったのだろうか。



 フリック様に出会う前の自分だったら、アル様の話を聞いても、何も感じずに『探し人が見つかるといいですね』と声をかけるだけで終わるはずだった。


 だが今はアル様の話を聞いて、彼の想いが少しばかり理解ができる気がしていた。



「いえ、不躾な質問ですがアル様はそのフィーン様のことが好き……なのでしょうか?」



 わたくしの質問にアル様の顔色がスッと変わるのが見えた。


 そして、少しの間が開いたかと思うと、彼が口を開いた。



「『好きだった』と言うしかないかもしれません。ボクに彼を想う資格はもうなくなったと思っていますから……。あ、『男同士』でおかしいですよね。ボクは何を言ってるんだろうか」



 自分の告白に照れるように顔を真っ赤にしたアル様の様子は、フリック様に憧れる自分の姿と重なって見えた。



「いえ、そのようなことは……。殿方同士の恋愛もあるとスザーナからは聞いておりますし、別に変というわけではないと思いま――」


「ノエリアお嬢様!? 何もこのような場でそのような話をしなくても」



 脇で聞いていたスザーナが焦ったように、わたくしの口を塞いできた。



「おやこれは、ノエリア様付きの専属メイド様は『そっち系』でしたか。私も嫌いではない方ですよ」



 姉のメイラがニヤニヤした顔で『分かっているから言わなくてもいいですよ』と言いたげな視線をスザーナに送っているのが見えた。



「違いますから! 私はノエリアお嬢様にそういった恋愛もあるとご教示しただけのことで――」



 そっち系とはどっち系のことなのかしら。


 スザーナからは色々と聞かされてきているけど、恋愛は本当に不可思議で千差万別な物としか思えませんね。



 口を塞いでいたスザーナの手をどけると、アル様の手を取り、彼を励ますことにした。



「アル様、そのフィーン様がユグハノーツで見つかることを応援しております。わたくしも旅を終えユグハノーツに戻った際は捜索のお手伝いをさせてくださいますか?」


「辺境伯様のご令嬢であるノエリア様の手を煩わせるなんて……。それに見つかったとしても、彼がボクに会ってくれるかもまだ分かりませんし」


「だからこそ、応援させてもらいたいのです」



 少しの間、アル様は考え込んでいた様子だったが、やがてその美しい顔を上げるとニコリと笑って頷いていた。



「……分かりました。ノエリア様が旅を終えてユグハノーツに戻られた際、まだ見つかってなかったら手伝ってください」



 男性だと言うけど、アル様の笑顔はとても魅力的な女性っぽく見える気が……。


 ラドクリフ家の嫡男ジャイル殿から小姓になるように言い寄られたと聞いてるけど、たしかにこの容姿だとそういった気が起きても不思議ではないかも。


 わたくしもこんな魅力的に笑える女性なら、フリック様に振り向いてもらえるのだろうか。



 アル様の魅力あふれる笑顔に圧倒される自分がいるのを感じていた。



「ありがとうございます、アル様。そうだ、父にもアル様の捜索を助力をするようにと書状をしたためます。父はユグハノーツ冒険者ギルドのオーナーでもありますからね。フィーン様の捜索には貢献できるかと。このような危険な依頼に巻き込んでいる以上、我が家の力は存分にお使いください」


「良かったわね、アル。これでフィーン君の捜索はかなり進められると思うわよ。ああ、そうだ! 書状で思い出した。こっちは辺境伯様からノエリア様宛の私信です」



 そう言ったメイラさんが取り出した書状には蜜蝋で封がしてあった。


 受け取ると蜜蝋を少しあぶって溶かし、封書を開けて中身の文を読む。



 読み進めていくうちに読むのが面倒になって、封書ごと火の魔法で燃やして消した。



「え!? あの、読まなくていいんですか?」



 わたくしが急に封書ごと燃やしたのに驚いたメイラさんが様子を窺うように尋ねてきた。



 アル様たちに託した封書だから、何か重大事が書いてあるかと思えば、家での小言がつらつらと書き連ねてあるだけの代物だったとは……。


 父上の心配性にも困ったものね。


 わたくしとフリック様が旅先でそのような関係になっているわけがないのに。



「あー、もしかして婚約者候補とか言われているフリック様と間違いをしでかすなよと釘を刺されました?」



 メイラさんがわたくしの燃やした手紙の内容を予想して聞いてきていた。



「ち、違います! フリック様とそういうことはしてませんから! 全然してませんから!」


「やっぱりその真紅の魔剣士って言われるフリック様とノエリア様ってそういう関係――」


「ノエリアお嬢様、その話は本当ですか? そうなると私はもっと頑張らねばなりませんが――」



 隣にいたアル様も興味津々の顔でフリック様のことを聞いてきていたし、スザーナの鼻息も何やら荒くなっていた。



 フリック様は、わたくしにあまり興味が無さそうですし、それに例の発作のこともありますし…。


 彼は女性に対して極度に恐怖心を抱いている感じがしている。


 だから、わたくしが告白しても丁重にはぐらかされて、相手にしてもらえずに終わる気がしてならない。



 そんなことを思っていると、悲しくて心がズキリと傷み、ジワリと目の端から涙が漏れ出してきていた。



「違うんです。違いますから、わたくしが勝手に慕っているだけで……フリック様はわたくしの婚約者候補にはもったいない方ですから……」


「ノエリア様、ボクが言えたことじゃないですけど……。本当にそれでいいんですか? 自分の気持ちに嘘を吐いて誤魔化して無かったことにする。本当にそれで……」



 アル様もまたわたくしの言葉に何かを感じ取ったのか、目が潤んでいた。



「……嫌です。そんなのは嫌。だけど……」


「結果が怖いけど、立ち向かっていくしか道は開けないとボクは思う」


「そういうものですか……」


「ボクも、正解かどうかは分からないけど、きっとそれしかないと思うんだ」



 アル様の言葉には色々な実感が混じっているように感じられて、わたくしはこくりと頷いていた。


 そんなわたくしたちのもとに、村の代表者であるユージン殿が駆け込んできた。

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