02:そして俺は彼女と絶縁する
「ぷークスクス。フィーン、あんたソレ、マジで言ってるの? 冗談だよね? 一億歩譲ってもあり得ないんですけど」
アルフィーネからこういうことを言われるのは計算済みだった。
伊達に幼馴染として長く付き合ってはきてない。
俺を見下して嘲笑し、俺が言い返さずに彼女の言葉を追認することで自分のストレスを軽減させ、そのあと優しい言葉で慰めたかと思うと、最後は罵詈雑言で締めるのだ。
不意に浴びせられる彼女の優しい言葉に何度も騙され、その後の罵詈雑言で心を痛めつけられてきた。
だが、そんな日々も今日で終わりだ。
俺は彼女の恋人という名の世話係を退職して、あらたに一人の冒険者として辺境で出直すことに決めていたのだ。
そうしようと思えたのは、彼女が騎士となり王国の用事で王都に呼ばれる回数が増えてきたことに関係していた。
アルフィーネがいない場合、俺は一人かその場で仲間を募ってギルドからの仕事を受け、それが意外といい結果を残せていたのだ。
それまではトンデモない実力者のアルフィーネの付属物として、俺を見ていたギルドの面々も、彼女の陰に隠れて埋もれていた才能を認めてくれるようになってきている。
おかげでアルフィーネによって擦り減らされた自尊心は輝きを取り戻し、俺に彼女と決別する勇気を取り戻すまでに至っていた。
「だったら、今日限りで俺はアルフィーネの恋人兼相棒を辞めさせてもらうよ」
「はぁ!? 何言ってるの? フィーンの分際であたしの恋人兼相棒を辞めるとか意味不明なんだけど!?」
態のいいストレス解消役である俺が、そんな言葉を口にするとは思ってもみなかったようで、アルフィーネの顔に驚きと焦りが混じったの表情が浮かんでいた。
それも一瞬で、すぐに『このあたしが出来損ないのフィーンと付き合ってあげてるのに、何でそんなこと言うのか』とでも言いたそうにこちらを不機嫌そうに睨んできた。
今までの俺ならその視線を浴びただけで、下を向き『ごめん、言い過ぎた。俺が悪い、全部出来損ないの俺が悪いから』と謝っていたが今日からはもう言わない。
俺は不機嫌そうに詰め寄るアルフィーネの肩を抱くと、彼女の目を真っすぐに見て次の言葉を放った。
「もう決めたから、アルフィーネから今まで贈ってもらった装備とかお金とかは、この前、君が新しく買った屋敷に送っておいたから処分しておいてくれ」
「え? え? 何言ってるの? 出来損ないで使えないフィーンが、あたしから離れて生きていけると思ってる? そんな実力なんて全くないのに? あたしと一緒に冒険してるから自分もできる奴とか勘違いしちゃったとか」
アルフィーネは、自分が俺から捨てられるということが理解できてないらしい。
大きな目をパチクリさせて、『なんでそんなこと言うのかしら』と言いたげに、肩を抱いている俺を見ていた。
「その通りさ、俺はアルフィーネの元から去って、辺境でゼロから冒険者として出直すよ。使えない出来損ないの恋人と別れられて君も清々するだろ。今までありがとうな……これからは別の道をお互いに進むけど頑張ろう」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。フィーンが怒ったなら謝るわ。ごめん、ごめん。ちょっと厳しく当たっちゃったね。恋人のちょっとした可愛い冗談じゃないのマジにしないでよ」
半ばふざけ気味にあやまるアルフィーネからは、『これはまた、フィーンの分際で怒っちゃったか、面倒だけど少しだけ優しい言葉でもかけておくか』という表情がありありと見て取れた。
何度も俺はこの言葉で別れることを翻意させられてきたが、今日はもう聞く耳はもっていない。
「はい、これも君からもらったものだったね。返しておくよ。これで、俺たちは恋人でも幼馴染でもなく今から赤の他人だ」
さっきまでの練習で使っていた剣を彼女の手に渡す。
冒険者になった時にお互いに贈った記念の剣を突き返されたこと、こちらの真剣な表情を見て、ようやくアルフィーネはいつもの俺とは違うと察したようで、顔色を変えて焦り始めていた。
「ちょ、ちょっと! なんでこの剣をあたしに返すのよっ! フィーン! 今ならまだ冗談だったですましてあげるから考え直しなさい! あんたが一人、しかも魔物が強い辺境で冒険者なんてできるわけないでしょ! ちょっと聞いてるの! 聞きなさいよ! フィーンの分際であたしを振る気なの!」
「そういうことだ。じゃあな」
俺の決意が固いと見たアルフィーネが、『フィーンごときがあたしを振るなんて信じられない』とでも言いたげな表情でこちらを見ていた。
追いかけてくるかもとか思ったが、どうやら余りのショックで腰が抜けたようで地面に座り込んだまま動こうとはせずにいる。
「フィーン! 待ちなさいよー! 待てー!」
俺は返事も振り返りもせずにアルフィーネの元から足早に立ち去った。
やがて彼女の姿が見えなくなったところで、ふぅと一つ息を吐いた。
これで、俺は晴れて自由になったんだな。
アルフィーネの罵詈雑言を毎日聞かないですむと思うだけで心がウキウキとしてきやがる。
さて、これから辺境に向かって一から冒険者として出直すか。
俺は待合馬車の駅舎に来た、馬車に乗り込むと新たな生活の場となる辺境へ向け期待を膨らませていた。
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