sideノエリア:令嬢魔術師は戸惑う

 ※ノエリア視点



 ……まったく、意味不明な人でしたわね……なんで、魔法の発動ができるのに威力制御ができないのかしら……。


 でも、あの威力……とんでもない才能の持ち主であることは間違いないのだけど。



 屋敷に帰宅したわたくしは、衣服が破れていることを問いただしたそうにしている父上を無視した。


そして、部屋に戻ると着替えをしながらフリックと行った魔法の練習のことを思い出していた。



 魔法の練習に夢中で忘れてたけど、彼って確か魔法の発動体を使わずに魔法を何度も行使してたはず……。


 わたくしでも杖なしで上級魔法に近い威力の魔法発動を連発すれば魔力の枯渇が感じられるほど消耗するはずなんだけど。


 あれだけの高威力の魔法を連発して、全く疲れた様子を見せてなかったからには、魔力量は間違いなくわたくしよりも格段に多いはずだわ。



 これまで魔力合わせしてきた魔力自慢の魔術師たちは、口ほどにもない魔力量しかなかった。


 おかげで、わたくしが魔力合わせをして相手を殺したとかいう風聞が流れているらしいけど、実際は若い魔術師に軽くひねられたことで居辛くなって逃げ出したんだけれど。


 まぁ、その風聞のおかげで口だけの魔術師は、わたくしが相手を申し出るだけで逃げ出して手間が省けれた。


 フリックの時までは……。



 魔力合わせをして彼から吸い出した魔力は、自分の器をすべて満たしても、なお滾々と湧き出してきていたのだ。


 おかげで容量が溢れ、吸い取った方が昏倒し気絶するという醜態を晒すはめになった。



 普通、魔法を使ってなかった人が、あんなに魔力を貯め込めるわけがないんだけど……フリックが嘘を言ってる様子は見られないし。


 何か普通の魔術師とは違う修行で、あの尋常ではない魔力量を手に入れたには違いないんだろうけど。


 その方法が皆目見当がつかない。


 けれど、魔力量『だけ』は超一級の魔術師であること認めなければならないわね。



 問題は彼が魔法の威力を自分で制御できないことよね……発現する形や属性は間違いなく真似できてるのに。


 なぜ、威力を決める大きさだけが、あのようにいびつな大きさになってしまうのかしら……。



 フリックが何度挑戦しても、魔法が異様な大きさと威力で発動するか、逆に全く発動せずに失敗するのどちらかしかできなかった。



 『いまいち大きさに関してしっくりとこない』というのが、彼の感想だった。


 剣一筋で生きてきたからと言っていたが、それにしたって大きさの誤差が酷い。


 魔法を覚えたての子たちでも、初歩的な魔法であれだけの誤差は出さないはず。



 フリックのいびつな魔法に対する認識を考えながら、着替えを終えたわたくしは自らの部屋に作った書庫へと足を運んでいた。



 大きさに対する認識の矯正をしてあげれば……きっとフリックはすごい魔術師になるはず……。


 あの魔力量をもつ魔術師が、正常に魔法を使えるようになった時、どれほどの種類の魔法が使いこなせるのか純粋に魔法を扱う者として見てみたい……。



 そう思い、魔法の指導法が書かれた指南書を書庫の中からいくつも見繕って持ち出すと、ベッドに寝そべり読みだした。



 認知の歪みの矯正っと……。


 これは想像の固定化のことだわ……そっちはできてるから問題なし。


 発現時の威力調整法……これかぁ。



 魔法の指南書からフリックの魔法に対する認知の歪みを矯正する方法を見つけると、内容を読みふけっていく。



 なになに、威力を決める大きさ対し認知の歪みを持つ者には、その者が想像しやすい対比物を与えてやれば解決する……か。


 対比物を与える……彼が大きさを認識しやすい物は何かしらね。


 明日聞いてみようかしら……。



 そう思ってハタと気が付いた。


 今日の別れ際、明日会うなんて約束は一切取り付けていなかったのだ。


 この一週間、魔法が使えないなんて冗談だろうと思い、彼の行動を四六時中監視して魔法の実力を探る生活が、自分の日常だったことを思い出していた。



 今日は突発事態が起きて、その流れで彼と魔法の練習をすることになったのに過ぎないのだ。


 なので、明日も話を聞いてもらえるという確証は一切ない。



 しまった……ちゃんと約束を取り付けておくべきだったわ。


 帰り道も彼のいびつな発現をする魔法の話に夢中になってしまっていた。



 フリックは一週間も喋りかけることもせず、四六時中追いかけ回していたわたくしと街で普通に会ってくれるだろうか……。


 彼の魔法の実力を知るのに夢中で気付かなかったけど、冷静に考えるととんでもなくおかしいことをしていたわね。



 そう思うと、背中から変な汗が出て着替えた服がジットリと湿り気を帯びた。



 なにか、なにか会う用事を作れば……。


 はっ! そうだ! 今日、マンイーターから助けてもらった謝礼を払うという口実であれば彼も無下に断ってこないはず。


 謝礼は何がいいかしら……お金はちょっと無粋な気が……杖、いや剣士の彼には剣の方が喜んでもらえるかしら。


 どうせなら父上のコレクションから一つ業物を拝借して贈ろうかしら。


 そうと決まれば、宝物庫で剣探しね。



 読んでいた指南書を閉じ、急いでベッドから立ち上がると、不意に彼から借りた外套が目に入った。



 あれも洗って返した方がいいかしら……。



 手に取って匂いを嗅いでみる。


 彼の匂いが魔力合わせの時に感じた恍惚の時間を思い出させてくれた。



 ふぅ、ちょっと汗臭いけど、これはこれで安心する匂いね……これは、借りたままにしておこう。


 その分も含めて謝礼の剣はちょっと奮発したものにしないと。



 わたくしは彼の外套をベッドの枕元に置くと、屋敷の地下にある宝物庫へ足を向けることにした。

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