08:魔法は想像力で発動させるもの
「あの降ろしてもらえますか?」
ノエリアが放った魔法の威力に見とれていると、お姫様抱っこしたままの彼女から降ろして欲しいと告げられていた。
「ああ、すまない」
慌ててノエリアを降ろす。
彼女の服はマンイーターの溶解液によって、視線のやり場に困るものに成り果てていた。
「これを使ってくれ。そんな格好をされるとこっちが困る」
俺は自分が羽織っていた外套を彼女に渡す。
そこで彼女は自分の服の状況に気が付いたようだ。
「た、助かります。肌を殿方に見られるのは父上に怒られますので」
ひったくるように俺の外套を受け取ったノエリアは努めて冷静なフリをしている様子だった。
俺用に合わせて作ってある外套は、小柄な彼女には丈が長く全身をくまなく隠すことができていた。
そして、地面に転がっていた自分の杖を回収していた。
「けがはないか?」
「大気に漂う水の気よ。我が身体の汚れを浄化せよ。
目の前で魔法を発動させたノエリアから水蒸気が立ち上っていた。
どうやら、魔法で溶解液に濡れた身体を綺麗にしたらしい。
「ならいい。けががなくて良かったが、その様子だと街まで送って行った方がいいか?」
「いえ、わたくしには構わずご依頼を続けていただいて結構です」
やっとノエリアが顔を背けず、逃げ出しもせず普通に顔を合わせて喋れるようになった。
よく分からない行動をする人だけど、根は悪い人ではなさそうだ。
それにしても、白金等級の実力者であるノエリアがマンイーターのつたに絡め取られるミスを犯すとは……。
まさか、俺の監視に夢中で周囲の偵察を怠ってたとかいうオチじゃないだろうな。
上級冒険者である彼女が凡ミスをした理由が気になったので聞いてみた。
「構わずにって言うけど、さっきみたいなことが起きるとこっちもすごくやりづらいのだが……ノエリアは白金等級の冒険者だし、駆け出しの冒険者がやる凡ミスをするような実力でもないだろ?」
「……それに関してはご迷惑をおかけしたとは思っています。謝罪とともに後日謝礼はお支払いします」
「いや、そういうのとかいらないから、なんでそうなったかだけ教えてくれるか? その方がこっちも対策をとれるし」
警戒していれば回避ができるマンイーターのつたに絡め取られたという事実を、ノエリアもとても恥じている様子だった。
「……見てました」
口を開いた彼女の声は、聞き取れないほど小さい声だった。
「え? なに?」
「だから、フリック様が何をされているか見てました」
初めて会った時と同じく彼女は抑揚のない声で淡々としゃべっている。
だが、駆け出し冒険者がするような失態をしたのがよほど恥ずかしいのか、ときおり視線が泳いでいた。
「なんでそんなことしてたの?」
「分かりません。ですが、フリック様の行動が気になり、監視に集中したことで周囲の警戒を怠り、さきほどのような失態をいたしたのは事実です」
「分からないって……自分がしてる行動だよね?」
「はい。でも、理由を聞かれると正しい回答は導き出せない状況です……では、逆に問います。なぜ、フリック様は有り余る魔力で魔法を使わないのですか? 貴方ほどの魔力量なら剣で戦うよりも強力な魔法で敵を薙ぎ払った方が早いと思うのですが」
ノエリアのアイスブルーの瞳には、俺の行動に対する疑問と困惑が浮かんでいた。
剣よりも有利に戦える武器を持っているのに、それを使わないのが信じられないようだ。
「使い方を知らない物は使えないだろ。俺は剣の使い方しか知らないんだ」
ノエリアの顔に困惑の表情が広がっていく。
どうやら俺が魔法が使えないのが信じられないようだ。
「あれだけの魔力量を持っていて、魔法が発現させられないわけが……。わたくし、あの場で聞いたフリック様のとぼけた発言は実力を隠すための戯言だと思っておりましたのに……その表情、もしかして本当に魔法が……」
「ああ、何度も言うが魔法なんて使ったことなど一度たりともないし、魔力合わせしたのもノエリアが一番最初だった」
「まさか、全く研鑽もせずにあの魔力量だと言うの……ありえない……ありえないです」
これまで感情の起伏が一切感じられなかったノエリアの声音に、恐怖と驚きが混じってきているのが感じられた。
そんなに驚かれることなのか。
魔法って便利だなとはいつも見て思ってたけど。
「じゃあ、逆に聞かせてもらいたいけどどうやったら魔法は発動するのさ?」
「魔法の使い方ですか? 呪文の詠唱で発動します。発動させる属性と魔法の効果を想像さえできれば、体内に蓄積されている魔力に応じて周囲に影響を与えられるのが魔法の原理です。呪文は発動させる魔法の効果を想像しやすくするための補助的なものですし」
「は、はあ……呪文で想像するって」
「初歩の魔法に
呪文を詠唱したノエリアが近くの木に向けて、発動させた
「呪文の内容がどういう魔法効果を発生させるのかを固定化するための鍵となっているので、呪文の暗記と呪文によって発生する魔法効果を見て覚えることを一緒にするのが魔法習得の一般的な方法です」
「じゃあ、俺も呪文を言いながら今見た魔法を想像してみれば発動するってことか?」
「多分、魔力量は十分すぎるほど有り余っていますし。固定化できれば、簡単に発動できるかと思います。試してみてください」
「ふーん、試すくらいなら全然いいが。えっと『熱く燃えたる矢となりて我が敵を貫け』だっけ?」
ノエリアに詠唱することを促されたので、俺は
この状態でさっき見た魔法の想像をするんだよな。
でっかい炎が尖って矢のように飛んでいったはずだ。
目標はあそこに見える木にしとこう。
彼女に言われた通り、呪文詠唱で固まった想像を脳内に浮かべると、目標に定めた木に指先を向けた。
シュゴゥッ!!
さっきノエリアが放った
「ちょ!? フリック様!? 何を発動させ――」
ノエリアの声が、普段とは違うへんな裏声になっていた。
「何ってさっき見せてもらった
「違います。絶対に違いますから! あれは
そう言ったノエリアの顔は蒼白に染まっていた。
やがて、木に命中した俺の
「おわっ! すごい風がっ! ノエリア、俺に掴まれ」
「は、はい」
小柄なため爆風で吹き飛ばされそうになっていたノエリアを抱えると、俺は飛ばされないよう自分の剣を地面に突き立てた。
暴風のように荒れ狂った風が過ぎ去ると、目標にしていた木のあった場所の周囲の木は炭化して燃え尽き、赤く燃えた地面からはもくもくと煙があがっていた。
「絶対に今の魔法は
「いや、ノエリアに言われた呪文と見せてもらった魔法を参考に想像したら、あれが発動したんだが……違うのか?」
「違います!」
感情をあまり見せてこなかったノエリアが怒っている様子だった。
威力はちょっと調整をミスったとは思うけど、形とかはけっこう似てたと思うんだけどなぁ。
「初級魔法の詠唱でなんで上級魔法が発動するんですか……そんな無茶苦茶な魔法の具現化なんて初めてです」
「分からない。言われたとおりにやっただけだし」
「なにがどうなってあんな威力に……」
ノエリアは俺が発動させた魔法が受け入れられないようで、頭を抱えて考え込んでいた。
俺だって何がどうなっているのか教えて欲しいところだ。
言われた通りにやっただけなんだし。
「もう一回だけ試してみましょう。今度は小さく想像してくださいね」
考え込んでいたノエリアがもう一度魔法を試そうと提案した。
今度はもっと小さく想像して欲しいらしい。
けど、炎や形は想像できても、大きさはなんか想像しにくいんだよな。
まぁ、小さくって言われたから小さくするのを意識するか。
小さく、小さく。
ひょろひょろの細い火の矢っと。
目標はあっちの木。
「分かった。いくぞ、熱く燃えたる矢となりて我が敵を貫け。
呪文を唱え、指先を別の木へ向ける。
ボフンッ!
指先からは真っ黒な黒煙が少しだけ噴き出した。
「……!? 発動失敗!? ち、小さくさせ過ぎです!」
「そ、そうなのか? 大きさを固定する想像がしづらいんだが……」
今度はどうも小さく想像しすぎて、魔法が具現化できなかったようだ。
意外と難しい気がするんだが……。
「な、なんでですか。見たままの大きさで想像すればいいんですよ」
それが俺にとっては難しいんだが……。
その後、ノエリアと二人で魔法の練習をしていたが、どうやら俺は魔法の威力調整がとてつもなく苦手だということが判明していた。
威力が高くなり過ぎるか、発動しないかの二択しか選べないようで、中間のほどよい大きさが全く想像できないのだった。
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