119:発覚

「どうしたのさ? なんか様子がおかしいけど? それに俺に言いたいことって?」



 俺の問いかけに俯いていたノエリアが顔を上げた。


 綺麗で吸い込まれそうなアイスブルーの瞳が、不安を示すように落ち着きなく揺らぐのが見える。



「実は……アルフィーネ様の消息を突き止めました……。いや、王都を出る直前に突き止めておりました」


「アルフィーネの消息!?」


「はい、わたくしがもっと余裕を持てる者であれば、このように遅れてお伝えすることにはならずにすみました……。本当に――」



 涙を堪えていたノエリアの瞳から一筋の涙が零れ落ちていく。



 王都を出る前に知っていたと言ってたけど、ノエリアが言えなかった理由は、俺自身にあったんだろう。


 あれだけフリックとして生きると、ノエリアの前で宣言したくせに、彼女を巻き込んでアルフィーネのことを必死に探して生まれ故郷まで来てるんだしな。


 俺がノエリアの立場だったら言いたくても言えないよな……。



 好意を寄せてくれる彼女を自分の事情で振り回していた自覚はある。


 でも、それは自分の中のフィーンという男が残した未練を全て清算するつもりだったからだ。



 けど、これは俺だけの事情だよな。


 ノエリアは全く悪くない。



 俺はノエリアの頬についた涙を指で拭う。



「ごめん、ノエリアには迷惑しかかけてないな。アルフィーネの件は本当に巻き込んで申し訳ないと思ってる」


「わたくしこそ、もっと自分の心が強ければ――」


「俺の方こそ、もっと心が強ければ……」



 それからしばらくの間、俺とノエリアは無言でお互いを見つめ合っていた。



 俺はこんなにも自分のことを思ってくれるノエリアのことが……


 家族みたいだったアルフィーネに感じていた気持ちとは違う何かが、ノエリアからは与えられる。


 家族ではないのに、ずっと一緒にいたいと思える存在――。

  


「はいはい、あんたたちはラブラブなのは分かってるから、いちゃつくのはそこまでよっ!」



 俺たちの無言で見つめ合う時間を破ったのは、窓から入り込んできたシンツィアだった。



「「シンツィア様!?」」


「ノエリア、ちゃんと言うべきことは言ってからイチャイチャしなさいよねー。フリックもちゃんと聞いてからイチャイチャしなさいよー。そうしないと、スザーナが心配してドアの奥から入ってこれないじゃないのっ!」



 シンツィアの言葉で、ドアの奥に人の気配がするのを感じた。



 スザーナさんもいたの!?


 めちゃくちゃ恥ずかしいんだけどっ!



 俺は自分の頬が火照るのを感じていた。



「シ、シンツィア様……わたくしたちはいちゃつくとか、そのような不謹慎なことは、い、いたしておりませんからっ! そ、そうですよね? フリック様」


「あ、ああ。不謹慎なことはしてない……はずだ」


「それにアルフィーネ様の件を早くフリック様に伝えようと思っていたところです。スザーナ、入ってきて!」



 顔を真っ赤に染めて、挙動不審になったノエリアが、ドアの奥にいたと思われるスザーナを呼んでいた。



「失礼します」



 神妙そうな顔をしたスザーナが頭を下げて部屋に入ってきた。


 彼女がエネストローサ家の密偵一族の密偵として、色々な情報に接触していたことはノエリアの祖母に教えてもらっている。



「フリック様にアルフィーネ様の消息のことをお話するので、足らぬところは補足を頼みます」


「承知しました」



 アルフィーネのことを喋ると決意したように、表情を引き締め直したノエリアが口を開いた。



「アルフィーネ様は、ユグハノーツにてフリック様と同じようにスザーナの父であるロランのもとで容姿を変えられ、金髪碧眼の青年冒険者アル様としてフリック様のことを探しておられました」


「容姿を変えて? あのアルフィーネが? ユグハノーツに?」



 ちょっと情報が多すぎて頭が混乱しそうだ。


 アルフィーネが生きてるとは思ってたけど、容姿を変えてユグハノーツにいるとか一体どうなってるんだよ。



「ええ、そうです。アルフィーネ様は、駆け出し冒険者アル様としてユグハノーツ冒険者ギルドに登録されており、そしてわたくしとはデボン村で父からの使いとして対面しております」


「はぁ!? え? 嘘だろ? 一体どういうこと!?」



 すでにノエリアとアルフィーネは、会ったことがあるとかどうなっているんだ。


 ノエリアがデボン村で会ったというと、俺が鉱山に向かってた時か?


 たしか村に戻ったら辺境伯様の使いは帰ってたし、その冒険者がアルって名前だと聞いた覚えはあったけど。


 まさかその人がアルフィーネだったのか!



「フリック様が混乱されるのは分かります。わたくしもこの情報を伝えられた時は何度もスザーナに聞き直しましたので。理解するまでにはお時間がかかってもしょうがないかと思います」


「ま、まず確認するけど、アルフィーネはすでに王都から脱出してたということに間違いはないと?」


「はい、ロランが容姿を変えられる前のアルフィーネ様を確認しております」



 あの気前のいい床屋さんがスザーナの父親で、実は辺境伯領に流れ込んでくる者の身辺調査をしてたとか思わなかったしな。


 でも、事情通のロランさんが剣聖アルフィーネの姿を見間違えることなんてないだろうし。


 確実に容姿は変えたってことか。



「俺と同じようにロランさんのところで、容姿を変え金髪碧眼の青年冒険者アルとなったということだね」


「はい、容姿を変えたのは近衛騎士団の追手を撒くためと思います。その後、同行者である冒険者の女性と姉弟として冒険者登録をされたそうです。たぶん、その方がアルフィーネ様を王都から救い出した方かと」



 ほとんど人づきあいしてこなかったアルフィーネが、そこまで気を許す相手なんて珍しい……。


 でも、王都の知り合いに顔を出してないことを考えれば、その人が王都から脱出させたと考える方が無難か。



「青年冒険者アルとして、ユグハノーツで俺の消息を尋ね歩いていたと」


「ええ、時期的に見て、わたくしたちがインバハネスに向かう直前には。アルフィーネ様たちはユグハノーツにいたかと」



 同じ時期に……。


 金髪碧眼の――!?



 待て、待て、待て……。


 たしかインバハネスに旅立つ前にぶつかった冒険者!?


 あの人たしかアルって同行者の女性冒険者から呼ばれてた!



 って! あのアルがアルフィーネだった可能性が高いのか!


 嘘だろっ! 全然違う!


 容姿が全然違うのにアルフィーネの面影が重なって変だなとか思ったけど、嘘だろ……。



 俺はユグハノーツでぶつかった青年冒険者の顔が脳裏に浮かんでいた。

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