sideアルフィーネ:追跡
※アルフィーネ視点
元執事だったヴィーゴが乗る馬車は、人通りが増えてきた街道を危険な速度で疾走している。
その馬車との距離をメイラが操る荷馬車がグングンと詰めていた。
「そこの馬車、すぐに速度を緩めて止まりなさい! 聞きたいことがある!」
近づいてきた馬車を運転する御者に対し、あたしは停止を促していく。
しかし、相手は停車させる意思はないようで、無視するように速度を上げていった。
止まる気はないってことね。
人通りも増えてきてるし、こんな場所であんな速度を出してたら事故が起きちゃう。
「メイラ、人通りが途切れたらあの馬車の横に付けられる?」
「おっけー、任せて。あっちに飛び移るなら気をつけてね」
「バレてた?」
「アルきゅんのことなら、お姉ちゃんは何でもわかるからね。マリベルちゃん、さらに飛ばすからしっかりと掴まっててね」
「う、うん。あ、もうじき人通りが途切れそうだよ」
「アルきゅん、行くわよっ!」
人通りが途切れたところで、一気に速度を上げた荷馬車は、ヴィーゴの乗る馬車に追いつき並走を始める。
その瞬間、あたしは相手の荷馬車に飛び移り、御者席に座る御者から手綱を奪い取ると、思い切り引いて馬の速度を緩めたところで御者を蹴り落とした。
「くそっ! 何者だ! 我々が掲げているラドクリフ家の紋章が見えんのか! 貴族の馬車を勝手に停めたらどうなるか知っておるであろう!」
荷室から顔を出したヴィーゴが、馬車を止めたあたしに対し、威嚇するような声で話しかけてきた。
へぇ、あの物静かなヴィーゴがこんな声で怒鳴るのね。
意外だったわ。
声でバレるとマズいと思い、外套で口元まで覆い、普段とは違う声音で喋っていく。
「それは失礼しました。でも、このように人通りの多い街道を、大貴族様の紋章を掲げた馬車が危険な速度で走っていたのがとても気がかりでしたので」
「我々は急を要する仕事をしておるのだ」
ヴィーゴのやつ、もしかしてあたしがアルフィーネだって気付いてない?
外套を目深に被って声も変えてることも影響してるのかも。
普段と違う殺気を帯びた表情を見せたヴィーゴに感心しつつも、あたしは相手がまだこちらの素性に気付いていないこと気づいた。
今なら隙を突いて、ヴィーゴを人質に取れそうな気がするわね。
荷台には院長先生夫妻がいたし、無事に解放してもらえるまでヴィーゴには人質になってもらおう。
「その我らを止めたことは死罪に値する」
怒りの表情を見せていたヴィーゴが、手にした小さな筒をあたしに向ける。
「それは失礼しました。なにとぞ、お許しくださ――」
あたしは謝るフリをして被っていた外套を手に取り、ヴィーゴに投げつけ視界を奪うと、一気に近寄り拘束した。
「ヴィーゴ、大人しくしなさい。そして、中にいる院長先生夫妻を解放するように部下に伝えて」
「そ、その声!? まさか!?」
拘束されたヴィーゴが振り返り、あたしの顔を見ると驚愕した表情を浮かべている。
「その声、金髪碧眼……若い冒険者風の姿……二刀……まさか、ア、アルフィーネか!?」
「返答は保留しとく。でも、今の状況を賢いヴィーゴなら理解できるわよね?」
腰から抜いた小剣をヴィーゴの喉元に押し当てる。
少しでも変な動きを見せれば、ためらいなくこの剣でヴィーゴの喉元を切り裂く準備はできていた。
「ま、待て。待ってくれ、アルフィーネ殿。アルフィーネ殿の件に関して、私はジャイル様に加担させられただけだ。私を解放すればアルフィーネ殿は死亡したとジャイル様に報告し、近衛騎士団からの追手は引き上げさせる。そうすれば、青年冒険者アルとして生きること支障はなくなるはずだ。どうだ、悪くない取引だと思うが――」
「断る。ヴィーゴは今の状況を理解してる? あたしがあんたの喉元に剣を突きつけて、院長夫妻を解放しろと迫ってるのよ?」
「アルフィーネ殿、勘違いしてもらっては困る。ダントン殿とフィーリア殿は、王様から賓客として招かれておるのだ。ジャイル様が二人の饗応を依頼をされており、私がお連れしているところなのだ」
院長先生夫妻が王様から招かれた賓客?
院長先生たちが?
一瞬、ヴィーゴの言葉を信じかけた自分がいたが、どう見てもチラリと見えた二人の姿は賓客として招かれている感じはしない。
「口から出まかせはやめなさい。あたしを見つけるための道具として院長先生たちを利用しようと画策したんでしょ! 早く部下に言って解放させなさい」
「その提案は断らせてもらう。二人を助けたくば、王都のジャイル邸に来るがよい!」
コトリと床に何かが落ちた音がすると、辺りに強烈な光が広がり、あたしの視界を奪っていく。
次の瞬間、あたしはものすごい勢いで御者台から吹き飛ばされていた。
光がおさまると、ヴィーゴ自らが手綱を取り、馬車を動かす姿が見えた。
「ヴィーゴ、待ちなさ――」
地面に投げ出され身体が痛みを発するが、あたしは立ち上がると動き出した馬車に視線を向けた。
向けた視線の先の荷台からは、外套を被った人が筒状の物から赤い光をメイラたちの馬車に向け構えているのが見えた。
なにあの筒状の物は……。
それにメイラたちの方に赤い光が当たってるのは嫌な予感がする。
胸騒ぎを感じたあたしは、メイラたちのいる馬車に駆け寄ると、御者台にいた二人を抱えて近くの街道脇の窪地に転がり込んだ。
あたしたちが窪地に転がり込んだ瞬間、筒状の物が光ったかと思うと、メイラの荷馬車が爆発して炎上していた。
「わ、わたしの馬車がぁーーーーっ! あれ、買うのにどれだけ苦労したとっ!」
馬車が吹き飛んで炎上したのを見たメイラが狂乱したように叫ぶのが聞えた。
「アルお兄ちゃん、馬車が行っちゃうよぉ!」
「他の人に乗せてもらって追いついてもあの武器で狙われたら……。王都まではもう少しだし、ここからは歩いていくしかないわね。ヴィーゴはジャイル邸に来いって言ったしね」
馬車を失ったあたしたちは、走り去るヴィーゴたちを見送るしかできなかった。
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