72:気まずい食卓


 俺たちが街で買い物を終えて駐屯地に戻ると、すでに日は暮れており、スザーナが食事を用意してくれていた。


 ノエリアは俺が倒れたことを終始気にしている様子を見せていたので、帰りの道すがら彼女には俺自身の問題でああなったと説明だけはしてある。


 ただ、元恋人のアルフィーネからの罵詈雑言を思い出したのが引き金で気絶したとは言いづらかったので、少しだけ旅の疲れが出たと誤魔化していた。



「そのようなことが。フリック様、そのようにお疲れなら、しばらくこの駐屯地で静養されますか?」



 食事の準備を終え、席についたスザーナが俺が倒れたと聞いて、そのような申し出をしてくれていた。



 ノエリアもスザーナも静養を勧めてくれるけど……。


 きっと、休んでもアレは治らないだろうしな。



 例の気絶は、自分の名と容姿を変え、アルフィーネからの呪縛を脱したと思っていた俺が、いまだその呪縛は解かれていなかったと知らしめられた出来事だった。



 こんな半端な状態でノエリアと向き合おうとした罰かもしれないな……。


 やっぱり、俺はもう女性とは関わらない方がいいのかもしれない。


 旅の間、ノエリアとは適度に距離を取って、師匠と弟子という立場を明確にしておいた方がお互いのためかもな。



「いや、ちょっと休んだから体調はすこぶる良好だ。それに、そろそろあいつも逃げ出してくるだろうし、いつでもアビスウォーカーの目撃地点に行けるように準備だけでしておこう。ノエリアもシンツィア様も今日はありがとうな。助かった」



 俺は元気なさげに食事をしていたノエリアに向けて、あらためて礼を述べた。



「ほ、本当に大丈夫ですか? わたくしも回復魔法は使えますが、インバハネスの街で医者を探して診てもらった方がよろしいのでは?」


「ほんと大丈夫だって。最近、色々とあって疲れが溜まってただけだろうし。ほら、俺は身体だけは頑丈だから」



 心配そうにこちらを見つめるノエリアを元気づけようと、俺は努めて明るい笑顔を彼女に向けていた。



「そ、そうですか。フリック様がそのように言われるなら……」


「フリックも大丈夫って言ってるし、大丈夫でしょ。それよりもこれズレるんだけど」



 俺の懐にいたシンツィアの骨の鳥がテーブルの上に出てきていた。


 見ると、骨が見えないように皮を繋いでできた被り物を着けており、見た目は真っ赤な小鳥だった。


 ズレて皺が寄っていたので、引っ張って直してやる。



「あー、しっくりきたわ。スザーナ、ちょっと緩く作りすぎじゃない?」


「皮は難しんですよ。それでも縫い目が見えないように縫ったんですけど」



 シンツィアの目の代わりをしている骨の鳥が目立つと、以前から言ってたスザーナが今日の留守番の間に皮を使って作ったものらしい。


 近づくと不自然さを多少感じるが、遠目ならこれでただの鳥に見える気がする。



「シンツィア様も目立ちたくないって言ってたから。その被り物、よく似合ってますよ。まるで、ただの鳥に見える」


「なんかフリックの言葉が褒めてるように思えないんだけど……。まぁ、いいか。ノエリアの肩を借りようっと」



 テーブルの上で自分の身体を覆った皮の被り物を見ていたシンツィアは、短く羽ばたくとノエリアの肩に止まっていた。



「そこにいるとまるで、ノエリアの使い魔みたいにも見えますね」


「実際、使い魔してもいいわよ。視界と聴覚は共有できるし。ノエリア、今度共有したままであたしがフリックの寝袋に侵入してみよっか?」


「フリック様の寝袋に!? い、い、いや。そ、そそ、そんなの困ります! 心の準備が!?」


「秘境フリックの探検はあたしに――って、ちょっと!?」



 ノエリアの肩に止まったシンツィアがいらない話をし始めたので、俺は皮の被り物ごと摘み上げていた。



「そういうのはなし。悪戯してると解体しますよ」


「えー、つまんないー」



 スポンと皮の被り物だけ残すと、シンツィアは骨の鳥になって部屋の中を飛び回っていた。



 使役魔法の師匠として一緒に行動してるけど、あの自由奔放さはガウェイン師匠に通じるものを感じてしまう。


 自ら魔法を創り出すような一流の魔術師って、みんなあんな感じに自由な人が多いんだろうか。



 俺は部屋の天井をせわしなく飛び回るシンツィアを見て、ため息が漏れそうになっていた。



 まぁ、でもシンツィアのおかげで重苦しかった空気が変わったみたいだし。


 これはこれでアリな人なのかもしれない。



 場の空気を読まずに自由奔放に行動するシンツィアに俺は少しだけ感謝をしていた。



「シンツィア様は放っておいて、とりあえず飯にしましょう。今日はなんか無性に腹が減ってる」


「そうですね。考えてみたら、昼食は食べたようで食べれてなかったですし」


「ああ、そうだったな。だから、腹が減ってたんだ」


「駐屯地の皆さんが作った野菜とか頂いてて、食事はたくさん作ってありますので、お腹いっぱいに召し上がりくださいね」



 スザーナに勧められると、盛大に腹の虫が鳴き始めたので、俺は目の前の食事を平らげていくことにした。

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