55:インバハネスの冒険者ギルド
駐屯地で生活するようになり、三日。
朝からインバハネスの近くでディモルの餌となる魔物を狩って、駐屯地の広場に帰ってきた。
その際、広場には見慣れたエネストローサ家の荷馬車の姿が見えた。
「ノエリア。迎えにきたってことはラドクリフ家との交渉は上手くいったのかい?」
ディモルから降りると、俺は待っていたノエリアに交渉の結果を聞いた。
だが、交渉が上手くいかなかったのか、ノエリアの顔色はあまり優れないように見える。
「残念ながら上手くは行きませんでした。入口での自警団とのトラブルは、ラドクリフ家の責任者である代官の方から、我が家への謝罪という形でいちおうの決着をみましたが。ディモルの街への乗り入れは強硬に反対されてしまい許可を得ることは無理でした」
やはり、翼竜を街に乗り入れるのは厳しかったか……。
人の言うことを聞くと言っても、他人からは恐怖でしかないもんな。
「クエェエエ!」
俺は鳴き声を上げたディモルの身体を撫でてやった。
「そうか、仕方ないな。幸い、この駐屯地の人たちはディモルのことを気に入ってくれてるので、ここに宿を取ってインバハネスの街には俺たちだけで入るとしよう。それなら問題はないだろ?」
「ええ、それは問題ないと代官から言質を取って参りました。大見得を切っておいて、この程度のことしかできずお恥ずかしい限りです」
ノエリアは恐縮したように、俺へ一生懸命頭を下げていた。
そんなノエリアの肩に手を当てると、俺はねぎらいの言葉をかけることにした。
「ありがとうな。俺の手抜かりでノエリアには手間を取らせてしまった。今後、別の街に立ち寄る際は事前に申し入れをするから」
「いえ、わたくしにも油断がありましたので、今回のことは心に留め置きます」
「まぁ、お二人ともそのように深刻になさらずとも。失敗は成長の糧と申しますので、二回目がなければ問題ないかと存じます。幸いにして人的被害も物的被害も出ておりませんので。過ぎたことを悔やむよりも、私たちがなすべきことをしなければなりません」
俺たちの重苦しい空気を察したスザーナが、その空気を断ち切るように明るい声を出して話題を変えようとしてくれた。
「そうでしたわね。フリック様、これからインバハネスの街へ行き、冒険者ギルドでギルドマスターに面会し、当地で発見されたというアビスウォーカーの情報を聞きに参りましょう」
「ああ、そうだな。ディモル、留守番を頼むぞ」
「クェエエ!!」
俺はディモルを厩舎に連れて行くと、駐屯地の兵士たちに一言声をかけてから、ノエリアたちとともにインバハネスの街へ向かった。
荷馬車は前回トラブルとなった街の入り口に到着する。
そして、前回と同じように狼の獣人が、俺たちの荷馬車を検めにきていた。
前と同じように荷馬車の中を一通り見て回ると、口を開いた。
「代官様より通達は聞いているので問題はない。今回はあの翼竜も連れてきてないみたいだしな。通っていいぞ」
ノエリアから聞いた話だと、自警団の方もディモルに行った対応を、領主代行をしている代官からかなり厳しく叱られたそうだ。
おかげで問題を起こした俺が再び現れても、獣人たちは我関せずと視線を合わせようとしてこない。
一方、俺も獣人たちと再びのトラブルは御免被りたいので、何も言わずに黙っていた。
「それはどうもご親切に! スザーナ、では冒険者ギルドへ行きましょう!」
ノエリアが珍しく声音に怒りの感情を含ませていた。
ここにくる道中でも、ディモルの扱いに対するインバハネス側の対応に不満があるようで俺以上に怒っている様子だったのだ。
それだけノエリアも、ディモルのことを気に入ってくれているんだろう。
餌づくりは結構な負担だったみたいだから、今度は暇な時にお手入れを一緒にしようかって誘ってみるか。
そっちの方が楽だし、ノエリアもきっと喜んでくれるよな。
「フリック様? わたくしの顔になにか付いてましたでしょうか?」
荷室から顔を出して、御者席のスザーナに指示をしていたノエリアが、俺の視線に気づいていた。
「あ、いや。なんでもないよ。さぁ、冒険者ギルドに行こう。スザーナよろしく!」
俺はノエリアの視線をかわすように、前を向くとスザーナに出発をしようと促した。
「承知しました。では、出します」
スザーナが手綱を動かし、馬を走らせると荷馬車は冒険者ギルドに向けて動き出した。
しばらくインバハネスの街を、道なりに進んでいく。
ハートフォード王国の南東部に位置するインバハネスは、点在する森林と草原地帯の中にある都市であるため、ユグハノーツに比べて木造の建物が多かった。
人は少ないものの、やはりこの辺りでは大きな都市であるため、市には人だかりができていたし、獣人の子供たちが路地裏から飛び出してきたりもしていた。
「街中は平和そのものですね。防壁がないので、みんなもっとピリピリしてるかと思った」
「魔物も冒険者ギルドが自主的に冒険者に依頼を出して積極的に狩ってるそうなので、襲撃は昔に比べれば少なくなったそうですよ」
荷馬車を進めるスザーナが、街の様子を見ていた俺にそう答えていた。
自警団の人があれだけ血の気の多い連中だったから、街の人間も同じように血の気の多い人たちかと思ったけど。
やっぱ、あの自警団の人たちが特に血の気が多いだけなんだろうな。
行き交う獣人たちの穏やかな様子を見て、俺はそう思うことにした。
しばらく道を進むと、荷馬車はインバハネスの冒険者ギルドと思われる木造の大きな建物の前で止まった。
建物には虎が大きく口を開け、牙をむき出している意匠が、壁に掲げられている。
「到着いたしました。私は荷馬車を馬車止めに止めて参りますので、お二人で先にギルドマスターへの面会の約束を取るようお願いできますか?」
「分かったよ。先に行って面会の手はずを整えておく。ノエリア行こうか」
「はい、すぐに」
俺はノエリアの手を取ると、荷馬車から降りて冒険者ギルドの中に入って行った。
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