20:孤児院への匿名送金


「帰ってきたと思ったら、また行くんですか? ヤスバの狩場って魔境の森にめちゃくちゃ近い場所ですよ」



 窓口に立つレベッカが呆れたような顔をしていた。


 たしかに昨日、護衛依頼を終えて魔境の森から帰ってきたばかりだった。



「辺境伯様にいい鍛冶師を紹介してもらえたので……さっそく行こうかと。剣もこんな状態だし」



 ロイドの剣を返したことで、俺の手元にはなまくらな剣しか残っていない。



「ヤスバの狩場の鍛冶師ですか。あー、あの変人鍛冶師のガウェインさんの工房に行くんですか……」


「ああ、鍛冶の腕は辺境伯様のお墨付きだと聞いた」


「たしかに腕は一流ですね。腕は」



 レベッカの目が泳いでいるのを見ると、目的の人物、腕は確かだが素行にかなり難がある人かもしれない。


 けど、腕のいい鍛冶師って多かれ少なかれ変人なのかも。


 アルフィーネの剣を作った王都の鍛冶師も腕は抜群だったが、酒浸りで常に酔っぱらって剣を打ってたからなぁ。



「腕が確かなら、多少のことは問題ないさ。それよりも、換金と依頼票を見せてくれるか? 今日から青銅等級で受けていいんだろ?」


「え? あ、はい。もちろん、青銅等級で大丈夫です。青銅等級の依頼票一覧はこちらですね。換金は護衛出発前に提出された分で四万オンスと、護衛依頼達成分が七〇万オンスとなっています」



 雑談からお仕事に戻ったレベッカは、すぐにカウンターに依頼票の一覧と、お金の入った革袋を差し出した。


 いちおう革袋の中身を確認する。



 金額はちゃんと合ってるな。


 王都の冒険者ギルドの職員だと、たまに金額を間違えてたから確認する癖がついたけど。


 レベッカはしっかりと仕事してくれてるみたいだ。



 革袋を腰ベルトのポーチにしまい込むと、青銅等級の依頼票の一覧を眺めていった。



 どうせ、魔境の森に近いなら日帰りは無理そうだし、泊まりで――!?



 そこでノエリアも同行することを思い出した。魔法の練習を行うためだが……。


 ちらりと待合室の方で自分たちより若い冒険者たちと話している彼女を見る。



 まずいな……ノエリアが一緒だと泊りはなしだ。



「フリック様どうかしましたか? 急にノエリアお嬢様の方を見て?」


「なんでもない。少し聞きたいがヤスバの狩場へは日帰りできるか? 地図はもらったんだが、時間がどれくらいかかるか詳しく知りたいんだ」



 ノエリアと俺を交互に見たレベッカの顔に『ああ、そういうことですね』とでも言いたげな表情が浮かんでいた。


 あの父親だからな。無用の誤解は与えたくない。危険は事前に避けねばならないのだ。



「冒険者ギルドが運営してる馬車の定期便が、グライド大峡谷まで出てますので、それに乗ってもらえば徒歩で行くよりも時間を短縮できて昼前までにはヤスバの狩場に到着でき、用事次第で日帰りはできると思います。グライド大峡谷出発の最終便は日没時ですので、乗り遅れがないようにしてくださいね」



 レベッカがすぐにヤスバの狩場までの最短の行程を教えてくれた。



 グライド大峡谷周辺を移動しながら狩れる魔物の討伐依頼を受けていけば、日帰りもできつつ依頼もある程度こなせそうか。



「グライド大峡谷で遭遇しやすい魔物って何かいる?」


「あの辺ですと……黒角山羊ブラックホーンゴートとか、睡眠羊スリープシープ、火喰い鳥、疾風大鷲ゲールイーグルとかですかね」



 レベッカは自分と同じか少し年上くらいの若いギルド職員だが、しっかりとした知識に基づいたいい仕事をしてくれる。



 地べたを移動する方が倒しやすいから、黒角山羊ブラックホーンゴートとか睡眠羊スリープシープ、火喰い鳥あたりを受けるか。


 少しでも稼いで剣の費用のたしにしないとな。


 それに孤児院にも寄付しておきたいし。



 俺は一覧の中から選んだ魔物の討伐依頼をレベッカに渡す。



「今日はこれで頼む」


「承知しました。すぐに受諾票を発行しますね。少しお待ちください」



 俺が選んだ依頼票を手にすると、窓口の奥に消えようとしたレベッカに別の用事も一緒に頼むことにした。



「あと、とある場所に送金を頼みたいのだけども、ユグハノーツの冒険者ギルドはそういうのも受け付けてくれるかい?」


「送金ですか? 冒険者の方の中には両親や身内の方に仕送りされる方とかもいらっしゃいますのでできますよ。配達は送金先に近い冒険者ギルドのギルド職員が責任をもって行いますし、受領完了したら冒険者ギルド間の連絡便で知らせが来ますのでご安心ください」



 王都の冒険者ギルド同じく、このユグハノーツも指定先に送金をできるようだ。


 ただ、偽名のフリックだと受け取る孤児院の院長夫妻も混乱するだろうし、かといってフィーンの名で出すのはもっとはばかられるので匿名の寄付として送金したいのだが。


 匿名でやってくれるのだろうか。



「送金先が孤児院なので、匿名で寄付を送りたいのだが可能だろうか?」



 レベッカが少し考え込む様子を見せる。


 さすがに身元を隠しての送金は、犯罪にも悪用できてしまうので受けてもらえないだろうか。



「匿名の寄付ですか……寄付者を冒険者ギルドとするのが問題ないのでしたら、冒険者ギルドが各地の孤児院に贈っている支援金という形にしてフリック様の指定する孤児院へ送金は可能です」


「本当にできるのか!?」


「はい、その代わり寄付者は冒険者ギルドになりますし、送金手数料は負担もしていただいたうえ、フリック様の名前は一切出ません。それでよろしいでしょうか?」


「問題ない。三〇万オンスほど送金をしたいので手続きを頼む」



 先ほど受け取った革袋から三〇万オンス分の硬貨を取り出す。



「承知しました。では、送金手数料が二五〇〇オンスかかりますので、そちらもよろしくお願いします」



 追加で二五〇〇オンス分の硬貨を置く。



「お預かりします。受諾票と一緒に今から送金先を記入する書類をお持ちしますのでしばらくお待ちください」


「ああ、頼む」



 これで名と所在を知られることなく、生まれ育った孤児院に援助を再開することができそうだ。


 剣の費用もかかるだろうけど、いっぱい稼いでなるべく多く送金したいし、夢の実現に向けての貯蓄もしたいところだ。



 その後、レベッカが持ってきた送金先の場所を記す書類に生まれ故郷の村と、孤児院の場所を書いた地図を添えて渡すと、ノエリアとともに冒険者ギルドの前の停留所からグライド大峡谷行きの馬車に乗った。

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