17:朝のひと時


 昨夜は、夕食前に俺が宿営地全体に張った聖域サンクチュアリによって、問題がおきることなく夜を越せた。


聖域サンクチュアリを張り巡らせたとはいえ、魔物の密度が高い最深部であるため、いちおう魔物の襲撃を用心して、夜間の仮眠を交代でとって歩哨に立っていた。


 だが、ほとんどの魔物が俺の発生させた聖域サンクチュアリを突破できず諦めて立ち去り、突破してきたのは、俺が歩哨をしていた明け方にきた電撃虎エレキトリックタイガーの一頭だけであった。



 その後、聖域サンクチュアリが破られないか、気にしながら仕留めた電撃虎エレキトリックタイガーの電撃牙と毛皮をさばき終えると日が昇り、仮眠をとっていた皆が起き始めた。


そして、しばらくするといい匂いがし始め、ノエリアから声がかけられた。



「フリック様、朝食をお持ちしました。昨日の残りで作った簡単な物で申し訳ありませんが、お召し上がりください」



 ノエリアの手には、ドラゴネットの肉を薄くさばいて簡単に塩で焼いた物をパンに挟んだものと、温かい飲み物を入れたコップがあった。



「すまない。すぐに手を洗ってくる」


「では、お待ちしております。冷めないうちに戻ってきてくださいね」


「ああ、そうする」



 俺はそうノエリアに返事すると、電撃虎エレキトリックタイガーをさばいた手を宿営地にある水場を汚さないように洗った。



 戻ってくると待っていたノエリアから朝食を受け取って食べることにした。



 本当に塩だけの味付けであったが、やはり新鮮なドラゴネットの肉は極上の美味さであった。


 上手く血抜きされたドラゴネットの肉は高値で取引される。各地の貴族たちが珍重しているからだ。



「うまいな」


「フリック様が上手く血を抜いてくれてたので、塩で焼いただけでも美味しいです。わたくしの場合、血抜きが下手で食べる時は多少血なまぐさくなってしまうのですが。今回はとても美味しくできていました」



 食事を作っていて、まだ朝食を食べていなかったノエリアも隣に座って一緒に食べていた。



 辺境伯ロイドの娘、大貴族の令嬢ノエリアは、魔法を学ぶため魔術師に弟子入りしたり、魔法を実戦で試すため冒険者生活をしている変わり者な子であった。


 なので、普通の令嬢なら音を上げるであろう野営生活も問題なくこなしている。



「ドラゴネットは身体が小さい分、血が全身に回りやすいからな。一気に抜いてやらないと臭みがうつるんだ」



 ノエリアにドラゴネットの血抜きの仕方を教えながら、アルフィーネのことを思い出していた。



 彼女は料理の腕が壊滅的過ぎて、食べられる物を作れなかった。


 だから、自然と役割分担で俺が食材さばきから料理も作るようになっていったな。



 思えば料理が俺の担当となったのを境にして、アルフィーネが掃除や洗濯などの家事を放棄して任せてくるようになったんだよな。


 家事はできる能力を持った俺がやるのが当たり前って、彼女の中で割り切ってたのかもしれない。


 やらされた方はたまったもんじゃなかったけど……。



「フリック様? どうかされましたか?」


「あ、いや。なんでもない。それよりも、悠長に朝飯を食ってたらみんなに置いてかれるぞ」


「え? あ、はい。そうですね。いそぎます」



 嫌な記憶を断ち切るように、俺は残りのパンを口に詰め込み、飲み物で流し込む。


 ノエリアも俺と同じようにしていた。



「ごちそうさん」


「いえ、お粗末様でした。コップは洗ってきますので、フリック様はご自身の支度を続けてください。わたくしの荷物は少ないので準備には時間はかかりませんので」


「すまない、じゃあお言葉に甘えるとするよ」



 俺はノエリアにコップを渡すと、移動をするための荷造りを始めることにした。

 


 今日は調査隊の本来の目的である『大襲来』での戦没者の墓参りをするため、深淵の穴アビスフォールを目指すことになっている。


 距離的には目と鼻の先なので、墓参りが終わったらそのままユグハノーツに帰還するという流れになっている。



「さてと、これを背嚢バッグに詰め込まないといけないのか」



 目の前には昨日狩ったドラゴネット二頭分の素材がならんでいた。



 肉以外でも鱗や翼膜、牙や骨も鎧や武器の部材として重宝され高値で冒険者ギルドに引き取ってもらえるのだ。


 ドラゴンに捨てるところはなしと言われるが、子供であるドラゴネットも同じであった。



 電撃虎エレキトリックタイガーも電撃を発生させる牙は武器の部材として人気が高く、毛皮は電撃を防ぐ防具の材料として需要が高い。



 それらの素材を自らの背嚢バッグに詰め、昨日覚えた軽量化ウェイトセービングで重さを軽減しておいた。



 魔法がかかった背嚢バッグを背負い重さを確認する。


 いままでとは違い、かなりの軽さになっていた。



「よし、軽くなった。これなら背負ってないのと同じだ」


「フリック殿……頼みがあるんですが」



 荷造りの準備をしていた俺に護衛の騎士たちが話しかけてきた。



「頼みですか?」


「ええ、できればでいいんですが……魔力に余裕があれば、その軽量化ウェイトセービングを我らの背嚢バッグにもかけてもらえないでしょうか?」


「ああ、そんなことですか。ほとんど魔力は消費しないですしいいですよ。荷物はやっぱ軽い方が楽に移動ができますし」


「か、かたじけない」



 護衛の騎士たちがすまなそうに頭を下げていた。


 鍛えている騎士とはいえ、荷物が重いのはやはりこたえるようで、昨日軽量化ウェイトセービングをかけた背嚢バッグを担いだ騎士が仲間に効果を力説したようだ。



 準備を終え背負われた護衛騎士たちの背嚢バッグ軽量化ウェイトセービングをかけていく。


 未体験だった騎士たちは重さを確認して驚いていた。



「小僧、わしの護衛騎士を堕落させるつもりか?」



 騎士たちの荷物に軽量化ウェイトセービングをかけていた俺へ、準備を終えた辺境伯ロイドが声をかけてきた。



「ま、まずかったですか?」



 ロイドは厳しい視線で、俺と護衛騎士たちを見ていた。



「と言うのは、王都に籠っておるポンコツ貴族どもだけだろうな。小僧の魔法でわしの護衛騎士の負担が軽減すれば、護衛されるわしの危険は減るからのじゃんじゃん使えばよい」


「はぁ、ありがとうございます」



 どうやら勝手に魔法を使って、護衛騎士たちの負担を軽減したことを怒っているわけではなかった。


 自身も冒険者だったので、荷物を運ぶしんどさを知っていると思われ、騎士たちを戒めることはせず、騎士たちが後ろめたさを感じずに積極的に頼みやすいよう、あえて口に出したのかもしれない。



「ロイド様、そろそろ出発のお時間です」


「遅くなりました。わたくしも準備は終わっております」



 後片付けをしていたノエリアも合流して、これでみんなの準備が終わっていた。



「では準備も終わってるようだし、出発するとしよう」



 ロイドの号令で、俺たちは宿営地を後にすると、最終目的地である深淵の穴アビスフォールへ向け出発した。

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