sideアルフィーネ:剣聖の後悔


 ※アルフィーネ視点



 すでにフィーンがこの屋敷を去って一ヶ月が経った。


 彼があの日言った絶縁宣言は本当の気持ちだったと思うしかない。



 本当なら、今頃二人の夢であった孤児院を作るための用地を探しているはずだったのに……。


 あいつはその夢もあたしも捨てて、どこか知らない場所へと飛び出していった。



 本当の親の顔もみたことないし、孤児院を出てからは素の自分を見せられる親しい存在と呼べる間柄はあいつしかいなかったのに。


 なんで出ていったのよ……なんで……。



 未だに認めたくない気持ちの方が強いが、自分のフィーンへの行動の理由は、この一ヶ月でなんとなくわかってきていた。



 あたしがフィーンの存在に甘えすぎてたんだ……産まれた時からずっと一緒にいたから、素の自分を見せてフィーンになら甘えていいと思ってた。


 みんなからは剣聖や剣の女神なんて呼ばれるけど、素の自分はわがままだし、気に入らないことがあるとすぐ怒るし、家事全般苦手だし、それにフィーンが他の女の子と喋らないように色々と口をだしてたし……。



 そんな自分だから、漠然とだが、いつかフィーンがどこかに行っちゃうかもって思ってた。


 だから彼の気持ちもしっかりと確認せずに、恋人だって周りに言いふらしてまで自分のそばに置こうとしてた。



 我ながら愚かなことをしたと思う。


 自分がフィーンにしてきた仕打ちをされていたら、とっくに彼のもとから逃げ出していただろう。


 けど優しいフィーンは、そんなあたしの仕打ちに黙って耐えてた。



 でもそれに全然気づけなかったあたしに嫌気が差して、絶縁宣言を残しすべてを捨ててこの屋敷から去ったのだろう。


 地位も夢もあたしとの未来も全部捨てて。



 あたしは後悔する気持ちを感じ、強く爪を噛んでいた。



 もしフィーンが見つかっても、もう以前のような関係には戻れないかもしれない……。


 でも、せめて今までの仕打ちに対してだけは謝罪をしておきたい。


 たとえ、フィーンがどんな罵声を浴びせてきても、あたしはそのことを彼に謝罪するべきだ。



 ごめん、フィーン……あたしが悪かった。


 この言葉がもっと素直に言えてれば……結果は違ったかもしれない。



 そう思うと、自然と頬を涙が伝っていた。

 

 そんな時、ドアがノックされた。



「アルフィーネ様、ご報告したいことがあります」



 ノックの主は執事だった。

 

 急いで頬の涙を拭うと、平静を取り繕った。



「いいわ、入りなさい」



 ドアを開けて執事が入ってくる。



「フィーン様の捜索の件で進展がありました。以前お仕えしていた貴族家の伝手を使い、冒険者ギルドの幹部に話を付けて聞き出した話ですが、フィーン様の白金徽章を着けた男がアルグレンで拘束されたようです」



 執事からもたらされた報告は、情報量が多すぎて理解するのに少し時間を要した。



 フィーン本人が見つかったということじゃないわよね。


 でも、なんで冒険者徽章がフィーンの物だと分かったのかしら……。


 王都の冒険者ギルドの白金等級とまでは見ればすぐに分かるけど、誰のかなんて判別しようがないはず。



 執事からもたらされた報告にあたしは首を傾げていた。



「ちょっと待って、そのアルグレンで拘束された男の徽章が、フィーンの白金徽章なんて、なんでわかったの?」


「それは私の以前勤めていた貴族家の伝手でして。本来なら冒険者であらせられるアルフィーネ様にはお話できないことですが、王より爵位をもらい貴族となられた御方なのでお伝えさせてもらいます。ただし、これから話す内容は内密にお願いします。漏洩すればこの家は取り潰されますし、アルフィーネ様も冒険者として生きていけなくなりますので」



 執事はもったいぶった物言いをして、あたしをイライラさせてきた。



 以前に彼が勤めていた貴族家は潰れたらしいが、その家が何をしていたかは知らないのである。


 素性を詳細に調べず雇い入れたが、王に気に入られて成り上がり貴族になったあたしに執事として仕えてくれそうなのは彼しかいなかった。



「分かったわ。今から貴方に聞くことは他言いたしません。自らの剣に誓って」


「ありがとうございます。実は冒険者ギルドの白金等級の徽章には、悪用防止と個人識別用のため微細文字が彫金されています。白金等級の冒険者は貴族の護衛任務なども依頼されますので、白金等級の冒険者の身元保証をしている冒険者ギルドとしても悪用は避けたいのです。ですから、各地の冒険者ギルドが白金等級と決めた冒険者には似顔絵と特徴、そして識別用の微細文字を書いた白金冒険者登録書が作成され、全ての冒険者ギルドに配布されています」



 そんな話は初耳だった。


 白金等級になった時、冒険者ギルドからはどこでも通用する身分証なので、必ず見える位置に着け無くさないようにとは言われたけど。


 なりすまし防止の措置が施されていたとは……。



「これもアルフィーネ様がお産まれになる以前、冒険者ギルド側の管理が緩く、冒険者が勝手に白金等級冒険者になりすまして色々と問題が大発生した教訓を生かした物でして。冒険者ギルド職員か貴族でも一部の者しか知りません。今回のようになりすましを行えば重罪人として重い刑罰が科されるでしょう」


「でもそんな話を冒険者ギルド側から聞いてないわ」


「言えば、悪用を考えている冒険者との知恵比べになるのですよ。ですから、冒険者には伝えず、この識別用の微細文字も冒険者ギルドが管理する特殊な職人しか彫れないものなのです」



 そう言うことね……。


 白金等級は冒険者の最高峰として社会的信用も高い存在だし、その素行に責任を負うことになる冒険者ギルドとしてもなりすましは根絶したいということね。



「なるほど、そのような管理がされていたのですね。で、今回フィーンの識別用の微細文字が入った徽章を着けた男がアルグレンで見つかったと」


「はい、そうです。すでに冒険者ギルドが拘束しておりますが会いにいかれますか?」


「貴方はフィーンがアルグレンにいると思う?」



 執事の質問に対し、質問で返していた。



 辺境行きの駅馬車で見かけたのがフィーンの最後の目撃情報である。


 アルグレンは北部とはいえ辺境ではない大都市だった。



 あたしの追跡を撒くため、辺境に行ったと見せかけ、フィーンの徽章が見つかった北部の大都市アルグレンに潜りこんでいるのだろうか?判断できないでいた。



「現状ではフィーン様の足跡を示すものは徽章しかありませんので、行ってみる価値はあるかと。近衛騎士団の剣術指南の方は、王に願い出ていっとき休暇をいただけばよろしいかと存じます」



 執事は行く価値はあると言っていた。


 もし、アルグレンでフィーンに会えたなら、謝罪だけでもして帰ってこようという気持ちが強くなった。



 仮に会えなくても、フィーンの徽章を手に入れた男から何かしらの情報は引き出せるかもしれないし。


 よし、ここで籠って悩んでてもしょうがないアルグレンに行こう。



「分かりました。すぐに王へ謁見し、休暇を願い出ます。許可が出ればそれからアルグレンへとたちますので準備を進めておくように」


「承知しました」



 執事が一礼して去ると、代わりにメイドが入ってきて、謁見用の衣服を着せてくれた。


 そしてその足で王城に向かい、王へ休暇を願い出ると認められ、あたしは一路北部の大都市アルグレンに向かうことになった。

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