49:滾る魔剣


 全身鎧の魔術師が使った魔法に関してはノエリアにも聞いてみたが、彼女も『見たことも聞いたこともない魔法』だという返答しかもらえなかった。


 魔法研究に関しては、ライナスの弟子としてかなりの情報に触れているはずの彼女でも知らないとなると、極めて特殊で伝承者の少ない魔法である可能性が高いと思われる。


 あの魔術師は顔も名前も知らないが、俺たちの目的地であるインバハネスに向かい駆け去った。


 なので、また道中や街で出会ったら魔法に関して教えてもらおうと、ノエリアと話し合って決めていた。



 それからの数日、インバハネスに向かう道中は何ごともなく進む。


 変わったことと言えば、途中ですれ違う冒険者たちに、獣人が混じっていることが多くなってきたことくらいだ。



「そう言えば、王都ではほとんど獣人を見かけなかったんだけど、なんでインバハネスの街にはそんなに獣人たちが集まってるんだろうな」



 揺れる荷馬車の中で、いましがたすれ違った獣人の冒険者たちを見ていて、ふと思ったことを口にしていた。



「インバハネスの街に獣人たちが多いのは、元々そこが彼らの独立国家だったことに起因していると聞いたことがあります」



 隣に座るスザーナが手綱を握ったまま答えてくれていた。



「独立国家?」


「ええ、元々ハートフォード王国が独立国家だったインバハネスを征服して属国化し、最終的には併合したので。建国の歩みを記した書物には、最後まで抵抗した国家として名が残っているそうですね」


「獣人たちの国だったのか……何百年も前の話だよな」


「そうですね。ハートフォード王国が建国され、そろそろ三〇〇年ほどですし。その三〇〇年の間に、インバハネスは何度も獣人たちが武装蜂起してるので、王国も治安に神経を尖らせている地です」



 ただの有能なメイドかと思っていたスザーナが、意外とハートフォード王国に関して物知りであった。


 冒険者をしていたとはいえ、王都周辺を生活圏にしていた俺からしてみれば、インバハネスも辺境の一都市ということ以上の情報は持ち合わせていなかった。



「何度も武装蜂起してる都市ってなると、領主なしの王国の直轄領扱いかい?」


「ええ、最近までは王国が軍を置いてましたが、二年前に王様が突如としてラドクリフ家の嫡男ジャイル殿に与えられました。それからは近衛騎士団があの地に支所を建て分駐してるそうです」



 スザーナの口から、あまり聞きたくない男の名前が出てきていた。


 近衛騎士団長であるジャイルの名だ。


 俺たちに無茶な魔竜討伐をさせた張本人であり、アルフィーネを剣聖にするように働きかけ、貴族に推薦した男。



 二年前ってなると、俺たちが魔竜を討伐した頃と重なるな……。


 あの討伐した魔竜の角を取り上げられて、勝手に王に献上してたから、それの褒賞として領地を下賜してもらっていたのか。



 アルフィーネが貴族になっても、俺自身はただの冒険者のままだったので、貴族の動向なんてまったく気にせずにずっと冒険者生活を続けていたのだ。


 そんな事情があったとはな……。


たしかに領地をもらい、かなり得していたとすれば、アルフィーネにあれだけよくしてくれたのは理解できるな。



「ということは、今はラドクリフ家の所有する都市というわけかい?」


「ええ、正確にはラドクリフ家嫡男のジャイル殿が領主の都市ですね。まぁ、でも彼は近衛騎士団長として王都に常にいる身でしょうし、代官が都市を仕切っているかと思われますが」



 近衛騎士団長ながら、弱卒近衛の中で最低の技量とアルフィーネに言わせたジャイルが、領主になったとはいえ辺境にくるとは思えないしな。


 スザーナが言ったとおり、家臣の誰かを代官にして、その税収で贅沢な暮らしをしているんだろう。



 それにしても、ラドクリフ家のことを嫌っていたロイドが今回の行き先に対し、何も言ってこなかったな。



「ラドクリフ家といえば、辺境伯様と仲が悪いみたいだけど……いまさらなんだが、俺たちがインバハネスの街に行っても大丈夫なのかい?」


「ロイド様も大貴族の務めとして、ラドクリフ家とはそれなりに交流はしております。なので、ご安心を。それにライナス様からの紹介状もありますので妨害されることもないでしょう」


「なるほど……手は打ってあるんだね」


「ええ、戦闘ができない分、私はそういった分野で色々とお二人の旅が上手くいくよう、根回しさせてもらいますので」



 どこかただのメイドとは思えないスザーナであるが、魔法以外のことは、各地の事情に色々と詳しそうな彼女に聞いてみるのもいいかもしれない。



 そんな風にスザーナと話していたら、荷室で魔剣となにやらヒソヒソ話をしていたノエリアが御者席に顔を出してきた。


 魔剣は新たな魔法を覚えるための講義と称し、たまにノエリアとヒソヒソ話をしている。



 魔獣ケルベロスを倒したことで火の矢ファイアアロー火炎剣フレイムソードだけでなく、空気壁ウィンドバリア癒しの光ヒーリングライト突風ゲールウィンドなどいくつかの魔法を使いこなせるようになっていた。


 

「フリック様、魔剣への魔法の講義を終わりました。この子と話してると、色々とわたくしも頑張らないといけないと思えます」


「そうか? 講義中にこいつがうるさくしてないか?」


「いえ、なんにでも真面目に取り組むいい受講生ですよ」



 そう言って、ノエリアが魔剣を差し出してきたので受け取る。


 すると、すぐに魔剣がしゃべり始めた。



『マスター、頑張って魔法覚えてます! でも、そろそろ新たな因子が欲しいところです。どっか、その辺の魔物斬っていいですか!』


「俺が振らなきゃ魔物は斬れないだろ。魔法じゃ因子は吸収できないし」


『そ、そうでした。いやーでも、今すごくやる気に満ちてるって言うか、因子を欲しているというか、血が――』


「そういうことを言うなと常日頃から言ってるだろ。魔剣認定されたら、色々とお前の立場も悪くなるんだからな」


『あぅ、そうでした。では、この高鳴る気持ちはどうすれば――』


「じゃあ、今から手入れしてやるからそれで我慢しろ」


『え!? ほんとですか! やったー! お手入れだー!』



 魔剣は寝ている時は静かだが、起きるとこうやって騒がしいのである。



 まぁ、俺もノエリアも口は重い方だし、スザーナもそう喋る方ではないから、騒がしい魔剣がみんなを和ませているんだよな。



「ノエリア、悪いが道具を取ってもらえるか?」


「少々お待ちくださいね」



 俺は因子に飢えている魔剣をなだめようと、手入れを始めるための道具をノエリアに取ってもらうため、荷室の方へ身体を向けていた。


 そんな時、手綱を握るスザーナが切羽詰まった声で危機を告げてくる。



「フリック様、前方から大量の土煙が上がってます! あれは魔物が暴走してる!? こっちに来てます!」



 その声に慌てて街道の方を見ると、遠くに大量の土煙が上がり、魔物か何かがこちらに向かってきていた。


 そして、その魔物たちの前には、獣人らしい冒険者たちが何名か必死の形相で走っているのが見えた。

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