69:駐屯地でのひと時

「クェエエ!」



 先に到着していたディモルが、巨馬に乗って厩舎にきた俺を見て鳴き声を上げていた。



「ブルフィフィーン」



 そんなディモルの歓迎を『空の王者である翼竜なのに、はしゃぐんじゃない』とでも言いたげに巨馬はいななく。



「とりあえず、俺たちは街では宿を取らずにここで寝泊まりしてるから。逃げ出したらここで匿ってやれるはずだ」



 巨馬を連れてインバハネスの街に戻る前に、自分たちが寝泊まりしている駐屯地の場所を俺は教えていた。



「ブルフィフィーン」



 巨馬は『気が向いたらな』とでも言いたげにいなないていた。



「ああ、分かってる。お前の気分が向いたら来てくれればいいさ。餌は心配しないでもいいぞ。俺が頑張って稼ぐつもりだからな。好きなもんとかあるか? 用意しておくけども。ああ、そうだ! 冒険者ギルドに行く前にディモルと一緒に旅の汚れを落としてやろう。あぁ、遠慮はしなくていいぞ。俺が好きでやるだけだからな。そこで止まっててくれればいいだけだ。待ってろ、すぐに準備してくる」



 俺は巨馬とディモルの旅の汚れを落とすため、駐屯地の井戸に水を汲みに走っていた。



「フリック様? 今日はこちらで一旦お休みされて、明日あらためてインバハネスの冒険者ギルドに伺うということでよろしいでしょうか?」



 井戸に向かう俺に荷馬車にいたノエリアから声がかけられた。



「ああ、そのつもりだ。あいつも綺麗にしてやったらもっと見栄えが良くなると思うしな。そうだ、ノエリアも一緒にあいつの身体を洗ってみるか?」



 途端にノエリアの頬が紅潮するのが見て取れた。



 やっぱりノエリアも動物の世話がしてみたかったんだな。


 ディモルの餌づくりは大変だけど、お手入れくらいならノエリアでもできそうだし、二人でやればそう負担にはならないはず。



「しょ、承知しました。すぐに支度をいたしますっ! スザーナ、ローブと杖をよろしく。わたくしはフリック様と一緒にディモルとあの巨馬のお手入れをいたしますっ!!」


「ノエリア、頑張って誘惑するのよー」


「ファイトです。ノエリア様」



 スザーナとシンツィアが何かノエリアに声援を送っていたが、ただ普通に身体を水洗いして汚れを落とし、拭きあげてやるだけなんだけどなぁ。


 でも、ノエリアにとってみれば大仕事か。


 何事も自分基準で考えたらダメだな。



「フリック様、準備できました! わたくしもお手伝いいたします」


「ああ、まずは水を汲んでこようか」



 俺はノエリアとともに井戸まで行くと、お手入れをするために木の桶に水を入れ両手で持って巨馬たちの元に戻った。



「ブルフィフィーン」


「クェエエ!」


「ああ、ノエリアも一緒にやりたいってさ。大丈夫、俺がきちんと教えるから安心してくれ」


「は、はい。フリック様に手取り足取り、きちんと教えて頂きますのでよろしくお願いします」



 ノエリアがディモルと巨馬に向けて、深々と頭を下げていた。


 その様子を見ていたディモルと巨馬が、背の低いノエリアでも洗いやすいように地面に伏せて座ってくれた。



 やっぱ二人とも頭いいよな。


 ノエリアのためにちゃんと座ってくれるとは。



「ありがとな。ノエリア、とりあえず巨馬の方からいこうか。まずは水で濡らした布を絞ってみて」


「は、はい。こ、こうですか?」



 非力なノエリアが一生懸命に布を絞っているが、まだちょっと水気が多かったので、彼女の後ろに回りそっと手を添えて布を絞ってあげた。



「これくらいかな?」


「あ、ひゃ、ひゃい。こ、これをどういたしましょうか?」



 俺がノエリアの背後からノエリアの持つ布に手を添えたため、ノエリアと身体がくっつきそうなくらいまで近づいていた。ノエリアから発する熱量が心なしが増えた気がする。



 そんなにお手入れするのを喜んでもらえるなら、ちゃんと教えてあげないとな。



 俺はノエリアの手を取ると、二人で巨馬の背中を丁寧に拭きあげていた。



「まずは背中から。急に冷たい水をぶっかけるのはビックリしちゃうから、まずは固く水を絞った布で大雑把に汚れを落としておくんだ。その間に他の桶に汲んで置いた水が日の光でちょうどよくぬるくなるだろ」


「あぁ、ひゃい。そうですね。はぁはぁ」



 ノエリアは初めて動物の手入れをするようで、緊張からか手が震えて、呼吸も荒くなっていた。



「ノエリア、緊張しなくても大丈夫だって、俺も一緒にやってあげるから」


「はぁ、はぁ、ち、近いっ! ああ、こんなことって! フ、フリック様、こうでよろしいのですか?」


「そうそう上手いよ。優しく拭きあげるんだ。汚れは上から下へ落としてやった方が効率よくできるぞ」



 少し身体の距離が近かったため、ノエリアの耳元で囁くような形になってしまった。



「あ、あ、あ、そんな。そんなことって……」


「あ、ごめん。耳に息がかかったかな?」


「ち、違います! こちらが勝手に喜んで――はぁはぁ」


「ブルフィフィーン」



 こちらの様子を見ていた巨馬が『やれやれ』と言いた気に鳴いていた。



「なんでそんな顔をするんだ? ノエリアだって一生懸命にやってるんだろ」


「ああ、フリック様。すみません、すみません、こちらが喜んでしまったのを馬が察しているのかと……」



 ノエリアが少しうつむいてボソボソと喋っていたが、どうやら気分を害した様子はなかった。



 半ば俺が無理矢理に誘ったから、これで嫌いになられても困るし、気分を害してなくてよかった。



「そ、そうなのか? それならいいけど。ずっとノエリアがお手入れをしたそうにしてたのを見てて、誘ってみたんだが喜んでもらえたらそれはそれで良かったが」


「クェエエ!」


「ディモル、ありがとう。わたくしは大丈夫よ」


「ディモルまで何か言いたそうな顔をして……。そっちもすぐにお手入れしてやるから待っててくれよ」



 それから俺たちは一緒になって、水に濡れながら巨馬とディモルの旅の汚れを落としてやり、無事に二頭を綺麗にすることができた。


 ノエリアも満足だったようで、普段あまり見せない笑顔を終始見せていた。俺としても大満足の時間だったとだけ付け加えておくことにする。

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