sideアルフィーネ:王都へ

 執務室に入ると、中の執務机には狐顔をした獣人が座っていた。



「貴方たちが辺境伯様から身分を保証されたというアル殿、メイラ殿、マリベル殿の三名ですな。エネストローサ家からの使者だという話ですが、来訪された目的は、ノエリア様たちの報告してきた鉱山の件でしょうか?」



 ギルドマスターのギディオンは、執務机の椅子に座ったままこちらの様子を窺うような視線を送ってきている。



 そう言えば鉱山の話は、公にできない重要機密みたいな扱いだったはずだけど。


 あたしたちはただフィーンの行方を捜索しにきただけだし。


 下手に勘ぐられて、捜索に協力してもらえないのも困ったことになりそう。



 あたしはギディオンの反応が気になったので、あえて来訪の目的が別であると彼に伝えることにした。



「いえ、その件にあたしたちは全く関係ないです。ただ、個人的な人探しをしてまして――」



 あたしたちの来訪目的が鉱山の件でないと知ると、途端にギディオンの顔から緊張が解けた様子が見えた。



 例の鉱山爆発事故はインバハネスの冒険者ギルドにとっても、デリケートな問題っぽい。


 爆発に領主が関与していたかもしれないって話だしね。


 下手に突いて、火の粉が冒険者ギルドまで飛んでくるのは避けたいところか。



「ふぅ、個人的な人探しでしたか。エネストローサ家からの使者と聞いて、鉱山爆発事件の追加報告を確認しにきたのかと思いましたぞ」



 安堵のため息を吐いたギディオンが、懐から取り出したハンカチで額から流れ落ちる汗を拭いていた。



「辺境伯様はそっちも気にしてたみたいだよー。ギディオン様が新しい情報を得ていたら教えて欲しいって言ってたー」



 え!? ちょっと、マリベル!? そんな話は辺境伯から聞いてないけど!?



 マリベルの発言にあたしもギディオンもギョッとした顔をした。



「ちょ、ちょっと、マリベルちゃん!?」


「マリベルは頼まれたお仕事はキチンとやるって決めてるんだ。ギディオン様、なにか新しく手に入れて情報があったら、辺境伯様にお手紙書くよー」



 マリベルは背中に背負った背嚢バッグから、紙とペンを取り出して、一言も聞き逃すまいとギディオンを見つめていた。



 マリベルがお仕事熱心なのは知ってたけど、相手は荒くれ者の冒険者を使いこなすギルドマスターなんだけど。


 いくら辺境伯様から頼まれているからって、そんなハッキリと聞いたら――。



「これは……厳しい。辺境伯様もこのように幼い獣人の使者を送ってくるとは……」



 マリベルからの追及を受けたギディオンが困り顔で、溢れる汗を拭いていた。



「ノエリア様たちにしっかりと情報を集めておいて欲しいと頼まれていた手前、使者の方に難航してるとは言い辛いのだが……」


「鉱山爆破の件は進展なし?」



 ギディオンの座る執務机にマリベルが紙を持って近づいていく。


 あたしが止めようとすると、ギディオンが『大丈夫だ』と言いたげに手で制してきた。



「ああ、こちらも冒険者たちを派遣して色々と現地を調査させているが、いろいろ各方面から横やりが入っていてね。近衛騎士団がもみ消しに動いているんだよ。これは新情報に値するかもしれんな。マリベル殿、きちんと報告をしておいてくれると助かる」


「分かったー。ちゃんと、書いとくね」


「あと、自警団の一部も近衛騎士団と代官に加担して、例の爆発事故を隠蔽しようと動いて、冒険者ギルドにも圧力をかけてきてるのだよ。情報集めが捗らないのはその影響もある。できれば、うちはノエリア様たちの受けているアビスウォーカー捜索に協力したいとは思ってるんだがね」



 マリベルはギディオンの話を聞きながら、紙にすらすらと書き取っていく。



 字も綺麗で読みやすいし、文章も理解しやすくしてるわね。


 あたしは字も汚いし、こういった文章関連のことはフィーンに丸投げしてたからなぁ。


 フィーンときちんとお別れしたら、いっぱい練習しないと。



 ギディオンとマリベルのやり取りを、ぼんやりと眺めていたあたしの脇腹を隣に立つメイラが突いて耳打ちしてきた。



『ちょっと、フィーン君の居場所聞きにきたんだよね? 聞かなくていいの?』


『あっ、ごめん。ついマリベルちゃんの仕事に見惚れてて。すぐに聞くから』



 ギディオンの様子を見てると、この街に辺境伯の一人娘であるノエリアがいることには間違いなさそう。


 だから、きっと護衛任務を受けてるフィーンも一緒にいるわよね。



 メイラに促され、ギディオンの報告が終わったところを見計らって、フィーンの居場所を尋ねることにした。



「辺境伯様の手紙を出し、ギディオン様を慌てさせて申し訳ありません。ボクたちがこのインバハネスに人探しに来たのは、『真紅の魔剣士フリック』の居場所を探してなんです。ボクが彼に個人的な話があって会いたいのですが、下にいなかったところを見ると今はノエリア様と依頼を受けて街の外に出てますか?」


「フリック様を探してですか……?」


「ええ、フリックです。今、彼はどこにいるかギディオン様は知っておられますか?」


「知ってはおりますが……色々とその申し上げにくいことになっておりまして……」



 あたしがフリックの居所を知りたいと聞いたことで、ギディオンの言葉が歯切れの悪い物になっていく。



「早急に彼に会いたいのですが、どうか居場所を教えて頂けないでしょうか?」


「なにぶん、ご本人様から居場所の話はしないでくれと言われておりまして……。それにノエリア様からも色々と口止めがありまして……。辺境伯様から身分を保証されておられる御方なら話しても差し支えはないとは思うのですが……」



 二人から居場所についての口止めをされていることを漏らしたギディオンは、再び額から玉のような汗を滴らせていた。



 二人して他の人に言い辛い場所にいるってこと?


 それとも、鉱山爆発の証拠集めをラドクリフ家に察知されないように身を隠しているとか?



 そんなギディオンの様子を見ていたメイラは、腕を組んで足で床を鳴らし、苛立ちを見せたかと思うと、執務机を激しく叩いて口を開いた。



「あんたそれでもギルドマスターなの! こっちの身分は確かめたんだから、喋るなら喋る! 喋らないなら喋らない! どっちかハッキリしなさい!」



 辺境伯の使者とはいえ、冒険者であるメイラのとった態度は、ギルドマスターであるギディオンに対し明らかにやりすぎであった。



「ちょ、ちょっとメイラ姉さん!? 落ち着いて!」


「こんな歯切れの悪い答弁を聞きに、このインバハネスまで来たわけじゃないでしょ! うちの弟がどれだけ――!」


「ボクのために怒ってくれるのはありがたいけど、ギディオン様にも立場があるでしょ」


「分かってる。分かってるからもどかしいの! あー、もう」



 メイラが自分のために怒ってくれたのを見て、少しだけ嬉しく感じている。


 はた迷惑と言えばそれまでなんだけど、自分のために真剣になってくれる人の存在が、心を温かくしてくれていた。



「分かりました。教えます。教えますから」



 あたし以上に威勢のいい啖呵を切ったメイラの勢いに押されたのか、歯切れの悪かったギディオンが額に浮かんだ汗をぐっしょりと濡れたハンカチで拭いフィーンの行方を教えると言った。



「フリック様とノエリア様は現在このインバハネスにはおられません」


「はい? いないってどういうこと?」


「言葉の通りです。ここでの情報収集を終えたらアルグレンに向かうとは言っていたのですが……。なぜか急に王都へ行くと行かれまして……。剣聖アルフィーネ様が処刑されたことをフリック様がいたく気にしていたと冒険者たちが話しておりまして。挨拶もそこそこにこのインバハネスを旅立たれてしまわれたのです。その際、行き先についての口止めをされておりました」



 もしかしてフィーンは、ジャイルが流したあたしが処刑されたって話を真に受けたの!?


 あたしと絶縁するって言ってたのに……なんで、なんでよ。


 ワガママで自分勝手なパワハラ女が死んで、せいせいしたざまあみろって思うだけでしょ。


 なんで、馬鹿で甘ったれなあたしのために、王都になんて向かっているのよ……。


 それじゃあ、まるで――



 ギディオンからフィーンの行方を聞いて、自然と眼から涙が溢れるのが止まらなくなっていた。



「申し訳ありません。フリック様は事情があってお忍びで王都に向かいたいと言われておりましたので」


「い、いえ。教えて頂きありがとうございます」



 あたしは溢れた涙を拭うと、フィーンの行方を教えてくれたギディオンの手を握り頭を下げていた。



「何やらアル殿とフリック殿には色々とあるご様子ですな……。何があったのかは詮索する気はありませんが、彼はこのインバハネスにとっても恩人だということは忘れないで欲しい。彼に何かあればこちらも相応の対処をさせてもらいます」


「そのようなことはこの剣に誓っていたしません。ただ、ボクは彼から罰を受けなければならない身だとだけお伝えしておきます」


「罰ですか?」


「ええ、大きな傷を与えてしまったことに対する罰をボクは受けないといけないのです。そのために彼に会いたい。ただ、それだけです」



 あたしとフィーンとの間にあったことを知らないギディオンは首を傾げていた。



「でも、見たところ貴方もひとかどの人物に見えるが……」


「まだまだ、未熟ですし、以前はもっと未熟でしたので……」


「そうですか。でしたら、早くインバハネスを立たれた方がよろしいかと。フリック様たちが出発されたのは二週間ほど前ですし、そろそろ王都についておられる頃のはず」


「そ、そうなのですね。分かりました。すぐに立ちます。メイラ姉さん、マリベルちゃん、すぐに出発しよう」


「ちょ、ちょっとアル!?」


「アルお兄ちゃん!?」



 あたしはギディオンに軽く頭を下げると、メイラとマリベルの手を引き、執務室から飛び出すとすぐに準備を整えてフィーンの向かった王都へ荷馬車を走らせることにした。

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