sideジャイル:焦りの近衛騎士団長

 ジャイル視点



 ヴィーゴから借り受けた騎士に背中を斬られ、すでに二週間ほどが経過していた。


 背中に受けた傷はヴィーゴが王都で一番の回復魔法の使い手を呼び、治療を続けた結果、傷跡こそ残ったものの痛みはすでに引いていた。



「傷はほぼ完治しました。ここまで治れば、今後痛みが出ることもないかと。それでは私はこれで失礼いたします。何かあればすぐにお呼びください」



 治療を担当している魔術師が治療を終えたことを告げたので、わたしは犬を追い払うかのように手を振って退出を促す。


 本日の治療を終えたことで、メイドたちが現れ衣服を着せてもらう。


 服を着ている最中も背中の傷跡が気になり、わたしはメイドに鏡を持たせ、合わせ鏡で傷の様子を見ていた。



 この私が背中に傷を受けるとは……。


 これではまるで私がアルフィーネに怖気づいて逃げ出したところを斬られたと思われるではないか。


 近衛騎士団長たるわたしが……こんな傷を。



 鏡で傷を見ているうちに苛立ちが腹の底から上がってくるのを感じていた。


 そんな時、その傷を作るように指示をした男が寝室の扉を開け、入ってくる姿が見えた。



「治療は本日で終わったようですね。さすが、王都で一番の回復魔法の使い手だけのことはあります」


「お前の失態のおかげでわたしはこんな傷を負うはめになったのだ。この傷の代償は高いぞ」


「分かっております。ですが、ジャイル様のその首が未だに繋がっているのは、その傷のおかげかと」



 ヴィーゴは以前の態度からはガラリと雰囲気を変え、挑戦的な視線をこちらに向けてきていた。



「ヴィーゴもわたしに対し言うようになった」



 実際、わたしが傷を受けて意識を失っていた間に、ヴィーゴは私の父であるボリスに話をつけると、予め雇っていた者を暗殺犯のアルフィーネとして仕立て上げ、その日の内に処刑した後、王都の広場で晒し首にしていたのだ。


 もちろん、剣の女神と言われたアルフィーネの顔は多くの民に知られている為、偽首であるとバレないよう顔を潰した上で晒し首にするという念の入れようであった。



「内密の話をしたいので人払いを」



 ヴィーゴの要請を受け、わたしは服を着終えるとメイドたちをすぐに下がらせた。



「してやったぞ。で、内密の話とはなんだ?」


「アルフィーネ殿の件です」


「わたしの暗殺犯として首を落とし、広場に晒して一件落着となったはずだ。そうお前が報告してきたはずだが、違ったか?」


「ええ、そうです」


「なら、なんの問題がある? 辺境伯ロイドの元でアルフィーネが生きていようが、公式に王国が処刑しているため問題はあるまい。たとえ本人であったとしてもな」



 背中を斬られる前、ヴィーゴがそう進言してきていたことを思い出していた。



「はい、辺境伯ロイドの方はそれで完全に抑え込める算段が立っております。ですが……フレデリック王と一部貴族がアルフィーネ殿の乱心を訝しんでいるとの情報が入ってきました」


「フレデリック王がだと? 一体どうなっているのだ!」



 背中に傷跡の残る怪我をしたうえ、アルフィーネを手に入れることを断念してまで自らの保身を選んだのに、肝心の最高権力者から疑われるなどあってはならないことだ。


 わたしが色々と苦労したのに、なんでそんな事態になっておるのだ。



 ヴィーゴが私に対し、以前のような恐縮した態度を見せなくなった挙げ句にこの報告である。わたしの苛立ちは更に強くなっていく。



「どうも、ユグハノーツから王都に戻られたライナス師が、色々とフレデリック王の耳に囁いたとの噂も流れてきております」


「ライナス師だと……王のお気に入りとはいえ、たかが下級貴族の魔術師であろう。そのような者の囁きでわたしが築いてきた信頼が揺らぐわけがあるまい!」



 わたしの言葉を聞いたヴィーゴが残念だと言いたげに首を振っていた。



「ライナス師はつい先日まで、ユグハノーツ領にいる弟子のノエリア・エネストローサに会いに行っております。つまり……」



 ノエリア・エネストローサ……。


 ロイドの一人娘か……たしか父上がわたしの婚約者にしようと画策していた娘だったはず。


 貴族の令嬢でありながら、魔法研究に没頭しているらしい変な娘だと聞いていたが。


 ライナスの弟子――辺境伯の娘――!?


 まさか!



「ヴィーゴ! まさか、ライナス師からアルフィーネの所在がフレデリック王に伝わったということではないだろうな!」


「…………」


「どうした返答せよ! それ以外にわたしが王の信頼を損ねることなどあり得ぬだろうが!」



 返答を口にしようとしないヴィーゴの態度に焦燥感が増していく。



 わたしを暗殺しようとしたとして処刑されたはずのアルフィーネと、かつてアビスウォーカーを撃退した英雄である辺境伯ロイド、そこに更に王のお気に入りであるライナスが繋がったとなると、いよいよ自分の首が怪しくなってきてしまうではないか。


 せっかく、このわたしが傷を負ってまで誤魔化そうとしたことが水泡に帰すぞ。



「まだ、フレデリック王は半信半疑だと見ております。周囲から漏れ聞こえてくる噂を拾い集めると、ライナス師はかなり突拍子もないことを吹き込んだようでして」


「突拍子もないことだと? なんだ、それは」


「アビスウォーカー復活」


「馬鹿者!! そんな話を王に吹聴させるとは!! お前は何をしておったのだ!!」



 怒りが頂点に達し、ベッドサイドにあったガラスの水差しを手に取るとヴィーゴに向けて放っていた。


 だが、ガラスの水差しはヴィーゴに当たる前に護衛として付き従っている騎士によって受け止められていた。



「悪い報告はまだ続きます。ついさっき入りました我が手の者からの報告では、水晶鉱山に配置していたアビスウォーカーが何者かに倒され、毎日義務付けていた爆破コードの更新がされずに鉱山ごと吹き飛んだそうです」



 ヴィーゴが淡々とした表情でとんでもないことをわたしに伝えてきていた。


 インバハネスにあるラハマン鉱山は父上から最重要施設だと聞かされている場所だった。


 魔竜の角を献上した褒賞としてインバハネスに領地を得たのも、その鉱山の存在を領主権限で秘匿するためでもある。


 そのラハマン鉱山が跡形もなく吹き飛んだとヴィーゴが報告してきていた。



「ば、ば、馬鹿者っ!!! それでは、フレデリック王云々の前に、わたしが父上に首を取られるではないかっ!! お前はあのラハマン鉱山の警備は王国軍でも落とせぬと申したであろう! それがなにゆえ全滅しておるのだ!」


「真紅の魔剣士フリック……集めさせた情報からその名が挙がって参りました。辺境伯ロイドの娘ノエリアとラハマン鉱山の周辺を調べ回っていると報告はあげておりましたが、どうやらその者がラハマン鉱山のアビスウォーカーを討ち取ったそうで……」



 ヴィーゴから伝えられた男の名は、アビスフォールに配置していたアビスウォーカーを、ロイド達と協力して叩き切ったとされている男であった。



 凄腕の冒険者だとは聞いていたが……。


 十数体ものアビスウォーカーを倒したということか。



 ヴィーゴの隣に立つ不気味な鎧を着込んだ騎士に目をやる。



 この怪物、十数体を相手にして勝っただと……。


 あり得ぬ、あり得ぬ話だ……。


 あの剣聖アルフィーネですら、こいつの前では赤子同然で相手にならず逃げだしたのだぞ。



 わたしはアビスウォーカーという怪物十数体を倒したとされる、真紅の魔剣士フリックという存在に寒気を覚えた。

 


「その者……人間ではあるまい……」


「今、全力で真紅の魔剣士フリックの素性を洗っております。ラドクリフ家と我らの宿願を邪魔する存在には何としても消えてもらわねば」


「わたしの首もかかっておる。金はいくらでも使ってよい。必ず真紅の魔剣士フリックの素性を明かし、その存在を抹殺せよ。毒でも暗殺者でもなんでも使え。たかが一冒険者の不審死など、いくらでも揉み潰せるからな」


「ははっ! 御父上からもそう指示を受けております」


「なら、すぐにでも取りかかれ! わたしはすぐにフレデリック王のもとに行き、ライナス師を王から引き離す工作を始める」


「承知しました。では、フレデリック王の方はジャイル様にお任せします。この二人は引き続きお使いください。王の警護兵程度ならいつでも殺せますので――」



 こちらを見ているヴィーゴの眼が妖しく光っているように見え、再び背筋が冷えた気がしていた。



「ば、馬鹿者! 王があってのわたしだ! そのようなことを軽々しく口にするな!」



 頭にチラついたフレデリック王の暗殺という選択肢を振り払うかのように、ヴィーゴに対し激しく詰め寄る。



 フレデリック王から得た寵愛がなければ、幼少期から才を見せられなかったわたしなど、すでに父に首を落とされていたであろうし、近衛騎士団長という地位もなかったのだ。


 そう……なかったのだ。


 その自分の命綱とも言えるフレデリック王の暗殺など……するわけがなかろう。



 詰め寄ったヴィーゴの襟元を掴むと、もう一度だけ睨みつけた。



「では、お好きになさりませ」



 それだけ言うとヴィーゴはわたしの手を払い、衣服を整えて寝室から出ていった。


 残されたわたしはメイドを呼び出すと、正装に着替え、王城に行くことにした。

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