外伝 第三十五話 剣聖就任
王国軍の訓練場に急造で作られた御前試合の施設は、円形の闘技場だった。
「フィーンはやっぱ来てないか……」
闘技場内に作られた休憩場から、観客席に視線を巡らせるが、フィーンらしき人影は見つけられずにいる。
屋敷を出る前に、見に来るようにって伝えておいたはずなんだけど……。
まだ、怒ってるのかな。
冒険者引退に難色を示したフィーンに対し、ギルドマスターに掛け合ってソロの場合銀等級の依頼までしか受けさせないことにしたのがそんなに気に入らないの。
フィーンの実力で一番安全に遂行できるのが銀等級だと思って、引退させないための妥協点として決めたのに。
今みたいにあたしの剣術訓練の相手とか、身の回りの世話をしてくれれば、ちゃんと食べさせてあげられるだけの稼ぎを得られるの目前なんだから、意地を張らないで欲しい。
フィーンの姿を探すのをやめると、特別に作られた特等席にフレデリック王とジャイル、それに精悍な顔つきをした壮年の男性が姿を現した。
「英雄ロイドだ!」
「今回はフレデリック王だけでなく、辺境伯ロイドも観覧するのか!」
「これで、レドリック王太子もいれば――」
会場に詰め掛けた民衆たちが、フレデリック王の隣にいる壮年の姿に歓声をあげていた。
ジャイルがやつがイラついてるのは、辺境伯様のせいね。
自分が主催してこの御前試合を企画したのに、辺境伯に全部持って行かれた感じになってるし。
フレデリック王が、歓声を上げる民衆に対し、静まるように手を動かしていく。
歓声が止むと、フレデリック王が厳かに口を開いた。
「これより、アルフィーネ・ウォルフォートの第三代『剣聖』就任の是非を問う剣術試合を開催する!」
フレデリック王の開催宣言により、一度は沈黙した民衆たちが再び歓声を上げていた。
王が席に下がると、ジャイルが前に立ち、第一試合の相手を書いた紙を拡げる。
「では、最初に王国軍より選抜した剣士ファウストとアルフィーネの試合を開催させてもらう! 両者、前へ」
ジャイルの呼びかけに応じ、休憩場に据えられていた訓練用の木剣を手に闘技場の中央に向かう。
真剣を用いての試合は許されていないため、慣れない木剣ではあるが、剣の形をしていればなんとでもなるはず。
相手は筋肉隆々の大男か。
いかにも兵士って感じの身体つきで、剣も大ぶりな大剣を選んでるみたい。
この手のは、素早さでかく乱すれば、苦戦なんてしない。
審判役の騎士が、剣を合わせるように促してくる。
「相手が剣を地面に落とすか、まいったというまで打ち合うように!」
騎士から勝敗の付け方が示された。
死人を出さないように、でも見た目は派手にやって、少しでもあたしが『剣聖』にふさわしいって思ってもらわないと。
「では、始め!」
騎士の号令で、相手の木剣と自分の木剣を打ち合わせる。
カァンと乾いた音が、戦闘開始の合図になった。
「噂の疾風アルフィーネと対戦させてもらえてありがたい! その実力が水増しされた者だって皆に知らしめてやるぞっ!」
やたらとやる気を見せてるけど、剣筋の予測は楽勝ね。
腕で代表になったというより、筋力でなったという感じらしいわ。
ファウストが上段に構えた剣が、風を切ってこちらに迫る。
すでに予測はできており、半歩だけ身体を動かし避けた。
「惜しいわね。でも、その振りじゃあ、あたしを捉えられるほどの速度じゃないわ」
「くっ! なめやがって!」
煽られたと察したファウストは、憤怒の表情を浮かべると、地面を突いた大剣を持ち上げ横に薙ぐ。
けれど、そこにあたしの身体はなかった。
「跳んだ!?」
「正解、でも遅いっ!」
顔を上げたファウストの顔面を足蹴にして飛び越え、背面に降り立つと、がら空きの背中に連続の刺突を打ち込む。
ファウストが着込んでいる金属製の鎧は、あたしの木剣の刺突を受けて、ボコボコと大きな凹みを作った。
「すげぇ! 見えないぞ! 剣先」
「疾風アルフィーネの技のすごさに、ファウストがついていけないぜ!」
「あれ、人間技かよっ!」
「オレをおちょくるな!」
舐められていると察したファウストは、すぐにあたしに向かい正対すると、剣を構え直す。
「派手めにやらないとせっかく集まってくれた観客の方に申し訳ないから。さて、仕上げいくわ!」
すぅと息を吸うと、腹に力を込め、最速の踏み込みを行い、振り抜いた木剣で空気を裂き、できた衝撃波をファウストにぶつけた。
空気の衝撃波は、ファウストの着込んだ金属の鎧や木製の大剣を切り裂く。
「うぐぁああっ!」
吹き飛ばされたファウストは、地面を何度も転がって闘技場の壁にぶつかって止まった。
「勝者アルフィーネ!」
審判役の騎士があたしに向かって手をあげると、一段と大きな歓声があがった。
まずは、上々の滑り出しってとこね。
あとは近衛騎士と、各地の白金等級の冒険者たちか。
休憩場にいる面々からは、あたしの敵になるような腕を持ってそうな人はいなそうだけど……。
その後、休憩を挟み、近衛騎士代表者二名、白金等級の冒険者八名と試合を行った。
その全ての試合において、相手の剣は一度たりともあたしの身体に触れることはなく、こちらが放った剣は相手を屈服させた。
最後の試合相手が去ると、フレデリック王が席から立ちあがり、近衛騎士団長ジャイルと辺境伯様を伴い闘技場へと降りてきた。
「アルフィーネ・ウォルフォート卿、貴殿の剣、子細に見せてもらった。若く女性の身の上ではあるが、その剣術は他の者を隔絶し、初代剣聖様に勝るとも劣らぬ実力であると、認めるしかあるまい」
先に口を開いた辺境伯様は、終始あたしの方を見て、感心した顔をしていた。
「大襲来の英雄と言われる辺境伯殿の同意を頂けるとは。では、この場に集った者たちにも問わせてもらいましょう。ウォルフォート卿の第三代『剣聖』就任に関し、認めぬ者は声を上げよ!」
ジャイルが闘技場に詰め掛けていた民衆に対し、あたしの『剣聖』就任を問いただした。
結果は、誰一人否定の声をあげることもない静寂だった。
周囲の様子を確認したフレデリック王が頷くと、御付きの護衛騎士に視線を送る。
護衛騎士は手にしていた剣をフレデリック王にへ手渡した。
「満場一致で、アルフィーネ・ウォルフォートのハートフォード王国第三代『剣聖』就任を認め、ここに剣を賜ることにする。これよりは、『剣聖』アルフィーネとして我が国のためにその力を捧げよ」
あたしはすぐに膝を突き、フレデリック王の差し出す剣を受け取ると、頭を深く下げた。
「終生、ハートフォード王国のために力を尽くすことをこの剣に誓います」
これでやっとフィーンと落ち着いた生活を送ることができる。
あとは、近衛騎士団員たちへ剣の指導をしてれば、いいだけだしね。
フレデリック王から剣を授けられている最中も、あたしの頭の中は、すでにこれから始まる安楽な生活のことでいっぱいだった。
そして、一週間後には正式に第三代『剣聖』として王国民へ布告出され、同時に近衛騎士団の剣術指南役を拝命することになった。
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