sideノエリア:令嬢魔術師の考察日記

※ノエリア視点



 夕食の片づけを終えると、ガウェイン師匠とフリック様に譲ってもらった母屋のベッドに入り、日課となったフリック様の考察日記をつけることにした。



 『フリック様、考察日記 第三〇回目』



 ――本日、ガウェイン師匠の身体強化魔法のうち、瞬発力強化クイックネス筋力強化ストレングスを教えてもらい即座に発動させることに成功。



 やはり、彼の魔法に対する理解の早さは驚嘆に値するものであった。



 わたくしが何人もの師匠から教えてもらった魔法のうちで、もっとも習得が難しかった身体強化魔法を一発で発動させ、しかもケロッとした顔をしている。


 剣士として一流の素養を持ち合わせているとはいえ、あの酸欠状態で苦しくならないなんてずるい……じゃなかったうらやましい。



 普通の魔術師では筋肉を意識して太くすることを想像するなんて無理だ。


 そもそも、身体を鍛えず知識を蓄えるのが魔術師というもののはず。


 その魔術師が肉体を強化したため、酸欠になったり栄養不足になって思考に集中できなくなるのだから、魔術師にとっては本末転倒の魔法だと思っていた。



 でも、フリック様みたいに剣と魔法の才能を持ち合わせた魔剣士を目指す人なら、相乗効果のあるとても良い魔法だということが新たに発見できた。


 魔剣士や魔法剣士と言われる人は稀にいる。ガウェイン師匠の身体強化魔法は、フリック様を見ている限りそれらの人の戦闘力を引き上げる可能性が高かった。



 身体的負担があるので魔術師には向かない魔法だと思っていたけど、今日のフリック様を見ていて考えを改めさせられた。


 魔術師は近接戦闘を避けて、距離をとって魔法という考えは絶対ではないのかもしれない。



 ここからは個人的考察となるが……。



 フリック様はやっぱり細身で引き締まった身体の方が似合っていると思う。


 身体強化は筋肉量が増えて身体が膨らんで見える。



 それはそれで、フリック様ならありかもしれないけど……。


 できれば、常用はガウェイン師匠のような身体になりかねないので遠慮してもらいたい。



 せっかくの端正な顔立ちなのに、筋肉で覆われた身体となってしまうのはもったいない気がしてならない。


 でも、あの身体でフリック様が触れ合いを求めてきたら――空気壁ウインドバリアを張ることなく受け入れてしまうだろう。



 魔術師として尊敬するべき素質と実力を持つフリック様としてであって、別に好きとかそういう不純な気持ちの触れ合いとかではない。


 ないはず……。



 ごめん、嘘です。大好きです。


 大好きになってしまいました。



 不純な気持ちはないとか書いてますけど、すごくあります。


 フリック様に抱き抱えられた自分の姿を想像してとても喜んでました。



 今まで異性にこんな感情を抱いたことは一度もなかったはずなのに、今日は身体強化の魔法で酸欠になったのを理由にしてずっとフリック様の顔を見てたことを告白します。


 四六時中、フリック様のことが気になってこんな考察日記まで書いてしまうわたくしは、ガウェイン師匠のことを変人と言えないかもしれません。



 でも、無理。


 頭から離れないし、視線はすぐにフリック様を追ってしまう。



 出会いが普通だったら、この気持ちを隠さずに伝えられていたかもしれないけど……。


 いくら自分が想っているからといって、自分が行った愚かな行為が、フリック様との間に巨大で深い溝を作っていることを理解できないほど愚かではない。



 自分にできるのは迷惑をかけずに近くで見守ることだけ……。


 それ以上を望んではいけない。



 自分の気持ちを最大限押し殺して、慎重に距離をとって行動する。


 それを絶対に忘れないように。



 ――フリック様考察日記 終了



 出会ってからずっと書き留めてきたフリック様の考察日記を書き終えると、ドアがノックされた。



「ノエリア、俺だけどベッドの近くに俺のベルトポーチが置きっぱなしになってないか?」



 ノックの主がフリック様だったので、慌てて考察日記を枕の下に隠す。



「ひゃ、ひゃいっ! ベルトポーチですか!? すぐ探しますのでお待ちください」



 不意を討たれ、声まで裏返ってしまった。


 恥ずかしい、恥ずかしすぎる。



 今、この考察日記をフリック様に見られたら、絶対にもう口もきいてもらえないし、そばにいることも許してもらえないだろう。


 その焦りがベルトポーチを探すのを手間取らせた。



「ちょっと入って探しても大丈夫か?」


「!? ダメですっ! 今はダメ!」



 今、見つけられたらマズいものがあるから、絶対に入られてはいけなかった。



「すまない。女性の部屋に入るのはまずいな。すまない、もし見つからなかったら明日見つけるが」



 理由は違うんですけど、今は無理なんです。



「今、探しておりますのでお待ちください。す、すぐに見つけますので」



 慌てながら探していると、ベッドの下に潜り込んでベルトポーチを見つけた。


 すぐに引き摺り出してドアを開けると、そこに立っていたフリック様に手渡した。



「お待たせしました。これですね」


「ああ、これだ。すまない助かっ――」



 ベルトポーチを受け取り、礼を言おうとわたくしを見たフリック様が急に視線を逸らして駆け去っていった。



 な、何かわたくしが気分を害されることをしたのだろうか……。



 フリック様の態度の急変に焦ったわたくしは、自分の服装を見て合点がいった。



 しまったっ!! もう考察日記を書いて寝るだけだと思って薄い寝巻だけにしていたのを忘れていた!!


 これでは肌を見せて誘っている変な女とか思われたかもしれない。



 最悪だ、第一印象が悪すぎてなんとか保っていたフリック様との関係もこれで終わりを迎える。


 明日からは顔も会わせてくれないだろう。



 その夜、わたくしはフリック様が明日どんな表情を見せるかが気になって一睡もできずに朝を迎えることになった。

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