5日目 小川

 お昼ごはんを食べ終わると、アーシェラが片付けている間にミーナがリーズを誘って一緒に釣竿を作ろうと言ってきた。


「これくらいの長さで~、ちょっとしなる枝を見つけてほしいんだ!」

「まかせてっ! リーズがパパっと探しちゃうよ!」


 お目当ての枝はすぐに見つかった。

 小川から少し離れた斜面に広がる雑木林から、二人は手ごろな長さでよくしなる枝を3本ほど拾った。リーズが冒険者だった時代は「手ごろな木の枝を探す」という作業すらもかなり重要で、道具作成に使えそうな木材があればまとめて持ち帰って、わずかなお金に換えたものだ。

 しかし今は、新たな土地でできた友人と遊ぶために採取をするのだから、明日の生活がどうとか考えることもない、気楽なものだ。


「シェラっ、木の枝とってきたよー!」

「早いねリーズ、それにミーナ。僕も糸を持ってきたから、さっそく作ってみようか」


 釣り竿を作ると言っても、木の枝と糸を組み合わせただけの簡単なもので、食べられる魚を釣るとか、そういったことは微塵も考えていない。

 リーズが持ってきた木の枝を火で炙って少し曲げ、先端に太めの麻糸を結ぶ。糸の先端には、ナイフで両端を削って尖らせた短い小枝を結び付け、これにミミズや虫の幼虫などをつければ、あっというまに手作りの釣り竿の完成だ。


「えっへへぇ~、手作りの釣り竿だ~! これで釣れるかなっ? 釣れたら嬉しいなっ!」

「大きな魚はいないけれど、ドジョウくらいならいるかもね」

「食べられる魚が釣れたら、村長に料理してもらおっか!」

「お昼食べた後にもうご飯の話か……」


 アーシェラの薬草畑のすぐ傍には細い川が流れている。川幅は全力でジャンプすれば越えられるくらい細く、流れもかなり穏やかだ。

 この川の縁に、リーズを真ん中にして3人で並んで座り、のんびりと釣り糸を垂らした。


「そう言えば……ミルカさんは釣りはしないの?」


 リーズが木の下で寝転がるミルカの方を見るが、彼女はあまり興味なさそうにどこか遠くを見つめていた。


「うーん、あのね……お姉ちゃんは…………」

「申し訳ありませんが、わたくしは「ふつうの」釣りには興味ありませんの」

「リーズ、ミルカさんは自分の本業を釣り人だって自称する人だから……」

「ええっ!?」


 姉のミルカは、あまりにも釣りにのめりこみすぎて、妹がするようなのほほんとした釣りは釣りと認めないのだそうな。彼女にとっての「釣り」とは本業であり、戦いであり、そして人生でもある。

 妹に旦那さんが現れたら、さっさと釣りマスターを目指して各地を旅すると公言して憚らないそうな。


「私も、はやくお姉ちゃんを自由にしてあげなきゃね…………」

「あのお姉さんの生活能力じゃそれは厳しいんじゃないかな! あっはっは」

「えー……」


 釣り竿を垂らしている間、リーズはミーナからいろいろと話を聞いた。

 今でこそ彼女たちはこの開拓村で山羊飼いとして生活しているが、もともと実家は大きな町の商店だった。しかし、両親の店がとある事件で破産に追い込まれてしまい、姉のミルカが悪質な借金取りから妹を守るべく大立ち回りした末に、アーシェラの開拓団に逃げ込んだのだという。

 山羊の飼育の仕方も、もともとはアーシェラやブロスに教わったもので、まだ子供ながら日々の生活の糧を自分で得るべく頑張っている。


「お父さんとお母さんは、まだ生きているかわからないけど…………生きていたら、またみんなで仲良くここで暮らしたいなって」

「大丈夫だよミーナ! きっとお父さんもお母さんも、どこかで元気に暮らしてるはずだよ! なにせリーズが魔神王を倒したからね!」

「そーだね! もうあんな悲しい世界は終わったんだから……!」


 こんな小さな村でも、リーズに助けられた人がいた。そして、アーシェラも彼女たちを助けた。

 それが何だかちょっとした奇跡のようで…………リーズは改めて自分の成し遂げた功績が、誇らしい者なんだと再確認できた。


(ありがとう……ミーナちゃん。なんだかリーズの方が、嬉しくなっちゃったかも)


 すると、リーズが川に垂らしていた糸が、わずかに引いていることに気が付いた。


「リーズお姉ちゃんっ! 引いてる引いてる!」

「ホントだっ! せっ、せいやっ!」


 リーズが釣り竿を引き上げると、やや茶色っぽくて細長い魚がかかっていた。


「こ……これはっ! えーっと……」

「ハヤだね。まぁ、食べられないこともないけど、逃がしてあげよっか」


 初めてにしては上出来といえる釣果に満足しつつも、さらに釣り糸を垂らして獲物を狙うリーズ。


「おっ、おっ、次は僕か!」

「私も!」


 リーズに続いてアーシェラとミーナの釣り竿にも魚がかかった。

 残念ながらアーシェラの方は逃げられてしまったが、ミーナはメダカを釣り上げた。

 用水路と変わらない大きさの川で釣れる魚など、せいぜいこんなものだろう。もちろんメダカは逃がした。


 釣っては逃がし、釣っては逃がし……一匹も捕まえることはなかったものの、リーズはこののんびりした時間を大いに楽しんだ。


(けど……ミルカさんだけ独りぼっちなのは、少し寂しいな……)


 ふとリーズは、相変わらずぼーっとしているミルカを見た。

 元来仲間想いの彼女としては、やはりほおっておけない。リーズは、思い切ってミルカに声をかけた。


「ミルカさん」

「あら、どうしたのリーズちゃん?」

「今度……私に「本物の釣り」を教えほしいのっ!」


 リーズの言葉に、ミルカはゆっくりと立ち上がり…………


「その言葉に、二言はないわね? ふふふ、今から楽しみね」


 こうして、リーズは……あまり心を開かないミーナの姉、ミルカの領域に踏み込むことになった。

 おそらくミルカと納得がいくまで付き合わない限り、勇者リーズが帰ることはないのだろう。

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